|
最初に世界戦延期の話をジムで聞いた時、俺はあまりのショックに笑うしかなかった。意外にも俺よりガッカリしていたのが、ランディだったんだ。
その日はスパーをやる日だったから、相変わらずジムに来てすぐにファールカップをつけ、俺が買ってきた雑誌を意味も分からずにペラペラめくっている。世界戦延期を伝え、スパーは中止にすると言うと、ガッカリしながらバンテージをほどき、ホテルに帰るという。いつもは飯に一緒に行くのにその日は『シゲ(さようなら)』って言いながら、さっさとジムから出ていこうとした。
俺が『ブカス(明日)オンリートレーニング?』って聞くと、残念そうな顔で『ヒンディ(練習しない)』って言い、ホテルに帰っていった。
その日は忙しく、ホールに行ったりみんなに説明したりで、それどころではなかった。
次の日の夕方に二人がジムに来た。練習はする気もなく、俺と雑談しているだけ。そして
『僕達は仕事が無くなったから、予定より早くフィリピンに帰れるのか?』と、ランディが代表して聞いてきた。
俺は彼らと2週間以上一緒にいる。二人は優しいし、シドレンコのビデオを見て、必死に真似をしてくれたり、とても協力的だ。ただ日本とフィリピンの考え方が違うのか、それとも彼らがこういう考えなのか、それは俺には分からない。
ビジネスで考えたら、3週間分のスパーパートナー代を支払っている。どんな事情があろうとも、途中で帰るなんて俺は考えられない。
もし逆の立場なら、全額の報酬は受けられないと言うだろう。
ましてや全額を貰い、飛行機の便をチェンジして、少しでも早く帰りたいなどと言えるだろうか?
でも確かに彼らの寂しさも分かる。異国の地にいて、家族にも長い事会っていない。それに日本は、何もかもが高い。食物も衣服も何もかも、フィリピンに比べたらべらぼうな高さだ。
彼らは一日、食事代として3千円貰っている。1食千円の計算だ。だがフィリピンは千円出せば、たくさんのものが買える。3年前にパートナーとして来た、フィリピンボクサーのジュンジュンは、仲良くなる前は食事代を浮かせようとして、カップラーメンばかりを食べていた。
つまり、ジムでスパーをする以外には、お金もないし言葉も分からないから、ホテルにいるだけになる。俺以外に、楽しく話せる奴もいない。日本の物価は、世界でもかなりの高さだ。日本人が海外に行き、あまりの安さに驚くことはあれど、高さに驚いて何にも買えないって事は、そうそうあることではないだろう。そういった事情もあるし、日本の義理人情といった感覚も、なかなか理解できないだろう。そこでジョー小泉さんに頼んで、飛行機の便を変更して早めてくれるように頼んだ。
彼らに一応早めるようにするけど、いつになるかは分からないよって伝えた。それと
『どんな理由があろうと、3週間分のパートナー代を支払うのだから、そこのところをしっかり理解してくれ』と言った。
だが、これはとても大変な作業だった。
ただでさえ、『ランディ語』と名付けた、英語、タガログ語、日本語をごちゃ混ぜにした言葉だ。それに文化の違いもある。
言葉を一つ一つ選びながら、ゆっくりゆっくり説明した。どうにか理解してくれた。
『短い時間になったが、たくさんお金ありがとう。このお金はマネージャー(彼らはうちの会長の事をそう呼ぶ)が出してくれるのか?』って聞くから、
『いやうちには森川というオーナーがいて、その人が二人のお金を払ってくれているのだよ』
と説明した。
ジムに置いてある『はじめの一歩』の単行本を見せ、この人が森川オーナーだと伝える。分かりやすいように、単行本の見開きに俺と先生が一緒に写ってる巻を選んで、それを見せて説明した。それを見て彼らがゲラゲラ笑いやがった。
何が面白いの?って、少しイラついて聞いたら
『だってどっちがボスか分からないじゃないか』
って笑いながら答えられた。渡した単行本を、自分で見てみる。
先生と一緒に写っている俺は、ニンマリと笑いトロフィーを持って、先生よりも前に乗り出していた。

この写真は、『はじめの一歩』がプレイステーション2でゲーム化し、素晴らしい売り上げを記念して、全国大会を開いた時のものである。俺はキャラクター(どんなキャラクターだ?)を認められ、うちの会長と全国大会に出場することになった。俺は一歩のゲームソフトどころか、プレイステーション2の本体すら持っていなかった。出場が決まったから、慌てて練習した。
一人でやってみる。一歩を使い、宮田や島袋など色んなタイプのキャラクターと戦ってみた。全戦全敗である。ちなみに惜しくも何ともない。つまらないゲーム。そう思っていた。
しかし驚くべき発見が!
なぜか対戦モードで、間柴を使うと誰にも負けないのだ。コンピューターには負けるけど。対人間には1度も負けない。会長だけに勝っていてもダメだ。色んな人間と戦わなくては。ジムの会員さんや福島やプロ選手、昼間に来ている小学生や中学生など。
小学生あたりになると、かなりの腕自慢が出てくる。
クラスで一番強いというレベルから、○○小学校で一番強いなどという奴まで挑んでくる。しかし奇跡的というか、100戦以上戦って無敗だったのだ。それも9割以上のKO率で。半泣きになる子、みんなの声援を受けて学校代表として、生まれて初めてくらいの重圧に押し潰されてしまう子など。
この時期、足立区あたりの小学生にはとても有名人だったと思う。
ジムのトイレで子供たちが『山田さんは右回りしてくる。あの左フックが厄介だ!』などと話しているのを、福島が目撃している。この年令から、ボクシングを真剣に考えてるんだな〜って感心していたら、なんの事はない、ゲームの間柴攻略方を話し合っていたのだ。
優勝賞金はグアム旅行だ。何としても欲しい。負ける気なんか全くしないので、ジムのメンバーに『絶対に優勝してくる!』と、自信満々に話していた。あんまり自信満々なので、福島に
『山田さん、俺なんかはいいけど、他の練習生は山田さんを崇拝している人もいるから。あんまり、勝つ、勝つ言わないほうがいいよ。それにゲームのうまい奴は、マジで半端なく強いからさ』
と丁寧に諭された。でも自信があった。大会当日、意気揚揚と会場に乗り込む。
総勢80人のトーナメントだ。半端ない数のテレビと、ゲームがズラ〜と並んでいた。
ルールも、最初は2ノックダウンの4回戦を戦い、4勝したら3ノックダウンの6回戦になる。つまり決勝戦では、10回戦を戦うことになるらしい。
試合は全員同時に始まるのだ。40台のテレビを使って。まず驚いたのが、誰一人として使うキャラクター選手の必殺技を使わないのだ。
使わないというか、使えないようにオプション設定とかで、ボタンの内容を変更するのだ。フットワークも早いタイプに変えていく。こっちは説明書すら読んだ事ないから、みんながやっている意味が分からない。
何も知らないから、間柴の必殺パンチのチョッピングライトを、いつものように狂ったように連打し続けKO勝ちした。
勢いに乗り連続KOで4回戦を卒業した。この大会は毎試合終わるたびに、自分の席に戻るのだ。負けた子も途中で家に帰ることが出来ない。
俺の隣の子が
『あの〜、必殺技を使うと、スタミナが無くなり打たれ弱くなるって聞いたのですが、あなたの戦い方を見てると関係ないですね』って話し掛けてきた。
えっ!?そうなの!?だからみんなオプション設定とかしてるのか!って、初めて意味が分かった。
なんて良く出来たゲームなんだ。すごくリアリティ感もある。しかし今更どうすることも出来ない。俺はそれでも負けない自信だけはあった。何の根拠もない。唯一あげるとすれば、みんなよりボクシングに詳しいくらい。ただそれだけ。
でも人間の思い込みは、時に物凄いパワーを生み出す。俺の必殺技ばかりを使う戦いが、我流とみなされたのか。それともこの場所では、明らかに浮いている俺のキャラクターを否定したいからか。勝つたびにブーイングが起きるようになってきた。準決勝からは試合を大型スクリーンで写し、負けた76人は、映画館のように椅子に座りながら観戦する。
もうこの頃になると、俺のテンションは完璧に危ない状態だ。ゲームだというのに、上半身裸で試合に挑む。
準決勝はダウンの応酬。俺が倒れるたびに大歓声、相手を倒すと大ブーイング。だが狂った俺は、そんなのお構いなしに攻め続け、逆転KO勝ち。
これで勝負あり。
決勝戦は逃げに逃げられ、KOは逃したがフルマークの判定勝ちで、本当に優勝してしまったのだ。10勝9KOというレコードを残して。
そんな過酷(?)な状態で撮った写真だったのだ。ランディやロニーには、こんな長い話を説明できない。色んな事を思い出してしまい、こっちも笑いだしてしまった。
次の日の朝、会長から連絡があった。何でも、マニラに帰るランディのチケットが、たまたま取れたらしいと。しかもその日の夕方6時の便だと。すぐにランディに連絡を取り、帰りの支度をさせないとならない。
俺の家は、ジムや彼らが泊まっているホテルのある綾瀬から、電車で約1時間の場所にある。行って伝えたのでは間に合わない。
ホテルに電話して、ランディに代わってもらった。電話で話すとなると、顔も見れないし体の動作も使えない。
でも同じ人間だ。どうにかなるものだ。
『6時にフライトが出来る。俺は今から1時間後に行くから、ランディは支度しておいてくれ』
って伝えることが出来た。俺は急いでホテルに向かう。しかし途中で会長から連絡がきて、なんとチケットを用意できなかったらしいと言われた。そんな事は俺から説明できないから、ジョー小泉さんに直接電話してもらって下さいと頼んだ。どちらにしろ、ホテルに行って謝らなければ。
ホテルに着くと、笑顔で迎えてくれた。ごめんなと謝ると『ダイジョーブ』って肩を叩かれた。お詫びに、ランディの4歳になる坊主に玩具を買いたいと言い、二人でデパートに行った。
前回、日本の土産にランニングシューズを二人に買った時もそうだが、とにかく値段ばかり気にする。物価が違うんだからって説明して、ようやく理解する。坊主には玩具の拳銃を買った。するとその値段なら、フィリピンで本物の拳銃を買うことが出来るって言っていた。それは物価の違いでは片付けられないけど。
ジムが開くまで、まだ時間があるから昼飯に誘った。いつも三人だから、二人で行くのは初めて。そこで真剣な顔で
『日本には良いイメージが無かった。ボクシングの試合での判定などもそうだが、よそのジムではフィリピン人だからと言って「あぶない!」って言われ、避けられたこともある。でもあなたは差別もしないし、いつも笑顔で僕達の事を気に掛けてくれてる。今日だって、ジムから電車で1時間の所に住んでるのに、急いでホテルに来てくれたじゃないか。
最高にいい人だ。本当にありがとう。』と言われた。
俺はそんな事を言われるとは思ってなかったので、かなり照れてしまった。
夕方にロニーと二人でまたジムに来た。二日後の日曜日に二人とも一緒にフィリピンに帰れる事になった。航空チケットもジムに届き、ランディに渡すことも出来た。しかし何だか様子が変だ。
『ありがとう』と言い、いつもの馬鹿話もせずにすぐにホテルに戻ってしまった。疲れているのかな〜と思い、あんまり気にかけなかった。
夜に練習していると、また二人が来た。どうかしたのか?って聞くと、何時に仕事終わるんだ?いつもと同じ九時か?って聞いてきたから、なんか用事あるなら早めにあがるぞって伝えた。仕事が終わったら、ホテルの部屋に来てくれって言って、さっさと居なくなってしまった。
いったい何なんだろう?
とにかく8時すぎにジムを出て、彼らの部屋に行ってみた。部屋に入って驚いた。
|