写真 山田永里子

その14 鎖国とペリー



あれは10年以上前の事である。
なにせ僕がまだ、十代だったから。
何もかも中途半端で、ウロウロしていた頃だ。日々暇を持て余していた。

近所のゲームセンターに行き、友達が居ないかな〜とキョロキョロしていた。すると、パンチパーマのコワモテの顔をした人が、僕をジッと見ている。誰だろう?と思い、隣に座ると
『兄ちゃんボクシングやってるの?』
といきなり聞かれた。
ふとゲーム機に映る自分の顔を見ると、前の日に大きな喧嘩をして顔が傷だらけなのを思い出した。この頃から、ボクシングを噛ってはいたが、まだまだ外でのスパーが多かった。
『はぁ〜まあ一応・・』
みたいなあやふやな返事をしながら、その人の顔をよく見てみた。
すると当時の日本バンタム級チャンピオンの山岡正規さんであった。
気付いた途端に、ビックリして言葉が出なかった。そんなくそガキの僕に、山岡さんは気さくに話し掛けてくれて、一緒にゲームをやり楽しい時間を与えてくれた。

その後も何度か会い、たくさんの事を話してもらった。
当時はまだボクシング界のボの字も分からない僕だ。
でもなせが、痛烈に憶えている言葉がある。
『この世界は男らしい人間の集まりだと思うでしょ?でもね、実際は女々しいを通り越して、男が男に嫉妬をするような世界なんだ。』
って事だ。これを聞いて何にも分からないくせに、
『へぇ〜、そうなんすか〜、意外っすね』
なんて生意気に答えたことも憶えている。



あれから10年が経ち現在、僕はボクシング界にいる。山岡さんのあの言葉に、なるほど!っと思えることが、結構あるのは事実かもしれない。
例えばトレーナー同士での場合。
『俺がA選手の事を入会以来、ずっと教えていたのに、横槍を入れて教えたな!』
とかいう問題が発生する時がある。
ここでは得てして選手の気持ちは無視される。トレーナー自身の嫉妬でしかない。挟まれた選手が、居ずらくなり辛い思いをするだろう。
同じような例だが、B選手が頑張り日本タイトルとかに手が届くような位置に辿り着く。ずっとコンビを組んで、選手とトレーナーで頑張ってきたのに、この頃になり突然、ジムの会長が前に出ようとして、人間関係がギクシャクする事もよく聞く。そしてここでも選手の気持ちは無視される。
トレーナーとしては、自分の力量云々より、最初に見たんだから、誰も寄り付くな的な考えだ。会長としては、自分以上に選手とトレーナーが注目を浴びる事が面白くない的な考えだろう。
つまり人間の心の鎖国だ。これは嫉妬というより、小さなジム単位での鎖国であるとも見える。
そしてまさにボクシングはジムの中が全てで、一つの国と化している。
この傾向は一度入会してプロになると、よほどの事が無いかぎり移籍は出来ないシステムを生み出した。
つまり○○ジムという小さな国の中から一切出れないし、外部の人間も極力入れたがらない鎖国制度を強いているのである。

ボクシングというスポーツは世界を舞台に出来る、素晴らしい格闘技だ。でも今の日本のボクシングジムのシステムは、世界的な考えとは程遠い、小さなジムを国とした鎖国制度の世界である。世界どころか、同じ日本のジムなのに、自由に行き来できない。入会するまで、どんなジムなのか一切分からない。ましてや一度プロになったら、もうその国からは出ることが難しい。才能はあるのに、その国の中で生きづらく、引退を選ばざるを得ない選手も沢山いるだろう。
選手はボクシング界の宝だ。
ポンポン移籍するシステムを導入しろと言っているわけではない。ただ今の鎖国制度は、時代遅れではないかと思う。自分で始めたボクシングだ。やりたい場所でノビノビとやることも大事なのではないか?

9月25日に、プライド武士道を観に行った事は、『明日へ』の中に書いた。僕の見ている野地竜太とスパーしてくれた、郷野聡寛選手の応援を兼ねての観戦であった。
郷野選手は83キロ級のプライドウェルター級トーナメントに出場していた。この日はこのウェルター級以外にも、73キロのライト級トーナメントもあった。そのライト級1回戦で、五味隆典選手対川尻達也選手がいきなりぶつかった。
プライドの前大会で、川尻選手が五味選手に
『1回戦で僕と戦ってください!』
と対戦要求して組まれたカードである。そしてすぐにこのカードを組むところに、この団体の人気の理由が見えるような気がする。
ボクシングも挑戦状を提出したりするが、その試合が組まれたことはあまりない。
しかし武士道のライト級トーナメントは組んだ。
いきなり五味対川尻が組まれた時に、観客の心はその時点でガッチリわし掴みされただろう。彼らの入場で会場のボルテージは最高潮になり、どちらの選手とも面識のない僕は、心からその戦いを楽しんだ。もちろん、試合内容も期待に答える素晴らしいものであった。勝った五味選手、負けた川尻選手、男と男の勝負を見た気がした。

それから数日後、いつものようにジムに行き、命を削って魂を磨く日々を過ごしていた。すると、携帯に久しく連絡をしていなかった、選手数人から着信がある。同じ日に、こうも色んな選手から懐かしい電話が来るもんだな〜と、不思議に思っていた。
最初に着信があった選手に電話をした。すると
『お久しぶりです。あの〜突然なんですが、山田さんは川尻選手知ってますか?』
と聞かれた。
『知ってるっていうか、この前、会場で観戦したばかりだよ』
と答えると
『あの〜川尻選手が山田さんと連絡を取りたがってるみたいです』
と返された。連絡?なんで?と頭の中が?マークで一杯になった。
すると続けて
『忙しいかも知れませんが、どうにか時間作って指導してあげてください』
と頼まれた。何事も頼まれると嫌と言えないタイプの僕は、互いに連絡先を交換し、数日後から互いに頑張る事を約束した。つまりたくさんの総合の選手にコンタクトをとることで、川尻選手が僕と連絡をとることが出来たということだ。
知り合いから知り合いへと話をつなげ、僕に辿り着いたというわけだ。
総合の選手は、出稽古が数がとてつもなく多い。必然的に道場が違えど選手同士接点があるのだ。

総合は世に出て、まだ10数年である。最初はグレイシーの登場だった。しかし今現在、日本を主戦場としている事や、主催者の選んだ外国人を呼ぶ形をとっている事もあるが、
70キロくらいの階級では、日本人がトップ戦線で戦っている。
これはなぜか?
ボクシングと違い、彼らは出稽古が主だ。これは自分の道場だけでは練習が物足りないと言うこともあるだろうが、逆に自由に外の空気に触れることが出来るということにならないか。
ジムや道場には、各々特色がある。彼らが集まり切磋琢磨することで、色々な技術を交換できるし、勉強にもなる。
だから10数年経った今でも、彼らは世界に追い抜かれていない。
総合の選手も一部のフリーの選手を除いては、ジムや道場にみんな所属している。だが出稽古は出来る。この視野の広さが、世界と戦う為に必要なのではないか。

小さなジムの中だけで、外が見れないとなると、やはり鎖国と一緒だ。
ボクシングも色んなジムに気がねなく顔を出せるだろうか?
もちろん、スパーをしに他のジムに顔を出す事はある。
例えスパーでも、他のジムに行き、知らない選手と殴り合う事は実戦にきわめて近い。両選手にいい緊張感を与え、身につく練習にはなるだろう。これは素晴らしいと心から思う。
でもスパーなしで、他のジムに練習に気楽にいけるだろうか。
これは無理だ。
ボクシングを始めるまでは、何が自分に合って、何が自分に合わないかなんて、全然分からない。プロになりボクシングを少し理解してからでも、色々なジムに行き、自分にあったジムを探してもいいのではないか?他のジムを使用するのが、タダでとはいわないが一回につき数百円支払い、スパー以外でも他のジムに行き、ミットを受けてもらうなり、雰囲気を味わうなど。
もし自分に合うようなジムがあれば、移籍すればよい。
法外な移籍金を取るなどいう事はせず、移籍に関してもっと楽に出来たらいいと思う。それで僕の見ている選手がジムを去っても、僕は何とも思わない。
福島学を福島学でいさせる自信が僕にはあるから。
なんて偉そうな事を言ったけど、もしこの原稿を福島を筆頭に選手達が読み
『あっこれはいいね!俺、○○ジムに行きたいな〜』
なんて言われたとしても、嫌な気持ちにならない自信が僕にはある。戦うのは選手なんだから、選手がやりたい場所でやればいい。

選手が居なければ、僕は成り立たない。
僕が居なければ、うちのジムが成り立たない。
発想の転換である。
うちのジムは会長の理解もあり、たくさんの格闘家が通っている。そして、それぞれのルールに合わせて練習している。他のジムから見たら、ありえない環境であろう。
プロの選手が来るまでは、特に何のジムか分からないくらいの雰囲気だ。ずっと寝技をしている時もあるし、キックで蹴りあっているときもある。彼らが全員出場するような興行をすれば、かなり話題を呼ぶようなものになると思う。
さまざまな競技で活躍している、彼ら全員がうちのジムで練習をしていると分かれば、JBという団体すら作れそうだ。そんな自由な雰囲気が、彼らの世界にはある。

だがボクシングはテレビ局の違いを理由に、ファンの期待するカードを組めない傾向にある。
対戦を申し込んで、この理由で断られた時に、本当にビックリした。
日本ボクシングは、他の格闘技と違い団体分裂してはいない。
しかしテレビ局が違うという理由で、試合が組みにくくなるなら、分裂している事と変わらないのでは。
一つのジムからずっと出れない。
出稽古など他のジムとの交流も少ない。
テレビ局が違うと試合が出来ない。
これを鎖国と言わずとしてなんというのだ。

ライセンスもそうだ。他のリングにあがることを許さない。
一度でも他のリングにあがったら、ボクシングには戻れない。
逆に言えば他の格闘技をしている選手は、ボクシングのリングにあがれない。これでは出て行く選手の、ボクシング時代の肩書きを使われるだけになる。
総合の選手で打撃の必要性に気付き、打撃のみの試合に出たいと相談されることもある。しかしボクシングのリングにあがることは、今の現状では不可能だ。だから同じ打撃でも、キックやムエイタイのリングにあがる。
彼らにプロテストを受けさせ、ボクシングのリングにあげてもいいのではないか?彼らはその経験をもとに、自分達のリングに帰る。そしてボクシングは、その奥の深さを知らしめて再確認する。もちろん、そのままボクシングのリングにあがり続けて、頂点を目指す選手がいてもかまわないではないか。

トレーナーライセンスも同じである。僕の見ている格闘家達に、セコンドに付いてくれと頼まれる。しかしライセンスを所持していると、他のリングにあがれないのは、トレーナーも同じだ。
僕が他のリングのセコンドに付くことで、いったい何のデメリットがボクシングに起こるのだろうか?こんな事も出来るボクシングトレーナーもいると、メリットにはならないのか?

自分達だけ殻に閉じこもり、外に出た人間に目を瞑り見ない振りをしていては、先に進まない。
鎖国をすることで人気は無くなる。
ジム単位やテレビ局の垣根を越えた、ボクシング界の為の夢の興行をする。1ジムの金儲けを優先しないで、ボクシング界の存続の為に一つになろう。
鎖国を解くペリーになる人間が、ボクシング界を飛び出した人になるのか、ボクシング界の中にいる人になるのか。
これは大変重要な問題だと思う。

さあみんなで声を出そう。
『自分の過去の自慢話や、目先の金に惑わされず、心と国を開けなさ〜い』と。




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●山田武士
1973年、埼玉県新座市生まれ。AB型。
1996年、チンピラ(自称)からJBスポーツジムトレーナーに。

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