写真 山田永里子

その8 フィリピンスタイル Part2



 部屋がかなり奇麗に片付けられており、テーブルの上には2リットルサイズのでかいウィスキーボトルが置いてあった。俺がいつも酒を飲んでると聞いていたので、彼らが買ってきて用意したらしい。そしてコップも置いてあり、そのコップの下には紙がある。読んでみてくれと言われ、紙を見てみると汚い字だが
『TRAINER I LOVE』
 と書いてあった。
 参った。鼻がつ〜んとしてきた。そして俺に『飯を食ってないだろ?』って聞き、何やら二人が話している。するとロニーが、部屋から出て行ってしまった。数分後に戻ってきたロニーの手には、居酒屋からテイクアウトした、焼き鳥の盛り合わせがある。どうやらすべてを、二人で計画していたらしい。
 今日の二人の変な態度は、すべてこれだったのだ。焼き鳥とウィスキー。この酒の飲み方がフィリピンスタイルらしい。しかも氷も水も無しだ。

 俺は確かに酒は飲む。でも大体が、ビールから始まり焼酎になる。
ウィスキーは中学時代に、親父に飲まされて強烈な二日酔いになってから、ほとんど飲んだことが無い。でも今日は特別だ。フィリピンスタイルで飲んでみよう。そしてこの2リットルを空けてやる。
 彼らも少しコップに入れ、ランディが
『俺たちはお金はない。本当なら、外のレストランでたくさん食べさせて、たくさん飲ませたい。でも日本は高いから。ホテルの部屋で飲んで食べよう!』
 って言い、乾杯して飲み始めた。俺は嬉しさのあまり、原液なのにコップに波々入れて、グビグビ飲んだ。
 ふと見るともう一枚紙がある。見ると『MANABU WE LOVE』って書いてある。福島は減量中だから、飲み食いが出来ない。でもこれは呼ばないと駄目だ。連絡をすると行けると言う。待ってると言い、またグビグビ飲んだ。

 後日、福島に聞くとこの時点の電話での話し方で、俺はかなり酔っていたらしい。ウィスキーを一人で、1リットル以上飲んだ頃から、あんまり覚えていない。焼き鳥も嬉しさのあまり、なかなか手にできずひたすらグビグビ飲んだ。福島が心配して、ビールなどを買ってきてくれて、部屋に着いた頃は、はっきり言ってほとんど覚えてない。
 何でも、フィリピンでは一つのコップにウィスキーを少し入れ、みんなで回し飲みするらしい。
 俺は『ジャパニーズスタイルはグビグビ飲んで、財布のなかの金は全部使うんだ!』と、勝手に作り上げたスタイルを叫んで飲んでいた。2リットルあったウィスキーを、一人で3分2以上減らした頃にもう一人トレーナーが参加して計五人になった。すると俺が突如、カラオケに行くと言いだしたようだ。
 もうこの辺りから、次の日に人づてに聞いた話になる。今までもたくさん酔ったことはある。でも記憶を無くすような事はない。やっぱり普段飲み慣れない、ストレートをあんなにハイピッチで飲んだからか。
カラオケで自分が歌った事なんか、まったく覚えてない。
 そのくせ長淵剛の『乾杯』を3年前にジュンジュンが来たときに歌ったら、フィリピンでもヒットしていたらしく、かなり喜ばれた事を思い出し、その事を説明しながら熱唱していたらしい。音程も外さずに。
 ここまで酔うと素が出ると思う。みんなに次の日、自分がどうだったかを聞いてみた。金もしっかり一人で全部払っていたみたい。ただいつもよりテンションが高かっただけのようだ。

 確か足の手術の時も、麻酔が効いているから、本人は何にも覚えていない。完璧に素の状態だ。麻酔科の先生は、手術の前日の説明の時には親切な感じだった。それが手術中は俺に意識が無いと思ったからか、前日とは別人のような冷たい態度に見えたようだ。その先生に物凄い腹を立て、怒鳴り声をあげ怒り狂ったかと思うと、
すぐに看護婦さんにどっから来たの?って口説いてみたりしていたようだ。
 普通は2時間で終わる手術なのに、筋肉の量が多過ぎて、5時間近くかかっていた。母親や奥さんが心配して、やっと出てきた俺を迎えに行くと、大きな声で
『お世話になりました〜!またお願いします』
って騒ぎながら出てきたみたい。
 俺自身は何にも覚えていない。
 本質的に気に入らないとすぐに怒り、1度怒るとどうでもよくなり、
また新たに楽しいことを見つける性格のようだ。つまり普段と何ら変わらないって事だ。

 とにかくベロベロのベロちゃんになりながらも、場を乱すこともなく、とても楽しく騒いで帰ったらしい。
 若い頃のような飲み方だった。みんなで酒や食物を部屋に持ち込んで集まり、ワイワイ話ながら飲む。そういう飲み方は何だか久々だ。あったかく、心休まる時間だった。
 でもいつまでもそうは言ってられない。朝起きると、地獄の二日酔いだ。ひどい酔い方だ。ジムには少し遅れると連絡してゆっくりしていた。
 すると、メールが来た。
『あの二人、もうジムに来てますよ』って書いてある。まだ2時半くらいだ。折り返し電話すると、どうも俺を探しているらしい。
この日が彼らの日本滞在の最後の日だ。
 急いで用意して、ジムに向かう。その頃ジムでは、福島が彼らに手品を見せていた。

 知っている人はあんまりいないと思うが、福島は手品がむちゃくちゃうまい。福島は酒を一滴も飲まない。うちのジムでは絶対に禁止されている。でも福島は自分の意志で飲まないのだ。大事なのは自分の意志だ。酒飲みの俺と一緒にいる時間が多い。そういった席で、みんなに手品を披露してくれるのだ。
 ランディやロニーもかなり喜んだらしい。四時過ぎにジムに着くと、福島しかいなかった。彼らは一度ホテルに戻り、五時頃にジムにまた来ると言っていたらしい。
 俺は二日酔い対策として、大量の水を飲みながら、エアロバイクを一時間以上やり、汗をたくさんかいた。そうこうしているうちに、もう時刻は七時だ。彼らが来る気配すらない。
 さすがフィリピンスタイル。
 すると福島が彼らの部屋に、最後の挨拶をしに行くと言う。それなら俺も一緒に行くと言い、着替えを済ませホテルに行った。
 二人は部屋にいた。ランディが
『ウィスキーダイジョーブ?』
 って聞いてきた。二日酔いを心配してくれているようだ。
ちなみに、ランディは
『ダイジョーブ』
 って言葉をたくさん使う。
 その中にはたくさんの意味を持っている。落ち込んだ時に使う時、元気満々で使う時、こっちの言っている意味が全然分かってないのに使う時、本当だよって意味で使う時、美味しい物を食べた時に使う時、嬉しい時に使う時、など数え上げたら限りが無いほどたくさんの
『ダイジョーブ』
 がある。

 茶目っ気たっぷりの顔で、残ったウィスキーボトルを持ってきて
『ウミノムアラック?(酒飲む?)』って聞いてくる。
 匂いを嗅ぐのも嫌だ。ロニーも少しだけ飲んだのだが、二日酔いになり大変だったらしい。そんな話をしていると、ランディが
『アコ(私)ダイジョーブ』って言う。
 何でも、飲んでる振りだけしていたから、全く問題ないとのことだ。
グラスに口をつけてはいたが、飲んではいなかったと。そして自分の頭を指差し、俺は賢いんだって笑いながら言う。
 日本人はそんなことは出来ない。注がれた酒は飲み干さないと。

 ランディはやっぱり愛すべき男だ。豪快なんだが、愛敬もある。自分の信じたものは、決して疑わずに信じきる。日本人が考えられないような苦労もしているだろう。七歳の時には、すでに家を出て一人で生活していた。
 仕事は車洗いに始まり、ペンキ屋からタクシードライバーなど、無数の仕事をしてきたと。しかし全く悲愴感が無い。日本のような国から見たら、貧民国は大変だと思う。しかし彼らは、それが当たり前で生きてきている。人間力が全く違うと思う。生きる力をビシビシ感じる。体の作りも違うだろう。

 昔、福島がボン・アルロスという選手と試合をした。この試合で結膜炎をもらい、とんでもない事になった。ジムでは大流行。一回だけスパーした子にもうつった。彼が新人王で試合した子もうつり、勝ったにもかかわらず次の試合をキャンセルするくらい流行した。その事を説明しても、何の事か全く分からないようだ。

 生きる力の違い。
 たくさんの話の中で、信じられないような事を真剣に言う。
昔、フィリピンは貧乏なのに、たくさんの子供を作っていた。ランディも9人兄弟だ。しかし最近は、ジャパニーズスタイルのように、一人か二人しか生まないらしい。
 その避妊方法に驚く。コンドームを使うのではなく、女の人がコーラを飲んで5回ジャンプすれば、100%ダイジョーブらしい。
 そんな馬鹿な。コーラの意味が全く分からない。でも真剣に言うのだ。
 他にもチンチ○エクササイズってのを、毎日何年も続けているらしい。半年間毎日続けると驚くほど、大きく変化するらしい。細かいやり方を教わった。一緒の部屋に泊まっているロニーも、これを最初に見たとき驚いたと言っていた。
 朝、目が覚めて隣のベットを見ると、裸で仁王立ちしてチンチ○を握り締め、前後左右に振り回しているランディが見える。
 この光景は想像するだけで恐い。しかしランディは本気だ。真剣な顔で
『ボクシングだって毎日練習すれば上達する。筋肉だってダンベルを使い、ハードトレーニングすれば、どんどん強くて大きな筋肉に変わる。
チンチ○だって同じだよ。なんで同じ一つの体の一部なのに、そこを鍛えないんだ?』
 って逆に聞かれる有様。自分が教えた、このエクササイズでたくさんの人間が、自信を持てるようになったと話してる。
 俺が『ボクシングは試合が決まってなかったら、練習しないんだろ?でもこのエクササイズは毎日欠かさずやるのか?』
 と聞いたところ、
『ノーサンデイ』
 って言う。つまり休み無しって事だ。ランディの顔は、これ以上無い素晴らしい、天使のような笑顔だ。
 他にもたくさん、腹がよじれる程の笑い話があった。数時間、そんなバカ話をしながらリラックスした。

 そろそろお別れの時間だ。
 別れの言葉を互いに言い合い、ホテルを出た。次の日の朝、最後に電話だけした。ランディもロニーも
『たくさんありがとう!淋しいよ。必ずまた日本に来るし、フィリピンに着いたらクヤ(兄貴)に電話する。
名前入りTシャツと「もしもし」CDを必ず送る。約束する。本当にありがとう』
 って、物凄い早口で言われた。慌てた俺がかえせた言葉は
『ダイジョーブ』
 それだけだった。伝わったかな?そう思ったときに、ランディが大きな声で言った。
『クヤトレーナー、ダイジョーブ!』と。
 少し淋しい気もするが、でも『ダイジョーブ』だ。たくさんの意味を持って。

PS・6月23日に、ランディから荷物が届いた。荷物の中には約束していた服と『もしもしあのね』のCD、マンゴーのお菓子があった。服にはランディの奥さんが書いてくれた、
『CHIEF TRAINER』と
『T.YAMADA』
 って書いてあった。
 市販されているものなんかより、全然嬉しかった。ランディの奥さんが書いてくれた文字に涙が出た。
 そして汚い字で書いたランディから長い手紙もあった。その中の一部に
『トレーナーへ。あなたに謝りたい。この荷物を送るのが遅くなってしまった事を。でもフィリピンにいても、1度もあなたを忘れたことがないよ』
 って書いてあった。嬉しくて、嬉しくてたまらない。
 ランディ!そんなの気にしないよ。フィリピンスタイルにはもう慣れたから。
 もちろん『ダイジョーブ』だから。
『I LOVE』のOの字がハートなのには、痺れたけど(笑)



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●山田武士
1973年、埼玉県新座市生まれ。AB型。
1996年、チンピラ(自称)からJBスポーツジムトレーナーに。

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