写真 山田永里子

その22 チーム黒船



『山田さん!チームの名前なんですけど、チーム黒船ってのはどうですか?』

って、合同メンバーのマドンナ(?)の15(イチゴと読む)からメールが来た。
前々から俺のもとに集まる格闘家達で、チームを作ろうっていう話はあった。
鎖国制度が敷かれているボクシング界には、こういった発想はなかなか出てこないだろう。

所属ジムを越えた関係を生み出せないからだ。

しかし今の格闘団体は違う。
気の合う選手が個々に集まり、チームを作り互いに練習をする。
そこには「ジムの看板を背負って」というような悲愴感は存在しない。
自分達のやりたいように、環境を整える事が可能なんだ。

チーム黒船。

こういうことに無頓着な俺に、アイデアウーマン15が提案してきた。
この『手紙』の「鎖国とペリー」を読み、共感してくれた15が考えてくれたのだ。

チーム名が満場一致で可決され、格闘界では当たり前である、オリジナルTシャツの作成を考える。
考えると言っても、俺はひたすら15の案に耳を傾けるだけだが。
チームのロゴも決まり、Tシャツのデザインも決まっていく。

チーム結成をした2月は、黒船軍団の試合がたくさんあった。
ここで一々、試合内容を書いていくと「ボクシングの事を書け」と、
怒鳴られてしまいそうなので、その辺りは軽く流すことにしよう。

スケジュールだけを書いておこう。

4日・門馬秀貴が有明コロシアムのメインで、初のグレイシー狩りへ。

5日・児山佳宏が後楽園ホールで、DEEPフューチャリングトーナメント決勝戦。

15日・15が後楽園ホールで、渡辺久江選手と戦うスマックガール。

17日・川尻達也が代々木第2体育館で、修斗ウェルター級タイトルマッチ。

この間に足の手術を行なうという、強行スケジュールに挑んだのだ。
こういった、数々の格闘技団体の興行にセコンドとして足を運ぶ。

そこで感じた事。

ボクシング以外の試合は、試合場に行くだけでよいのだ。
控え室に行き、選手といて落ち着かせておけばいい。

ボクシングの時は違うのか?

4、6、8回戦などの、他のジムの興行の前座に出る時は、試合場に行けばよい。
しかしメインやタイトルマッチになると、話は違ってくる。
ポスター制作、入場の演出、照明のリハーサル、それに関してのテレビ局との打ち合せ。

これらすべてをジム個人が請け負う。

当日はメインに出場するというのに、俺は三時くらいから会場入りし、打ち合せやリハーサルだ。

ずっとこれが当たり前だと思っていた。

しかしたくさんの格闘技興行のセコンドに付くたびに、だんだんと見えてきたことがある。

『ボクシングは一人の人間がやる仕事が多すぎる。』

って事だ。
上記にあげたメンバー達は、頭を下げてチケットを手売りする必要はない。
入場の演出、ポスター制作、そういった事は広報が担当してくれている。

ボクシングはそうは行かない。

どんな競技の選手であろうが、俺のところに足を運んできた選手達は、練習をたくさんする。
しかし見ていて思うのが、ボクサー達の練習以外でのストレスの多さだ。
選手にチケットを手売りさせられる事が、ほとんどのジムで義務付けられているボクシング界。

うちのジムの初の世界戦。
場所は両国だ。ホールの何倍もあるキャパだ。
ジムに届くチケットも半端ない量だ。
世界に挑戦する福島が莫大な量のチケットを、懸命に整理しながら自分で捌いていく。
もちろん減量もしながらだし、厳しい練習もやりながらの作業だ。

これはとても過酷な事だろう。

試合をする選手が、頭を下げながらチケットを売る。
ジム単位の興行というより、選手の個人営業みたいなものだ。

世界チャンピオンに挑戦する人間なのに。

チケットを買ってくれる人は、知り合いだろうがお客さんである。
呼びだされたら行かないとならない。

俺は引退した角海老宝石ジムの元チャンプの中島吉兼君と仲がいい。
彼の人柄の良さは、もう知られているところだろう。
彼は現役時代に、かなりのチケットを捌いていた。
そんな彼でも

『いや〜、さすが試合の数日前に飯屋さんに呼び出されて、チケットを持っていくのは辛かったですね』

と笑顔で話してくれた事がある。

選手自身が頭を下げて売るチケット。
リングサイドには、自分からチケットを買ってくれた人が沢山いる。
入場するときも、退場するときも、そういった方の顔が目に入る。
ボクサーはその時、営業の心が動くだろう。

『変な試合をしたら、わざわざ自分からチケットを買ってくれた人達に申し訳ない』

って脳裏をかすめる事もあるだろう。
それはファンに対する気持ちとは少し違うと思う。

先にふれた川尻選手の試合の時だ。
試合前、何度も取材を受け、90分の特別番組を作るほど注目された
修斗世界ウェルター級タイトルマッチ。

開始8秒、挑戦者のハンセンの左のローが、ボディにパンチを打ちに行った、
川尻選手の下腹部にまともに当たった。
超満員にうめつくされた代々木体育館に、破裂音が響き渡る。

もがき苦しむ川尻選手。

足にはまったく力が入らない。
診断したドクターは、続行不可能の判断を即座にする。
しかし川尻選手は、なんとしてもやると立ち上がろうとする。
レフリーはその間に挟まれ右往左往。
セコンドの俺の方に歩いてきたかと思うと、

『ドクターは続行不可能と言っているんだけど、川尻本人はやるって言ってるんだよ・・』

と聞いてきた。
俺はまずこの対応にビックリした。
試合を続けるのか、続けないのかを、セコンドの俺達が決めるのか?
すかさず

『本人と話させてくれ』

と頼み、ニュートラルにいる川尻君のところへ行く。

『山田さん、大丈夫です。やります!やりますよ!』

と言いながら、力の入らない足を何度も拳で叩く。
そんな態度を見たら、胸が詰まるではないか。
とにかく椅子に座り、回復に努めるように指示する。
しかし何分の休憩をくれるのかとも、ドクターの続行不可能の言葉にも、
反応のないレフリーに苛立ちを感じた。

レフリーは自信を持って試合を裁く必要も権限もあるはずだ。
するとリングサイドのお客さんから

『無理するなよ!』

『試合をやめさせろ!』

『また観にくるから!』

などと温かい声が聞こえてくる。
その声を聞いたドクターの

『ほら、みんなが言ってくれてるんだから。試合をするのはやめよう』

の言葉で、試合ストップの意志を決めた。

非常に残念な結果ではあったが、修斗ファンの温かさに助けられた防衛戦だった。

選手自身が手売りをして、一人一人にチケットを配るようなボクシングの世界戦で、
このような試合結果になったら、どのような気持ちになっていただろうか?

ボクシングを引退し、Kー1に出場している鈴木悟。
彼が初参戦した時の入場をこう語ったことがある。

『入場を本当に楽しめたし、純粋に勝負を楽しめた。』

何となく分かる言葉だ。

このような試合以外で、ボクサーに与えるストレスはどうなんだろう?

無ければいいと思えないか。

そういったボクサーの苦労もあるが、裏方の苦労もある。
『エリート雑草』の山口裕司の東洋タイトル挑戦試合を、うちのジムが組むことになったことは前にも書いた。
うちのジム興行でやるということは、何から何までやらなければならないという事だ。
ポスターを作成するために、何度も連絡を取り合い互いに案を出しあう。
ファイトマネーを話し合って決める。
演出にかかる費用を計算したり、ラウンドガールのリハーサルをしたり。

それを俺一人がやるのだ。

合同練習をガンガンやり、みんなの指揮をとる。
みんなより練習しながら、時間を見つけては、興行の仕事をする。
もう過労死するんじゃないかってくらいだ。

ヒロシと相談しながら、二人でいろいろ決めていくことは、とても楽しい作業ではある。
しかしあまりにも、一人でやる仕事が多すぎる。
これだけ大変であり、お金も興行ジムが身銭をきらないとならない。

学芸会の感覚に近くはないだろうか?

あまりにもマーケットとして、価値のない日本ボクシング。

そんな中、最近コンビを組み始めた柔道家の秋山選手の公開練習に行った時の事だ。
場所は六本木ヒルズにある、Kー1オフィシャルジムで行なう。
場所も用意も全部してもらえるから、秋山君はもちろん、俺もその場所に行けばいい。

俺達はプロとして戦う心と技術を見せるだけだ。

マスコミの数も、ボクシングの世界戦並みにたくさんいる。

すごい注目だ。

次の日の記事を見て、もう一度ビックリする。
俺の紹介をデカデカと載せている。
それも

『凄腕名トレーナー』

などと、普通なら一生言われることない言葉を付け加えてある。
そんな震え上がる肩書きの横には、チーム黒船のメンバーの名前が、ズラリと並んでいる。
つまり「これだけのメンバーに支持されているから、山田武士という男は、なかなかやるんじゃないか?」
って意味合いで書いてある。
そこに並んでいるメンバー達は、戦うリングも競技も違うが、トップアスリートとして書かれている。
あれだけのメンバーを並べられたら、ただくっついている俺ですら輝いて見える。
ボクシング以外のマスコミは、いろんな格闘技の名前を借りて、
たくさんのカテゴリーをそなえ、読み手の心をあおる。
ボクシングは常に自分達の場所が聖域と思い、一切、他の格闘技の名を出さない。

読み手が何を望んでいるのか?

これが人気向上のヒントにはならないのか。

出場選手全員が公開練習をやり、毎日、毎日、新聞を賑わせながら一つの興行に向かっていく格闘技団体。

マニア的な雑誌のみを便りに、選手が手売りしながら口コミのような形で、
看板選手一人だけを使い、一つの興行に向かっていくボクシング。

火を見るより明らかな現実があると思わないか。

チーム黒船は個性の固まりだ。

本当に様々な選手がいて、個々のオリジナルが浮かび上がっているチームだ。

頑なに言い続けている、個性の魅力。

このチームは俺の10年間の結晶だ。
無理矢理作ろうとしたのではなく、皆が自主的に集まってきた集団だ。
時代が変わらないなら、俺は知らん顔して進んでやる。
どんな格闘技でもトップになる人達は、本当に素晴らしい光を放っている。

ボクシング会場にいて、知らない人に話し掛けられるときがある。

『何の格闘技が一番強いんですか?何の格闘技が一番辛いんですか?』

これほど愚かな質問はない。

どんな世界でもトップになる為には、並大抵の努力ではなれるはずもない。
ボクシングでも、嫌という程トップの凄さを味わっている。
それと同様にキックも、総合格闘技もトップの人間は半端なく強い。

チーム黒船は、大きな海を航海するんだ。

くだらない規律に縛られ、自分の生き方を小さくするようなら、
俺はそういったものを壊すような舵をとるだろう。

乗組員に告ぐ、俺はキャプテンに任命されたけど、船舶免許なんか持ってないから。

どこに行くのか、誰も分かりはしないのだ。

この航海が後悔になりませんように!

って駄洒落かよ・・・




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●山田武士
1973年、埼玉県新座市生まれ。AB型。
1996年、チンピラ(自称)からJBスポーツジムトレーナーに。

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