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10月中旬のとある日。
『山田さん、国際ジムの会長さんから、お電話です。』
うちのジムの受け付けの子が、現場で選手と練習していた僕を呼びにきた。
『はて?なんだろう?』
まず頭に浮かんだのは?マークでしかなかった。僕はどんな用事でも、ジムの電話を使うことはまず無いと言ってもいい。基本的には直接、携帯電話でやりとりする。わざわざジムの電話にかけてくるなんて。しかも、その方は国際ジムの高橋会長本人である。
『はい。お電話変わりました。JBの山田です。』と確認するかのように自ら名乗ってみた。
『あぁ、おたくが山田君?何でもボクシング人気高揚の為に、意見があるという話を聞いたのでね。あなたのご意見を聞かせてもらおうと思い、連絡したのだけど。』
いきなり言われた、この言葉の意味が、最初は全く理解できなかった。
『えっ!?ご意見ですか?僕がですか?』
逆に高橋会長に質問する始末である。すると
『いやね、おたくの直人会長が「うちの山田トレーナーが、人気高揚の為の意見を、たくさん持っているので是非聞いてください」とこの前の理事会で言っていたのだよ。』
と言われたのだ。ここまで言われても、ピンと来ない僕は
『あっ、そうですか。今、うちの会長は不在なので、戻り次第話し合い、こちらから連絡し直します。』
と伝え、携帯などの連絡先を交換して電話を切った。
なんか言ったかな〜?と自問自答してみる。すると一つ、思い出した事があった。
10月1日に行なわれた、野地竜太の結婚披露宴に出席したときの事だ。うちの会長と出席した僕は、数年前に驚く偶然からコンビを組むことになった、野地竜太の晴れ姿に気を良くし、お昼だというのにグビグビと酒を飲んでいた。普段はあまり、腰を据えて話すことない会長に、幸せな雰囲気も手伝い、いろんな事を話した。
丁度この頃、原稿の『明日へ』や『鎖国とペリー』を書き終えたばかりの僕は、隣の会長に熱く熱く、語った事を思い出したのだ。酒の勢いもあり、生意気にもボクシング人気低迷について、長々と意見したのを憶えている。
この時の僕の話を、うちの会長が公の場で話したのだと気付いた。
ジムに戻ってきた会長ともう一度話し合い、15日のうちのジムの興行の前に、国際ジムの高橋会長と会って話すことに決めたのだ。

僕が野地の結婚披露宴で生意気にも話した内容は、『思考』や『明日へ』や『鎖国とペリー』で書いたことである。しかしあれだけの長いダラダラした内容を、短い時間で説明できる話術を持ち合わせていない。
15日に高橋会長に会った時、伝えようと決めた事柄は、ボクサーの知名度の無さや、ボクシング人気低迷の危機感にに的を絞った。
そして迎えた15日。無い知恵を振り絞り、色々と意見させてもらった。僕の足りない言葉を、理解して頂き、後日たくさんの人を集めて、皆さんの前で意見する場を設けてもらう事になった。その日は10月28日となった。
ふとしたきっかけから、このTalk is Cheapで表現する機会を頂いた。
浅はかな経験しかなく、文才も無い僕が、頭を捻り書き続けてきた事で、何かが動きだしたような、そんな躍動感に包まれた。
僕のような名も無きトレーナーが、そういった場で意見できる。
まさに恍惚と不安を感じていた。
緊張が巻き付く、28日を迎えた。
似合わないスーツにネクタイをして、後楽園ホールの横にあるビッキーズに足を運んだ。たくさんのジムの会長達が集まっていた。早々と挨拶を済まし、僕の意見する時がすぐに来た。
まずは僕の所に、たくさんの格闘技の選手が来ている事を説明する。そして各団体の興行の凄いところをピックアップしていく。
他の格闘技団体は、一つの会社として機能しているので、マスコミとの関係や演出面での力強さがまるで違う。それに比べ、ボクシングの興行は1つのジムが行なうのが常である。大きなデパートと、下町の自営業くらいの資金力の差がある。個人的には伝統の味を持つ、小さなお店の職人のようになりたいと思う。
しかし時代は流れている。
観客の立場で、同じお金を払うなら、見事な演出で会場が一つになるようなものをチョイスするのではないか。
ボクシングも年に数回でいいから、オールスターのような夢のような興行をやり、
『あんな場所で試合がしたい』と選手のモチベーションをあげ、演出などにも力を入れ、観客の心を揺さ振る。その為には個人営業的なものではなく、各ジムが協力しあい、力を合わせていく必要があるのではないか。
このような話をさせてもらった。
それに関して『ボクシングファンの客層は違うだろ』と言う、他の格闘技と比べるな的な意見を戴いた。
客層の違い
僕には全く意味が分からない。
お客さんを選ぶ権利はこちらにはない。
もう一つビックリしたのが、参考資料として手渡された紙だ。
ボクシングの黄金時代であろう。正月からゴールデンタイムで放映された、時間帯やテレビ局などがずらっと書いてある。ふと年代を見ると、昭和36年と書いてある。
『昭和36年』
僕は昭和48年生まれである。そして僕のもとへ来ている選手は、ほとんどが昭和50年代の生まれであり、最近では平成生まれの子もいる。
昭和36年を僕は知ることは出来ない。もちろん温故知新の意味はよく理解している。
だが今の時代は昭和36年のように、競争率もなく、唯一の格闘技と君臨していた時代ではない。
どこへ向かうのか。
そんな気持ちに蝕まれそうになる中、もう一つの提案をさせてもらった。
『明日へ』でも書いた、試合後のインタビュースペースの必要性だ。
試合後にリング上でインタビューを受ける。でもまだ試合か終了してから、数分しか経過してない。
しかし控え室に戻り、呼吸を整え着替えなどをして、冷静になってから話せば、もっと個性を引き出せるはずだ。場所も会長やトレーナーなどがいない、インタビュースペースを与えてあげれば、なおさら喋りすいのではないだろうか。
しかしこの提案に関しては
『それはここで話すべき議題ではない。各プロモーターの判断だから、プロモーター会議で話すべきだ』と
サラリと終わってしまったのだ。なかなか難しいものである。
最後に提案させてもらったのが、ライセンスの問題である。これについては『鎖国とペリー』の中でも触れた。
今のシステムでは、ボクサーはボクシングを引退してよそのリングにあがるだけである。彼らが負ければ、ボクシングの敗北と見なされるような、活字が紙面を踊る。そしてボクシングは頑なに、その現実から目をそらす。
他の格闘技の選手がボクシングをやりたければ、普通にプロテストを受けさせ、リングにあげても良いのではないか?そう提案したところ、『そんな事をしたら、業界がぐちゃぐちゃになる』と諭された。
ボクシング界から見たら、外に出ていった人間達は、すでに引退しているのだ。つまり引退した選手はリストラされた事と同じようなものだと。彼らが引退後に何をしようと構わないというスタンスのようである。
果たしてどうなんだろうか?
日本タイトルを何度防衛しようと、深夜というか朝方と言った方がいい時間に放映されるボクシング。例えリストラされたとしても、ゴールデンタイムで放映され、数試合契約をしてまとまったお金を貰える格闘技。お金ばかりを問題にしているわけではない。
今の格闘技団体は、大きく二つにわかれているが、細かい団体を数えるとキリが無いほどに存在する。
それに比べ、ボクシングはたった一つだ。日本チャンピオンは各階級に一人しかいない。非常に高い階段を登りきった先にあるのが、深夜放送である現実を考えているのだ。
『名誉と誇りを兼ね備えたボクシング』
ここに『富』を重ねたいと思うのは汚いことであろうか?
この集まりは約2時間くらい行なわれた。正式に決定してはいないが、非常に素晴らしい提案などもたくさんあった。ここで僕なんかが、その他の内容を書くのは良くないであろう。とにかく僕のような若輩者が、非常に貴重な経験をさせてもらった事は確かだ。
集まりを終えた後、緊張の為だろうか、かなりの疲労感に襲われた。
席をかえて会長と二人で食事をしながら、この日の集まりに対しての議論を交わした。ボクシング界も色々な変革を考えている。これは確かな事実だ。
この話し合いを得て、僕は一つの腹を決めた。
お集まり頂いた、たくさんの方々から、ボクシングを愛している気持ちは、物凄く伝わってきた。この世界に入り、まだ10年くらいの僕なんて、ヒヨコというより卵に近いだろう。それなのに皆さんは、僕の意見に耳を傾けてくださった。
僕もボクシングトレーナーの端くれである。才能は全くないし、業界に残した爪痕は微塵もない。そんな僕が出来ることを考えた。それはいつも言っている事の重複になるが
『JBスポーツという場を与えてくれて、僕の好きなように生かせてくれる森川先生に感謝し、この恵まれた環境の中で、たくさんの事を目を凝らして見続け、耳をすまして聞き続ける事だ』
しかし僕だけがそんな恵まれた事をしていては、小さな鎖国と変わらない。
そこでうちのジムにも少なからずあった、垣根をすべて取り外す事にした。今までの僕は各選手に、時間帯をズラして来てもらい、マンツーマンで見ていた。そうすると選手達は、必然的にすれ違いになる。それぞれがとても個性的で、各才能の持ち主達である。そんな彼等を一緒に集め、合同練習にしたらどんな「化学反応」を起こすのだろう。
僕(が)支持している選手の名をあげてみよう。
石毛慎也(ニュージャパンキック)
15(イチゴ・スマックガール)
入沢群(極真空手)
川尻達也(修斗・プライド武士道)
児山佳宏(修斗)
鈴木悟(Kー1MAX)
高谷裕之(HERO'S)
野地竜太(パンクラス)
門馬秀貴(DOG・パンクラス)
山田崇太郎(パンクラス)
そして福島を筆頭に、うちのジム所属のプロボクサー達である。これだけの選手が一度に集まり、競技は違えどパンチを主に練習しあう。
まずボクサーは、格闘家達の基礎体力に驚く。そして格闘家達は、ボクサーのサンドバック打ちに、ため息を洩らす。互いに良いところを認め合い切磋琢磨する。
格闘家達は当たり前のように、1日に2回練習する。
ボクサーは昼間は働いて、夜ジムに来て体を磨く。
どちらの練習が良いのかなんて答えはない。
しかし格闘家達はボクシングジムに足を運び、目で見て、耳で聞き、体で味わえる。だがボクサーは自分のジムの中しか見れない。せっかくうちのジムには、上記したメンバーが来ているのだ。
目を瞑り、耳をふさぐ必要はない。たくさんの人と交わう事で、掴める感覚もあるはずだ。
ボクシングはたった2本の手だけを使い、100年以上も先人達が試行錯誤した、芸術である。格闘家達はその古き伝統あるボクシングに触れ、自分達の肥やしにしている。
『温故知新』の精神だ。
ボクサー達も今の新しい格闘技から、得る事の出来る何かは必ず存在する。目を閉じ、耳をふさいでいては、何も始まらない。永久追放するなどと鎖国制度を拡げずに、自信を持って彼等受け入れようではないか。
もしかしたら今、一番ボクシングの奥深さを感じているのが、現在各団体で活躍している格闘家達なのではないか。
最後に言わせてもらいたい。
僕はボクシングトレーナーだ。
僕のところに集まるメンバーは、ボクシングを尊敬している。ボクシングは団体ではなく競技である。だからこそ、尊敬の対象になれるのだと思う。これは臆病な僕も、胸を張り自信を持って言える事なんだ。
ボクシング界も『温故知新』の精神で、いろんなものを吸収し化学反応を起こそう!
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