写真 山田永里子 / 山口裕朗

その10 恋愛中



僕は自分の選手の対戦相手の真似をよくする。
でも全員の選手為には出来ないし、まだ相手云々言うより自分を磨く必要がある選手もいる。
そんな中よく対戦相手の真似をしてスパーやマスをするのが、ボクシングなら福島学だし、極真空手なら入沢群で、総合格闘技なら門馬秀貴、キックなら立嶋篤史で、女子総合格闘技なら15(いちご)の時なんだ。

この人間達は、僕にたくさんの事を教えてくれるパイオニア的存在なのだ。
彼らと接することで、たくさんの事を学び、必死に勉強してついていく。
対戦相手のビデオを何度も見て、必死に癖や感覚を盗もうとする。
その真似したスタイルで、スパーに挑み試合までの流れを掴んでいく。そしてこの選手達が、実際の試合でどういった戦いを見せるかで、僕なりに考えていくのだ。
だから相手のビデオを、ものすごい回数見る。選手によって、まったく見ない人もいる。その代わりに僕が見るのだ。

まず個々の選手が取り寄せたビデオを預かる。そしてその日から、毎日何回も見る事を一週間続ける。すると目を瞑っても、その選手が浮かび上がるようになる。
その第一印象で、まずはいろんな事を試す。
今度はしばらくビデオを見るのを押さえ、最初に掴んだ感覚で追い込む。何日間か練習していくと、その感覚が薄れていく。でもまだ見るのを我慢しておく。どうしても見たい!と思いだしてから、二度目の研究に入るのだ。
この加減がむつかしい。
本当に見たい!という欲求にかられてから見ると、最初に見たときには見落としていたものが、スコッと浮かび上がるときがある。
このパターンを何度も繰り返して、試合までの日々を送るのだ。
あまりにも長い時間、対戦相手のビデオを見てるためだろうか?
全然関係ない試合を観に行ったりして、たまたま対戦相手を見かけたりすると、
『ドキ!』とするのだ。
まるで長い間、憧れていた女性に会った時のように。
恋をしているような感覚に近い。

昔、門馬の次の対戦相手に後楽園ホールで会った。彼はその興行の解説をしていた。休憩時間に僕がタバコを吸っていると、たまたま近くを通った。
その選手も僕が門馬のトレーナーだと気付き、会釈をして握手することになった。
僕は彼のビデオを穴があく程に見ていた。だからもちろん『ドキ!』とした感情があり、思わず両手で握手していた。
その選手は片手なのに。
こっちはファンの心理に近いから、ガッチリと両手で握り締めていた。門馬にその事を伝えると『勘弁してくださいよ』と苦笑いされた。

僕はプライベートでも、本気で気に入った子の前に出ると、口数が極端に少なくなる。初めて会ったキャバクラの女の子には、『好き、好き』と連発するのに。
そして僕は、自分が気に入った子に冷たくされたりすると、他の女性にされるよりも傷つくのはもちろんだが、その事で落ち込むというより、倍以上に冷たくしてやり返すという精神の持ち主だ。
対戦相手の事を考えすぎて、思わずそういった(どういった?)気持ちになってしまう事もある。
完全に対戦相手の選手に恋愛中だから、試合前にその選手を見かけたり、計量で会った時などは毎回ドキドキしている。
でも対戦相手の選手にしてみれば、そんな事は知ったことでない。
それどころか、戦闘モードに入っているだろう。
そこにはかなりの温度差が生じるのも当たり前だ。
計量で初めて対戦相手に会った時には、間違いなく僕だけがドキドキしている。
あちら側はそんな狂ったストーカーの気持ちなんか、知る由もないから睨んだりしてくる時もある。
すると僕は突如、好きという気持ちから憎悪に変えてしまう。

パロティーヨと戦った時だった。計量で会ったら、向こうはやる気満々で目が怖い。ギロッと睨んできて、闘志むき出しだ。計量ではあちらのセコンドが何やら文句を言っている。
『福島の体重は何キロだったんだ!』
ってセコンドが英語で大きな声で聞いていた。
今まで好きになる程、勝手に思いを寄せて見ていたパロティーヨの態度と、セコンドの態度に対して一気に怒りが沸点に達した。しかもセコンドは英語で何か言っている。僕は日本人で、日本語しか話せない。
いつも思うのだが外国から日本に来た人間は、日本だというのに自分の国の言葉で話す。逆に日本人は場所が日本なのに、外国の人と話す時になぜか英語で対応しようとする。
これはいつも疑問に思っていた。
僕が外国に行ったのなら、その国の言葉を勉強するのが筋だ。
しかし外国の人が日本に来ていても、全く日本語を話す気などない感じの時がある。
パロティーヨのセコンドも全く日本語を話す気がない。
その態度に思わず
『ここは日本だ!何か聞きたかったら日本語話せ!』
って怒鳴ってしまった。それを聞いて福島だけは爆笑していたけど。
僕はあまりにも好きになりすぎてしまい、その反動で嫌いへの移行が早いみたいだ。

他にもヨックタイとの初戦の時も色々あった。
計量会場に行くと、見慣れた顔がヨックタイと一緒にいた。
よくよく顔を見ると、総合格闘技の有名選手で、うちのジムに来ていて僕が何度も見ている選手だ。その彼がうちのジム以外に打撃の指導を受けているのが、タイ人の有名選手であった。そういった関係から、ヨックタイの日本滞在期間の案内人を、彼がしていたようだ。そういうのを全部理解しても腹が立った。
何度もビデオで見たヨックタイ。またもや恋に近い感覚だ。
そんなヨックタイの横には、僕のとてもよく知る人間がいる。
僕が大好きだった女性が、僕の友達と寄り添っている姿のように見える。
しかもその友達は、僕がその人に恋しているのを知っているのにだ。

そんな狂った妄想にかられ、強烈なジェラシーを覚えた。
そうなると、またいきなり怒りにかわる。もうキーッって喚きたいくらいだ。
そんな中、ヨックタイが50グラムオーバーした。コミッションの方が僕を呼ぶ。
『山田君、どうします?たった50グラムだから、秤も斜めになるくらいだけど』って聞いてきた。
いつもなら、別に何にも気にしない。だいたい、相手の体重なんかどうでもいいって感じのズボラな男だ。
前にハミリと試合した時など、前日の計量にハミリが来れなかった。飛行機の手違いかなんかで、試合当日にしか来日できないと。
仕方なく福島だけが計量した。ハミリはしょうがないので当日計量に変更。
ちみなに、その計量にうちのジムからは誰も立ち合わなかった。
すると試合当日に、コミッションとマッチメーカーから電話があり、なんとハミリが約3キロもオーバーしているとの事。サウナに入ってギリギリまで落としたが、約2キロオーバーまでしか絞れなく、これ以上絞るなら試合はしないと言っていると言う。グローブハンデを付けるしかないと。
しかし8オンスと10オンスでは、グローブの大きさがかなり違う。見ている人は気付いてしまう。そんなハンデをもらって勝っても嬉しくない。福島にその事を伝えると『そんな体重も落とせない奴には負けませんよ。必ずぶっ倒しますから』って言う。結局グローブハンデを断り、一回り大きいハミリと、ガチンコで戦った事がある。

2キロもオーバーしたハミリに、何の文句も言わずファイトマネーもしっかり払い、グローブハンデもなしで試合したこともあるのに、ヨックタイの時は50グラムを許さなかった。
ジェラシーだか、何だかよく分からない気持ちになり、ストーカー化した僕は『おい!50グラムだろうが、契約は契約だ。落とさないなら、一円も払わないぞ』
とヨックタイサイドに噛み付いた。
するとロープを飛んだり、タイ人独特の上に飛んで体重を散らす動きをしたりして、たった50グラムを落とさせた。
ハミリ戦とヨックタイ戦でこんなに大きく違う対応をしたのはなぜだろう。
やはりジェラシーとしか思えない。

それなのに僕は、プライベートで全く嫉妬をしたことがない。
うちの奥さんにも
『あんたは本当に嫉妬しないよね!私の事、好きじゃないんでしょ?』
と詰め寄られ、腕や肩にしこたまパンチを打ち込まれたりしている。
私生活ではそんな感じなのに、何度も何度もビデオで見て研究しているうちに、対戦相手に恋愛してしまい、ふとした事からイラついたりするのだろうか。

そして今、僕は大恋愛中だ。
半年以上も思い続けている。
一度は逢える約束もしていた。
しかし彼は、こっちの気持ちなど考えずに、いきなりドタキャンした。僕達は彼に失礼がないように、敬意を持って接するつもりだったのに。
でも僕達は挫けなかった。
どうしても彼に逢いたく逢いたくて。
その逢うために用意した場所は、さいたまスーパーアリーナや、有明コロシアムや両国ではなく、ボクシングの殿堂である、後楽園ホールだった。悩んで悩んで、選んだ場所が後楽園ホールだったんだ。
今まで僕らは、たくさんの人達と後楽園ホールで逢ってきた。
福島は全キャリアのたった2回を除いて、すべてが後楽園ホールなんだ。
世界で一番逢いたい人には、やはり老舗中の老舗である、後楽園ホールに招待したい。たくさんの会場がある中で、お客さんが観戦して一番観やすいのが、後楽園ホールだろう。
人気低迷と言われるボクシング界。
そんな今だからこそ、あえてお客さんが一番観やすい場所で盛り上がりたい。
あのホールを満員にして、みんなと一体化したいんだ。
10月15日に、僕は彼と逢ったらどんな気持ちになるんだろう?
こんなに一人の事を、ずっと思い焦がれるなんて、めったにないことだと思う。

ウラジミール・シドレンコ殿。
世界中で、おそらく僕が一番あなたのビデオを見ていると思います。一度くらいスッポかされたって、僕のお熱は冷めないですよ。僕のしつこさは、並大抵のものではないですから。
逢える日を楽しみにしています。
いきなり抱き締めても、怒らないでね。
もしあなたに怒られたら、その数十倍の怒りが、僕から溢れ出てしまうから。

僕の奥さんや、家族方へ。
これを読んで心配しないでくださいね。もしかして僕がおかしくなったのではないかと。
安心してください。僕は昔っからこんな性格ですから(笑?)

追伸。

ご存じのように10月の世界戦は、福島の足の怪我でキャンセルになった。
この原稿を書きなおす時間はあった。でもあえて書きなおさなかった。
自分への戒めの為に。
自分の選手に怪我をさせてしまうのは、トレーナーの責任だと思う。
福島の微妙な体調の変化に気付きながらも、同じように練習をさせてしまったヘボトレーナーである。
どうしても本文の最後の部分は、書き直したくはなかった。
あれを読むたびに、自分のピエロさを痛感するから。
今回の事を胸にしっかりと刻み、必死に食らい付いていきたい。

2005年9月28日。
迷トレーナー山田武士。




■ 手紙 By 山田 武士 ■ Back Number

最新の「手紙」
・2005 その10
その9
その8
その7
その6
その5
その4
その3
その2
その1
2004年以前のバックナンバー(全体)

●山田武士
1973年、埼玉県新座市生まれ。AB型。
1996年、チンピラ(自称)からJBスポーツジムトレーナーに。

TOP PAGE

Copyright (c) Talk is Cheap all rights reserved