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出会いは合コンだった。
出会った時から波長が合った。初対面で年下なのに、こんなに気が合っていいのか?と思うほどの人間だった。ただ唯一残念なのは、その相手は綺麗な女の人ではなく、男だったという事だ。
主催者の正樹が集めたメンバーは、正樹と同じ国際ジムの天野キンちゃんと、うちのジムからは福島と俺。この4人かと思っていたら、どうも女性と人数が合わない。正樹に聞くと
『ヨネクラジムのウェルター級のランカーで山口君が来ます』って言う。
ウェルター級の山口?俺は聞いたことがなかった。最後にその山口君が登場。
『すいません!遅れちゃいました。山口です。今日はよろしくお願いします』
って、しっかり挨拶してきた。
まずは自己紹介。と言ってもこの自己紹介、女性陣に向けてした記憶はない。男同士でした記憶しかない。
俺はキンちゃんとこうして食事する事が、この時初めてであった。もちろん、キンジ天野というボクサーは知っている。でもプライベートで会い、ゆっくり話をするのが初めてだったのだ。
しかしこの最後に来た山口君の事は、プライベートどころか、ボクシングも見たことがない。正真正銘の初対面だ。
まずボクシングの話になる。すると
『3戦3勝です』
って、申し訳なさそうに答えた。確かに残りの現役3人はみな同じ年で、キャリアも山口君の10倍以上ある猛者ばかりだ。唯一、山口君の試合を見たことがあるのが正樹だ。その正樹が
『ヒロシ君はかなり強いっすよ〜。スピードがあるんです
よ!』
って言っていた。しかしボクシングの話はここまで。あとはありえないほどの盛り上がりになった。
なぜか山口君は俺の隣に座った。はっきり言って、合コンではありえない暴挙だ。
なぜ隣が男なんだ?
しかし30分も経つと、二人で騒ぎはじめた。山口君からヒロシへと呼び方も変わり、もう女の子どころか他の有名ボクサーすらも気にしないで騒いだ。
この合コンが行なわれたのは、居酒屋の個室である。注文するには、インターフォンで頼むのだ。おそらくヒロシは、そう言った事もいち早く理解し、インターフォンのある入り口に座ったのだろう。ボクシングの先輩方や女の子の飲み物が無くなると、すぐにインターフォンで注文する。年が一番下だから、そういった役目を引き受けたのだろう。
しかしそこに俺が絡んだ。因縁をつけたとかではなく、その役目を奪おうとしたのだ。二人でインターフォンの取り合いを、真剣にやりあった。そこは訳の分からない戦場と化した。
一番年上の俺と、一番年下のヒロシが注文するインターフォンを奪い合う。俺たち二人はむちゃくちゃ面白かったが、残りの人間達はかな
り引いていたと思う。
正樹が『山手線ゲームしましょう』と提案して、みんなで盛り上がる方法を模索する。しかしこの新たに結成された、夜のゴールデンコンビを誰も止められない。相変わらず席が隣同士だから、そのゲームもこの間で終わらせてしまう。そして罰としてのイッキ飲みを、自らやりたかったかのようにグビグビ飲む。
最悪なのは『ピンポンパンゲーム』とかいうゲームの時だった。俺が『ピン!』って言いながら、女の子を指差す。その子が『ポン』と小さい声で言いながらヒロシを指差す。場の雰囲気はヒロシを指差すしかないって感じになっている。そしてもちろん、指差されたヒロシが『パン!』って言いながら、俺の事をバシッと指差す。あとはひたすら繰
り返すだけ。他のメンバーはひたすら、見てるだけ。
これをきっかけに、もうみんな俺達ツートップを止められないと判断したようで、諦めモードというか自棄になったというか。女の子をそっちのけで、男たちでヤンヤヤンヤの大騒ぎ。まだ夜の九時だってのに
『もう終電が無いから』っていう、ありえない理由で女の子は全員帰宅。残された野郎共は夜の街を徘徊して楽しく過ごした。こうしてヒロシとの出会いは、ボクシングとは全く関係ない所から始まったのだ。
俺は上下関係が嫌いだ。みんな敬語を一応使ってくれるが、別に挨拶も形式張る感じのは好きではない。
ジムの中では、挨拶はしないといけないと思う。ボクシングジムに通っていたら、それは当たり前だと思う。でも綺麗事ではないが、『挨拶しろ!』と言って無理矢理させるより、『あの人を見かけたら、挨拶しに行きたい!』って思われる人間になりたい。
ヒロシは友達だ。生まれた年が違うだけで、先輩も後輩もないと思ってる。でも俺みたいな男を立ててくれる。
俺の大先輩と同じ席に、ヒロシを呼ぶ事が多々ある。そういった場所でも『兄貴(俺の事をそう呼んでくれる)が来るまでは』と言い、飲み物も食物も一切口にしないで、待っていてくれる。
それを見た俺の大先輩などは『山田はいい後輩を持ったな〜』などと言い、俺の評価が上がってしまう。でも中には『こうした方が年上の人に可愛がられるかな?』的な発想の人間もいる。でもヒロシはそんな打算が出来る男ではない。非常に不器用で人に裏切られたりすると、とても悩んでしまう優しい男だ。
『損得なしの人間関係を築きたい。』
これは二人に共通する考えだと思う。ボクシングでもどんな世界でも、成功し有名になるとたくさんの人間が集まってくる。色んな人間が世の中にはいる。中には人のフンドシを使い、おいしい思いをしたいと目論んでいるような人間もいる。俺のまわりには、そういった人間を毛嫌いする仲間が集まってくる。

さて冒頭のヒロシとの初めての出会いが、今から三年くらい前だろうか。その時から、いつも一緒に遊びまくっていた訳ではない。食事などには、たまに行っていたが、会わない時間が長い時もあった。そんな会わない間にも、ヒロシはもちろん試合はしていた。
最初に会い『3戦3勝です』って聞いた時に、すでにウェルター級の8位辺りにいた。普通はたった3戦でランキングに名前は載らないだろう。ヒロシはトップアマからエリートとして、プロ入りしたと後で誰かに聞いた。
うちのジムの篠田トレーナーが、アマチュアボクシングに詳しいので『日大の山口裕司って知ってますか?』と聞いてみた。すると『山ちゃん、何で山口の事知ってるの?あの子は本当に良い選手だよ〜、バランスは良いし大学時代からずば抜けていたよ』と絶賛していた。正樹にしろ、篠田さんにしろ、1度でもヒロシを観た人に聞くと、みんなが褒めていた。
これはさすがに、俺も1度は観ておかないとならない。そう思い、ヒロシの試合を観にホールに行った。
驚いた。みんなの言う通りバランス感覚にすぐれ、ウェルター級とは思えないスピードがあり、とても綺麗なボクシングをするのだ。
それからはヒロシの試合は、欠かさず観に行くようにしている。俺が観た試合は、ほとんど前半に倒して終わらせていた。だが11勝7KOまで戦績を伸ばしても、今だにウェルター級の8位だった。
様々な理由から、日本人との対戦がほとんどなく、3年以上負けてないのに、ランキングは全く変わらない。ヒロシ本人は、もの凄く焦っていたろう。
エリートとしてプロ入りしながら、もはやそう言った感覚はな
いだろう。叩き上げとしての感が強い。そしてこの叩き上げ男の強い希望もあり、日本を主戦場としている世界ウェルター級5位の正・バキロフ選手対日本8位の山口裕司の試合が組まれたのだ。
バキロフ選手は世界5位にランクインしている猛者だ。そしてなぜか試合前の調整でうちのジムを使っていた。そういった事からも、かなり前からバキロフ選手の事は知っていた。この選手は強いとずっと前から思っていた。
動きにスムーズさはあまりない。何も知らない人が見ると、世界ランカーとは思えないようだ。うちのジムの会員などに『本当に強いんですか?』などとよく聞かれた。
バキロフ選手は間違いなく強い。日本人にはない、フィジカル面でかなり秀でている。日本トップアマの裕司より、倍以上のアマキャリアもある。見た目では分からない、戦いの中で掴みあげた強さがある。こ
ういう選手に善戦する事は出来たとしても、やっつけるのは至難の業だ。
俺はバキロフ選手とも山口裕司選手とも、トレーナーとして練習を一緒にしたことがない。だからこの二人の技術に対して、口を挟むことに羞恥心を感じる。それは彼らに失礼だし、彼らをサポートしている人達にも失礼だから。一人のボクシングファンとして、感じたことを書く事だけは許してもらいたい。
バキロフ選手の印象は少し書いた。
では裕司は?
俺が観た数試合は、全てあっという間に倒している。素晴らしい動きを披露していたが、裕司の引き出しはまだまだ未知数だった。俺のこの試合の見所は前半は裕司が、スピードを活かし優位に進めたとしても、世界の猛者はそこからもう一つギアをあげてくる。これに裕司がどう対応していくのか?って事だった。
試合開始のゴング。いきなり仕掛けたのは裕司だ。試合前『どんな試合内容でもいいから勝ちたい』と話していた男は、見事なコンビネーションで仕掛けた。
何かが弾けたように。
このスピードにバキロフ選手もビックリしたと思う。客席から観ているこっちが驚く程のスピードだったのだから。
裕司は飛ばす。
プロ入りした元トップアマが、雑草のようにひたすら待ち続け、やっと出会えたチャンスだ。バキロフ選手のガードは決して高くない。しかしバキロフ選手はサウスポーであり、後ろに重心があるため裕司からしたら、もの凄く顔面が遠く感じるだろう。だからいきなりの右は当たらない。それを知ってるから、裕司は丁寧に右ストレートのボディを何
度も見せる。顔面に右を当てる為の伏線を、これでもか!とばかり張り巡らせる。
同様に左のボディも打つ。でもバキロフ選手の顔面には、なかなか当たらないだろうな〜って思い観ていた。
しかし!裕司は当てたのだ。やはりこの男は叩き上げだ。待ちに待ったチャンス。数年間我慢してきた。そんなエリート雑草だから、この試合でもイライラする事無く、自分のボクシングを信じて罠を仕掛け続けた。
そして右のクロスをまともに当てた。チャンスが来た。一気に攻める。しかしバキロフ選手も、半端な選手ではない。このピンチを経験とフィジカルで凌いだ。
このパンチをきっかけに、バキロフ選手はより丁寧にパンチをヒットすることに専念し、裕司の方はボディに打つ事を疎かにしだし、右の一発を狙いだした。試合はコツコツと浅いが、裕司の顔にパンチが当たり始める。やはり世界の猛者はここからなのだ。
どうする?裕司。
そう思いながら、観客席でドキドキしていた。
試合は後半にむかう。
なんとここで、ギアをあげたのは裕司の方だったのだ。バランスを崩して無理に攻める訳ではなく、雑になり始めた自分のボクシングを、もう1度修正したのだ。
さすがエリート雑草だ。ズルズル行きかけた試合を、立て直す為に選んだボクシングスタイルは、エリートと呼ばれた元トップアマの戦い方だった。そしてそれを実行できたのは、まさに雑草のごとく耐え続けて
きた強い心の力だ。
最終ラウンドまで激しく打ち合いゴングが鳴った。
判定はドローだった。判定関しては、何にも言う気持ちもない。ただこの試合で、山口裕司のボクシングの奥の深さを観た事は
確かだ。 この男をボクシング界は無視できなくなるだろう。
ヒロシとの酒の席での、面白い話をあげたらキリがない。
夜中に電話でうちの奥さんをキャバクラ嬢と間違え『もう女とは喋りたくないよ〜』などと口走った事。
少し洒落た作りのクラブのような店で『長州力やります!』とパンツ一枚で騒いだことなど。そんな素敵な友達と知り会えて、俺はとても幸せだ。
バキロフ戦の後に、あっという間にタイ人を1回に失神させ
た。その試合は『心一つ』で触れた。その試合後にヒロシからメールが来た。
『ヒロシ!まだまだ止まりません!』って元気よく書いてあった。
ヒロシ、もうすぐだ。イッキに抜き去ってやれ!
でも、あんまり猛スピードで抜くなよ。
追い抜かれた方が気づかないから。
俺は置いていかれないように、ついていくから大丈夫だ(笑)
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