写真 山田永里子

その13 明日へ


 9月7日に有明コロシアムで行なわれたHERO'Sの、ミドル級最強トーナメントに行ってきた。僕の見ている高谷裕之選手が出場したので、セコンドの手伝いをしに行ったのである。
 そこで色々な事を感じた。
 HERO'Sだけではないのだが、控え室にセコンドや関係者の為に用意された、お弁当やお茶などの飲み物類がある事に驚かされた。総合格闘技の試合の時には、得てして選手の会場入り時間が早い。セコンドとして行くと、途中で空腹感に襲われてくる。そんな時に、お茶やお弁当があると非常に助かるのである。
 そしてどこの控え室の様子も、ボクシングのような暗い雰囲気ではないように思える。もちろん選手により、試合前にトランス状態に持っていく場合もある。しかし決して重たい雰囲気ではない。

 前にも書いたが、まだ歴史の浅い格闘技な為、指導者だけという立場の人間が少ない。たからセコンドを見ても、普段一緒に練習をしたりしている、先輩や現役の選手が付くパターンが多い。だからなのか?ボクシングと違い重たい雰囲気が、あまり感じられない。選手一人一人が、その試合の主役であるという感じが、まわりのスタッフの空気でも感じ取れる。
 まず選手ありき。
 変な師弟感覚がなく、選手主導で試合までの時間を過ごす。
口で言うのは難しいが、そこには重苦しい空気はなく、みんなで盛り上げて試合に向かうという感じだろうか。
 会場の有明コロシアムも超満員で、観客が一体化している。入場前にスクリーンに映し出される、選手の紹介のビデオで観客の心をガッチリ掴む。パンフレットの写真紹介だけではなく、VTRで実際にインタビューで答えているシーンや、過去の試合のダイジェスト、この大会に向けての練習シーンと、試合では見れない素顔を覗かせる。そのVTRが流れている間、選手やセコンドは入場を待つ。入場を待つ場所も用意してあり、薄暗い部屋に仲間だけで入る。自ずとテンションは上がってくる。
 VTRが終わり選手の名前をコールされ、入場曲が流れる。そんな空気の中で入場した時、もの凄い心地よさがあった。

 ボクシングと違い、一度の敗北で引退と騒がれることもない。だからなのか?本当に気持ち良くテンションをあげられた。
 僕も福島が日本、東洋のチャンピオン時代には、入場から派手な演出を心掛けた。
 しかし規模が全然違う。こっちは演出に関して、全くのド素人だ。それでも無い知恵をしぼり、懸命に考えて演出をした。しかしHERO'SやプライドやKー1は、その道のプロの方々が演出をしている。それに比べるとこちらは学園祭くらいの企画でしかない。団体として一つの会社が行なう興行と、一つのジムが行なう興行では、
大手のデパートと下町の商店街の店が戦うようなものではないか?
 それに僕らはチャンピオン時代にしか、派手な演出をしないと決めていた。チャンピオンにだけ出来る特権だと。何か表現したいなら、結果を出してからにしようと。
 しかしそれではどうなんだろうか?高いピラミッド型のボクシング界。やっと掴んだベルトである。どんなに楽しく入場しようとしても、どこかで1勝の重さが肩にのしかかる。
 しかし他の格闘技は、出場選手全員に晴れやかな入場が用意される。
ノンタイトル戦でも、選手の個性を売りにして、試合の目的を表現する。ボクシングのように負けても『引退』という文字が無いから、
前に出て勝負する。その試合に観客は歓声をあげる。その舞台が心地よい空間であった事は確かだ。

 他にも感じたことがある。
どの格闘技も試合後に、選手個人にインタビュー出来るスペースを設けているのだ。有明コロシアムのような、大きな会場にあるのはもちろんだが、後楽園ホールで行なわれる興行の時にもインタビュースペースがある。ボクシングの時は狭い控え室に記者が集まり、耳をすましながら質問する形である。
 それにボクシングの場合はメインクラスでないと、記者から話を聞かれることもない。しかし他の格闘技は、ほとんどの選手がインタビュースペースに行き、自分の意見を表現する事が出来る。入場も試合後のインタビューも、前座の頃から体感できるのだ。

 最初はこの対応に慣れなかった。門馬秀貴がパンクラスのネオブラッドトーナメントに出場した時の事だ。このトーナメントは、一日で三試合戦う過酷なものである。昼の興行で1試合戦い、勝者は夜の興行で2試合戦うという、昼、夜興行であった。
 昼の興行で判定勝ちした門馬が、インタビュースペースに呼ばれ、夜の興行へ向けての抱負を語っている。これを見た時に、少なからずビックリしたのだ。門馬はパンクラス初参戦だ。まだ一回勝っただけである。それなのに後楽園ホールに用意されたインタビュースペースに呼ばれ、優勝への道のりを聞かれ答えている。
 これは選手として、決して嫌な気持ちはしないだろう。テンションもあがり、自覚も芽生えるのではないか。各競技で選手層の違いもあるから、一概に比べることは難しいとは思う。でもこういった場を設ける事で、選手個人のプロ意識を刺激し、表現する力を与えるのではないだろうか。

 その他にも鍼灸師が個々の控え室にいる事に驚かされた。うちのジムも本当にお世話になっている先生がいる。選手の怪我はもちろん、僕のリハビリなどでも、とても協力して頂いて、もう頭が上がらない。しかしこれは極めて、奇跡的な出会いである。
 ボクシングのランカークラスでは、なかなかボクシングだけで生計をたてられない。自分の生活すらもおぼつかないのに、先生に金銭的なもので返す事が出来ない。先生の誠意に甘えて、ひたすら感謝を繰り返すだけである。HERO'Sの選手がどういった関係で、各先生方にお世話になっているかは分からない。しかしこれもベストな体調で試合に挑むという事に関して、必要不可欠なことではないのか。

 ニンニク注射も控え室で打っていたりする。これにも驚いた。
 ボクシングでもたくさんの選手が試合前に、ニンニク注射を行なっているだろう。福島も例外ではない。計量を終え食事をした後に、その足でニンニク注射を打ちに行っていた。なぜか僕も一緒に打つ。何事もやってみないと理解しない男だから。
 速効性の効果があると言う事なので、前日の計量後に体力を復活させて、試合当日にまた打ちに行くのがベストだという結論に達した。しかし当日に打ちに行くのは、結構面倒なものである。出来るだけ試合までは、自分のペースでゆっくりと体力を温存したい選手もいる。
『試合会場に入る時間辺りに、打ちにきてくれたら楽だろうな〜』って思ったこともある。しかしこれはいろんな意味で難しい。そう思っていたところ、HERO'Sの控え室で某選手がニンニク注射を打っているのを見たから、ビックリしたのだ。

 僕のまわりにもプライドに出たいとか、HERO'Sに出たいとかKー1に出たいという選手が沢山いる。でも僕は
『選手にもセコンドにもライセンスもないし、タレントやアナウンサーがドレス着たり、チャラチャラしている。真剣勝負には不釣り合いだ。』って思っていた。
 しかし高谷裕之選手の試合は違った。あの晴れやかな舞台で、男と男の殴り合いを見せたのだ。
 僕は引退してから、一度も試合したいと思った事が無かった。
だが『こんな場所で戦ってみたい』と一瞬脳裏をかすめたのは事実だ。
ちょうどその時、リングに鈴木悟君が上がって、観客に挨拶していた。
たくさんの温かい拍手に迎えられている悟を見た時、ボクシングから方向転換したのが、すごく理解できる気がした。すぐにリングサイドへ行き、悟と話をした。前向きな、すっきりとしたいい顔をしていた。

 その10日後に今度は同じ有明でも、コロシアムではなくディファ有明に行った。これは和術慧舟會が主催している、DOGという名の金網の中で戦う興行だ。門馬秀貴が出場したのだ。
 ボクシングなども、このディファ有明で興行をしている。後楽園ホールよりは狭いがなかなか見やすい会場だ。お客さんが入場する前に、リング(金網?)チェックを行なう。その時に会場も、演出のチェックをしていた。
 DJがノリの良い音楽をかけながら、全選手のプロフィールなどを、大きな音で流す。スクリーンも用意され、同時に映像も流れる。KOシーンをスローで流すような技術はないが、入場前には各選手を映し出し、観客の心を掴む事は出来る。

 極めつけは25日に有明コロシアムで行なわれた、プライド武士道を観戦に行った事だ。僕の見ている野地竜太とスパーしてくれた、郷野聡寛選手の応援に、エリート雑草でお馴染みの山口裕司と二人で観に行った。
 国際展示場駅に降り、有明コロシアムへと歩く。もの凄い人の数に驚く。会場の外には、選手個人のオリジナルTシャツが売られていて、半端のない行列が出来ている。ボクシングでも最近は、自分のTシャツを作っている選手もいるが、総合の世界では当たり前の事である。なおかつ、お洒落でかわいいデザインの物が多い。
 人を掻き分け、やっと会場内に。まず控え室に行き、顔見知りの選手と言葉を交してアリーナ席に座った。会場入りしたばかりの観客に、レフリーとジャッジの紹介が行なわれている。ボクシングの世界戦では、リングサイドにいる歴代のチャンピオンを紹介する。これと同じように、レフリーとジャッジを紹介するのだ。そしてその一人一人に、大きな歓声があがる。それを観客は楽しんでいる。
 びっくりしてヒロシと顔を見合わせた。紹介されたレフリーとジャッジは、立ち上がって拍手に応える。それをもの凄い大きなスクリーンで映し出す。紹介が終わった頃、そのスクリーンに過去の映像や、その日に出場する選手達のこれまでの戦いが映された。そして観客に拍手を求める画像になり、1万人が拍手を始める。
 もっと!もっと!と拍手を求める。ものすごい拍手音になり、最高潮のテンションに観客がなったとき、そのスクリーンが外れ下に落ちた。
そして後ろに見えたのは、武士道の名前通り、大きな兜をかぶったバカでかい人形だ。そしてその顔の部分から、各選手が入場してくる。
 参った。ヒロシと二人で苦笑いするしかなかった。あとはもう口をアングリし続けるだけだった。
 興行を通して五味選手の試合がずぬけていたが、どの試合内容も高度な技とタフネスを見せ付ける、素晴らしいものだった。

 入場料もボクシングに比べると、低価格になっている。そして観客を楽しませようとする事においては、ボクシングは比較の対象にすらならない。外国人でも良い試合をすれば、惜しみない歓声が会場を包む。
これもボクシングにはあまりない感覚だ。
 プライドで大人気のミルコ選手。彼は日本語が流暢な訳でもなく、笑顔を振りまいている訳でもない。彼が人気を得たのは、日本人をバタバタと左のハイキックで倒しまくったからであろう。
 そこでふと、一人の世界チャンピオンが浮かんだ。
強烈で芸術的な右クロスで、世界の強豪をバタバタと倒していたユーリアルバチャコフである。
 ミルコとユーリ。
 彼らの違いは何なのであろうか?これを笑ってすませていては、日本ボクシングの明日は見えない。日本語を話したり、名前を漢字に変えることで、人気は出てこない。選手自身の戦い方をアピールしていくべきではないのか。ミッキーロークをメインに使うような、恐ろしい過去を繰り返してはならない。

 武士道を観終わり、ヒロシと何とも言えない気持ちになり、ヘベレケになるまで飲んだ。泥酔で家に帰り、同じ日に行なわれた、ボクシングの2大タイトルマッチのビデオを再生した。
 メインのリングには、日本ボクシング界のスターになるであろう、長谷川選手が見える。長谷川選手は世界へ誇れる日本の宝だ。その実力だけで、みんなを魅了する事が出来るはずだ。
 酔っていたからだろうか?テレビの中の映像を見ていたら、モッコリしてきたのでビデオを止めてしまった。
 そして明日が見えなくなった。




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●山田武士
1973年、埼玉県新座市生まれ。AB型。
1996年、チンピラ(自称)からJBスポーツジムトレーナーに。

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