写真 山田永里子

その9 迷トレーナー



指導するって事はいったいどういう事なのだろうか?
ずっと、ずっと疑問に思い考え続けている。

人が人を指導する。これはとても大変な事だと思う。
10人集まれば、10個の考え方が生まれる。体も性格も全て違う。
ジムで選手を見ながらマニュアルがあれば、どんなに楽だろうな〜って思う。
これさえやれば、その選手が持っている力を最大限に活かすことが出来るというものが。

もちろん基本はある。それを繰り返しやりながら、自分に合った形を模索する。
パンチの打ち方、パンチのよけ方。毎日、反復練習を積み重ね、スパーなどの実戦練習でそれを確認していく。
世界チャンピオンでも4回戦でも、それは変わらないと思う。密度こそ違えど、練習の手順はほぼ同じだと。
それとボクシングは、かなりメンタルなものがあると思う。
顔面を主に、たくさんの人前で殴り合う芸術だ。
練習では出来ても、試合では出来ない。ミットでは出来てもスパーでは出来ないなど。
他のスポーツに比べ、かなり精神的なものが大事だと思う。
パーソナルトレーナーなどが、最近ようやくボクシング界でも認知されてきたが、他のスポーツに比べかなり時間がかかった。
これを食べて、こういったウェイトをやれば体は変わるって言われ、確かに言う通りにやればそうなる。
でもボクサーは、自分自身だけの感覚をとても信じている。
言い方は良くないが、動物的な感覚だ。
試合前などには、自分が信じてきたものを口にしたい。
ウェイトなども、体重が増えないようなやり方をしても、体の微妙なズレを気にする。
筋肉が無ければ、人間の体は動かない。
そんな事はよく分かっているが、そういったものを超越するような感覚が、ボクサーには存在するような気がする。
アウターマッスルもインナーマッスルも関係ない。
相手のパンチに、怖がらずに向かっていく。
これは科学では説明できないものだ。

網膜剥離になった選手がいた。
彼が『やっぱりパンチは喰ってはいけないっすね。後輩に身を持って伝えていかないと』って真剣な顔で言う。
でも次に出た言葉は
『そうは言っても、知り合いの選手が網膜剥離になった時、自分は絶対に大丈夫だ!って思ってました。
そう思わないと、ボクシングなんか出来ないっすよね』って言い笑っていた。
まさにそうだ。細心の注意を払い、練習し試合に挑む。
でもどこかで、こういった考えがないとやれないのも事実だろう。
ボクシングはまだ古い考えがたくさんあり、かなり遅れていると思う。
しかし命がかかったスポーツである。
自分が掴んだ感覚だけを、大事にしてしまうのも仕方がないとも思えないか。

心の部分にはマニュアルは無い。

あまり言いたくはないが、ボクシングは才能の世界だとも思う。
出来る子は最初から言われた事を出来たりするし、リングに上がる時も全然平常
心でいられる選手もいる。
しかし続けるということも才能である。

僕は選手に続けさせたい。

97年に選手を見ていいという許可を得た。
2005年現在、僕が見た選手(ボクシングはもちろん、他の格闘技の選手も含めて)で引退した選手はたった一人しかいない。
確かに、僕なんかより数段優れたトレーナーの方々に比べ、僕は明らかに見ている選手の数は少ない。
でも今の僕には、情けないがこれが精一杯だ。
選手をパッと見て何かを感じる感性もないし、これさえやれば的なしっかりとした土台も築けていない。
今でも手探りな状態だ。
毎日、ひたすら一緒に練習する。
スパーもやるし、ミットを持ちサンドバックも一緒に叩いてウェイトもやる。
また違う選手が来たら同じように繰り返して練習する。
二時から八時まで動きっぱなしって事もざらにある。
こんな感じだから、一日に五人の選手も見ることが出来ない。
そんなヘボトレーナーだから選手に続けてもらうしかないのだ。
毎日彼らと接し一緒に練習し、彼等を見続けることしか僕には出来ない。
みんなから学ばされている立場だ。
『選手以上の練習を毎日やるなら試合とか出れば?』とか
『山田さんはそんなに練習して、いったい何を目指しているの?』ってよく言われる。
でもこれは才能のない僕がトレーナーでいる為に、唯一やらないといけないことなんだ。
目で見て判断できる才覚もなく、マニュアルも持っていない僕は、一緒に練習して感じる事しか出来ない。
殴り合いながら、この選手は今何を考えているのか?とか、
疲れた状態で叩くサンドバック打ちがどれだけきついのか?などを自分で感じるしかない。
それに今の練習で試合に出るのは不可能だ。
その理由。今の練習は自分が試合に出る為の練習ではなく、試合に出る選手の為の練習相手でしかないから。
自分の試合の為の練習になると、間違いなく僕は嫌な奴(今が良い人とは言わないが)になる。
他人を蹴落として這い上がる世界だから。

特に僕は負けず嫌いだ。もし試合する事になったら、完璧に人が変わる。
『他人と一緒に』なんて言う考えはさらさら無くなる。
だから僕が毎日やってる練習は、そういった意味での練習ではない。
トレーナーでいる為の練習でしかない。
現役を引退して離れてみると、現役時代には見えなかったものが見えてくることがあるって聞く。
視野が広がり、見えなかった所が浮かび上がる。確かにそんな感じはある。
特にトレーナーになって、技術を口で説明したりすると、
今まで見えなかったものが見えてきたりもしてくる。
でも引退してからでは遅いような気が。
それなら現役中に、後輩に教えたりしたらどうか?
うちのジムは、現役同士が教え合うことを固く禁じている。
他のジムがどうなのかは、僕には全然分からない。
ただうちに来ている格闘技の選手で、自分が道場主の人間もいる。
彼らは仕事として、自分の道場に来る生徒を指導する。
もちろん現役を続けながら。
ボクシングではあまり聞かないパターンだ。
これはどうなんだろう?良い面では、教えることにより技術を分解して説明する事で、自分自身の頭の練習にもなり、視野が広がるだろう。
ミットを受けることで、パンチを弾く練習にもなるだろうし。
他にも『自分の生徒達の前で恥ずかしい試合は出来ない!』という、自覚も出てくることだろう。

悪い面では何があるのか。
打撃以外の事に関して、僕が何かを言うのは筋が違う。
ただ打撃に関しては、生徒相手にスパーしていると、確実に受けの形になる。
自分から生徒にパンチを叩き込む訳にはいかない。
どうしても受けてしまう。もちろん、防御練習にはなる。
ただ生徒も死ぬ気で打つ事はできないと思う。
この微妙な感覚が、打撃の一瞬のタイミングをズラしていくのではないか。
打撃に関しては、一瞬のタイミングが命取りになる。
このタイミングを失ってしまうかもしれない。
どちらの指導法が正しいかは分からない。
これからも僕は、目を離さずに見続けるしかない。

トレーナーという仕事は閉鎖的だと思う。
職人の世界というか、黙っていては誰も教えてくれない。
ミットの持ち方など、教え方など。それぞれのやり方が無数にある。
選手同士は違うジムでも、仲良くなり食事に行ったりして、交流もあるだろう。
だがあまりトレーナー同士仲良くなり、交流を深めるって事は無いように思う。
自分のジムのトレーナー同士でも、なかなか打ち解けにくい。
我が道を行くって感じだろうか。
確かに違うジムのトレーナーとあまり仲良くなってしまうと、
そのジムと試合しにくくなるような気もするし、自分のジムが強ければ良いわけだから、わざわざ交流する必要はないかもしれない。
僕は他のジムに選手を連れて行く時などは、必死で何かを盗むようにしている。
僕にはトレーナーとしての先生もなく、自分のトレーナーとしての浅い経験だけを頼りにやってきた。
しかしこれだけでは、とても不安で不安で仕方がない。
答えのない世界だと分かっていながら、答え合わせをしたがる弱い自分。情けないな〜と思う。

昔、ジムにハローワークの職業案内にプロボクサーを載せるとかで、当時日本チャンピオンだった福島と、4回戦の子が取材されていた。
ボクサーは職業としてどうなのか?っていう題材であった。
それを見ていて、ふと『トレーナーは誰が取材されたんですか?』って聞いてみた。
すると『あっ、トレーナーはまだ職業として認められていないので、そういった取材はしてません』ときっぱり言い切られた。
かなり寂しい気がした。僕がやっている仕事は、職業ではないのか。
でも悔しいけど仕方がないとも思えた。
僕が持っているトレーナーライセンスには、何の試験もなく所属ジムの会長が推薦してくれたら、自動的にライセンスが貰える。
プロボクサーは、試験を受けライセンスを取得し、勝ち星を重ねていくとC級、B級、A級とステップアップしていく。だがトレーナーライセンスは、苦もなく(言い方は良くないのは分かってる)取得でき、
僕みたいなヘボトレーナーが素晴らしいキャリアを築いたトレーナーの方々と同じライセンスを保持できる。

これはどうなんだろうか。
まあ結果の世界だから、ライセンス云々より、素晴らしいチャンピオンをたくさん送り出せばいいのだろう。
こんな事を考える前に、しっかり精進しろと怒られそうである。
でもやはり僕は迷うトレーナーだ。
毎日、迷いながらジムにいる。
選手に言う一言が、自分の思っている以上に深く突き刺さることもある。

毎日がとても難しい。

ボクシングを理解なんて全く出来ていない。
キック、総合なんてなおさらだ。
だからせめて、自分が見ている選手一人一人の事だけは理解していたい。
一緒に辛い思いをして、殴り合いをしながら言葉を交わす。
僕に出来るのはこれだけだ。
うちのジムには他にトレーナーが何人かいる。
みんな他に仕事をしながら、自分のプライベートな時間を割いてジムに来てくれている。
これは凄いことだ。
それに比べ、僕はうちのジムでしか働いていない。
それなのに、いつまで経ってもヘボトレーナーだ。
たくさんのプロ選手を作ることも出来ず、ひたすらみんなと練習をするだけだ。
こんな事ばかり書いていたら、いつもジムにいない森川ジョージ先生にクビにされないかな?
『山田!お前はトレーナーとして何の才能もないじゃないか!』って。
確かにトレーナーとしての才能はない。
そう言われたら返す言葉が無い。
でも続ける才能はある。
僕は今の生活をずっと、ずっと続ける自信はある。
名トレーナーにはなれないと思うが、迷トレーナーで居続ける自信はかなりある。
森川ジョージ先生へ。
『僕のような男は、他の世界ではもっと生きていけません。
僕のような男に、続けさせる勇気を失わないでください。』
それでも先生が怒ったら、僕にこういった表現させる場所を提供してくれた、本間暁さんと加茂佳子さんに責任とってもらいますから(笑)

追伸。
8月の末に山の中をひたすら走る合宿を行なった。
福島を筆頭に、選手数名が地獄の走り込みに行った。
もちろん、僕もついていった。そして選手と一緒に必死に走った。
靱帯を切った足で、懸命に朝晩走った。
全ては世界戦で苦しい場面が来たときに
『あの合宿を思い出せ!』
と言う為だ。
何にも出来ない僕だから、一緒に苦しい思いをして、言葉に重みを作るしかないんだ。

迷トレーナーも結構大変なのである。




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●山田武士
1973年、埼玉県新座市生まれ。AB型。
1996年、チンピラ(自称)からJBスポーツジムトレーナーに。

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