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地獄だ。
月曜日、水曜日、金曜日。この文字を見たくない。そう思わせるほどの、苦しさが合同練習にはある。『温故知新と化学反応』の中の最後に書いた、みんなで一緒に練習しあう事が、こんなに意地の張り合いで辛いものになるとは。
まさに命を削り、魂を磨くって事に近い感覚だ。
しかしなぜか、笑いが絶えず、生きているという充実感が半端なく味わえる。みんな決して嫌々来るのではない。自分一人では、なかなか追い込み辿り着くことが出来ないステージまで、みんなとなら行ける。そんなパワーを醸し出す力が、この合同練習にはある。
始まりはいつだったのか?
普段、俺は2時から9時までジムにいる。うちのジムは、プロ選手が練習に来るのは、6時半からと決められている、めずらしいジムだ。だから俺は2時、3時、4時と時間を区切り、ボクシング以外の格闘家を受け入れていた。毎日彼らが来るたびに、スパーやバック打ちやミットをやる。つまり1日に3、4回の練習をしているようなもんだ。
6時半に来る、福島とスパーしている時は、バンテージを巻くのが4回目という時も多々ある。もう何をやっているのかも分からないような、疲れを通り越しハイになるような。そんな日々を、もう5年は確実に続けている。
6時半に来る選手が、もうすでにグッタリしている俺に
『今日は何人来たんですか?』
とか
『毎日、どれくらい練習しているのですか?』
などと聞いてくる。
そんな中、うちのジムの8回戦ボクサー久保田智之と話す時があった。
俺が
『いろいろ伝えようと思っても、久保田と俺では練習量も見ている風景も違う。どこまで話していいのか、何が理解できるのか分からなくなるんだよ。』
と話をした。すると
『見学だけでもいいから、自分も昼間に来ていいですか?』
と頼まれた。もちろん、断る理由もないので、受け入れることにした。
この辺りから『鎖国とペリー』に書いた、川尻選手が参加しだしたし、
僕の元へ足を運ぶ選手が10人を越えていた。
そうなると、全ての選手にマンツーマン指導は不可能になる。サンドバック打ちやスパーなど、一人で各団体のトップを相手出来るはずもない。そこに白羽の矢が立ったのが、久保田智之である。
バック打ちは、一つのバックを二人で打ち合う。ラッシュを交互に行なうのだ。川尻選手のバック打ちや、パンチを弾く練習のパートナーとして、久保田を当てる事にした。そうなると久保田は、必然的に1時からの門馬と俺のウェイトにも参加する事になる。そしてそれが終わると、2時から来る川尻選手のパートナーになる。これにより俺の体が空く事になり、同じ時間に数人の選手を受け入れる事が可能になった。そして『温故知新と化学反応』で書いたように、自分の中にあった鎖国を解く事も思いついたのだ。
最初は5〜6人だった。
だんだんと人数が増えてくる。人から人へと伝わり、あっと言う間に二桁の人数になった。ボクサーもいれば、キックボクサーもいるし、総合格闘家もいる。男も女もいるのだ。
だが一部のボクシングジムを除いて、ボクシングジムというのは好きな時間に来て、トレーナーに見てもらい、自分の練習を終えたら、個々にあがっていく。しかしうちの合同練習は、10人くらいが一気に集まる。それも競技が皆違う。
練習メニューを考えるのも、10人の舵をとるのも俺一人である。しかし俺にはキックの立嶋篤史君の指導を受けたり、極真空手の入沢群の指導を見たり、門馬秀貴の指導を何度も受けたり、ボクシングトレーナーには関わりの無いような経験がある。そして何より、数々のトップ選手と練習してきた10年以上の鍛練がある。
これらをミックスし、無い知恵を捻り倒し試行錯誤を繰り返して、練習メニューを作り出した。
ざっと内容をあげてみよう。
まずはジムがオープンする前の1時に集まり、月、水、金と各部位にわけ、ウェイトをする。2時からは全員参加の腹筋が始まる。内容を言葉にするのは大変だが、おそろしく長くて辛いものだ。腹筋だけで延々、30分以上行なう。
次は下半身強化で、足腰を丹念に練り上げる。これもアヒル歩きと名付けた独特の歩き方や、ロープジャンプや空気イスなど、延々30分以上行なう。つまり1時に開始した体作りが終わり、バンテージを巻くのが3時過ぎと言う事だ。
体作りに2時間をかける。
どんな格闘技でも、体の強さは確実に必要だと思うから。そしてやっとボクシングの練習に入る。
ここに参加しているメンバーは、本当に個々いろいろだ。ボクサーだけにしても、世界ランカーも入れば4回戦もいる。総合もチャンピオンクラスから、まだ若手の子や女子もいる。
そんな中でも、やはり基本は大事だ。トップ選手はしばらく遠ざかっていただろうし、若手は避けては通れない基本。
まずはパンチすら打たず、ひたすらステップを前後左右繰り返す。それが終わりやっとパンチだと思っても、これまた全員で同じパターンのコンビネーションを繰り返す。この繰り返しを、約20分は毎回やる。
そしてやっとサンドバックに辿り着く。しかしながら、ここでも繰り返しのコンビネーションが待っている。
パンチの種類に番号をつけ、1分ごとにパターンを変えながら、1ラウンド3種類のコンビネーションを打つ。
これを6ラウンド基本で二回りするので、計12ラウンドになる。
ここまではも世界ランカーも4回戦も、総合のチャンピオンも若手も、選手もトレーナーも、男も女も関係ない。参加者全員が必ず通る道なんだ。この時点で開始から三時間以上が経過している。そしてここから、地獄のラッシュ打ちが始まる。一つのサンドバックを、二人で挟んで互いにラッシュしあう。1ラウンド終わるたびに、パートナーを変えグルグルとまわりながら行なう。
そして俺は頭にはヘッドギア、足にはレガース、手にはオープンフィンガーを付け、総合スパーに入る。それが終わると手にはミットを持ち、各選手のルールに合わせミットを受ける。俺に呼ばれた試合が近い選手はバック打ちを抜け、リングの中に入りスパーやミット打ち、終わったらまたバック打ちに戻る。
日により違うが、サンドバックは20ラウンドに及ぶ。
まだ終わらないのだ。
バック打ちが終わると、リングをロープで4等分に分ける。
一つの枠に2人が入り、ラウンドづつ決められたパンチを打ち、そしてそれをディフェンスする。
これもグルグルとパートナーを変えながら、6〜8ラウンドを行なう。
ロープを外し、リングを大きく使えるようになったら、ボクサー以外はキックのスパーを始める。
ボクサーは相撲をやり、下半身強化で幕を閉じる。
気が付いたら時計は5時半をまわっている。つまり計4時間半の打撃練習って事だ。
終わる頃には疲れすぎて、逆に笑えてくる程である。
うちのボクサーはこの合同練習の後に、6時半からまたジムに来る。
総合の選手は寝技の練習をしに、自分達のジムへと帰る。
この噂を聞き付け、
『参加したら強くさせてもらえる!』
的な他力本願型の選手は、ことごとく撃沈していった。
大事なのは己の心である。
この合同稽古はいろいろなメディアの取材を受けたから、雑誌などで目にした人もいるかもしれない。数々の取材の中、ワールドボクシングの取材も受けた。
『エリート雑草』の山口裕司が、行き場を失いながらも、必死にもがいている姿を観に、福島とホールに行った時の事だ。
ヒロシの控え室に激励に行った後、通路でワールドの春原さんに会った。福島、山田コンビでホールに行く事が久々である。二人を見た春原さんが
『福島君、足の様子はどうなの?もう完治したの?』と聞いてきた。その質問に俺が
『福島は合同練習に参加してますから。足が悪かったら、まず参加できませんよ』って答えた。
『え?合同練習?』
春原さんが分からないのも当然である。他の雑誌には、事あるごとに説明してきた合同練習だが、久々に会う春原さんが知る由もない。俺の足りない言葉を、福島がしっかりと補い説明する。すると後日、合同練習の様子を取材すると約束したのだ。
実に長い長い取材だったと思う。1時から6時まで、延々と行なう練習を見てもらった。休憩がほとんど無いため、インタビューを受ける時間をとれない。すべての練習が終わって、取材に来てくれたお礼を伝えた。すると
『最後に質問していいかな?山田君はこれだけのノウハウを持っているのに、なぜ今まではやらず、今の時期に始めることにしたの?』
と、福島をちらっと見ながら聞かれた。
この質問に対する俺の答えは簡単だ。
『僕は人に強制することも、強制されることも嫌いです。
今ここにいるメンバー達は、みんな自主的に集まっているんです。
福島自身も必要だと思ったから、参加したんだと思います。』
と言う答えだ。
合同練習に参加したから強くなるのではなく、自分が強くなりたいと渇望している者が、ここに集まっている。
しかしさすがに1度も休む事無く、唯一の皆勤賞の俺は疲れ方が半端ではない。
でも夜遊びはする。
夜にはおネェちゃんのいる店に行く。
『たけしく〜ん、何か疲れてるんじゃない?』
『めちゃくちゃ練習がキツイんだよ』
『へ〜そうなんだ〜。でも前から練習してるじゃないの〜?』
『今はこれまでの10倍くらい疲れんだよ』
『そうなの〜?たけしくんは、先生なのにそんなに練習するの〜?
じゃあさ〜質問するね。たけしくんの夢ってな〜に?』
と、本当はまるっきり興味が無いのだろうが、おネェちゃんの仕事柄、こう質問された。
気障なセリフを言うつもりは毛頭無かったが、この質問に対する俺の答えは
『夢?今が夢の途中だよ』
って答えだった。自分で言った後に、逃げ出したいほど恥ずかしくなり、おネェちゃんの顔を見た。
ところが、おネェちゃんは自分のタバコが切れた事に気付いて、ボーイに手を上げ『お願いしま〜す!』と叫んでいた。
そして俺の恥ずかしい答えを、うわの空で聞いていたようで
『おもしろい事言うね〜。あっ!呼ばれたから行くね!ご馳走様でした〜』
と言いながら、ケツを振り振り歩いていった。
隣におネェちゃんが居なくなり、連れの方を見ると何やらワイワイ盛り上がっている。
そんな中、自分なりに少し考えてみた。
しかし俺には何になりたいかなんて夢はない。この先にいったい何があるかなんて、分からない道を歩いている。まるで本当に夢を見ているような感覚なんだ。
誰という手本もなく、自分だけが考え切り開いていくしかない。
これが合っているのか?、間違っているか?どころか、数年先の自分がどうなっているのかも分からない。
だから夢といわれても、何かを目指して見るものなのか、それとも寝ている時に見るものなのか。
それすら判断できないのが現状だ。
この合同練習の様子が載っている雑誌を見たり、これまでの『手紙』を読んでくれている方に聞かれることがある。
『あなたはいったい、何を目指しているのですか?』
って言う質問だ。
これに対する答えはない。
だって俺は今、夢の途中だから。
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