PHOTO BY :山田永里子

その4 ランディ・マングバット


 福島の世界戦ヘ向けての、スパーパートナーの二人のうち、ランディ・マングバットはポンサクに挑戦して、大善戦しただけあって肝が座っている男だ。仮想シドレンコの為に、俺が指名したのだが身長158センチだが豆タンクのような体で、抜群のパワーなんだ!
 もう一人のパートナーのロニーも、とてもまとまりのある素晴らしい選手だ。でも俺は俄然ランディ・マングバットに興味津々。タガログ語を勉強し毎日飯に一緒に行き、心の見せ合い。
 でもやはり、世界を股にかけている拳闘職人だから、なかなか難しい。もちろん彼にも同じカダログ語の本を渡しているのだが、今まで一切持ってこなかった。
 でも来日一週間でやっと心を開きはじめた。そうなると、話は早い。俄然会話に熱が出る。そしてあっという間に、ジムのみんなにも気味悪がられるくらいに、英語とタガログ語と日本語をごちゃ混ぜにした言葉で、意思の疎通はほとんど問題なく出来るようになった。この言葉を『ランディ語』と呼び、毎日楽しみな時間。

 ランディは男臭さというか人間の生きる力を兼ね備えていると言えば良いのか、動物的な感覚の持ち主の親分って感じだ。来月の中旬に、タイで3Kバッテリーとタイトルマッチがあるのに、スパー以外は何にもしない。準備体操なんて一切なく、シャドウを10秒やったらスパー出来る。
 そのスパーで打つパンチが半端なく強い。最初はそれをおもしろく見ていたが、仲良くなってくるとさすがに心配になってくる。
『ランディ、確かにランディは歴戦の雄だ。でもそんな練習で大丈夫なの?』と、思わず聞いてしまった。
 すると『ハポン(日本)寒い!寒い危ない。』という返事がかえって来た。つまり『日本のこの寒い気温で運動したら、怪我もするし汗もあまりでない。だから無理しないで、フィリピンに帰ったらしっかりやるよ』という事らしい。この男なら、本当に大丈夫な気がする。

 仲良くなりだした頃、結婚しているのか?とか子供はいるのか?などとたわいもない質問を互いに聞き合った。ランディは子供も二人いる良いパパをアピールする。まあこっちは、そうはいかない。どうやっても、真面目な旦那さんを演じられない。ジムの会員や福島が『この人は酒飲みで、家にも朝帰りばかりで奥さんが泣いてる』などと、半分本当の事を本を見ながら説明する。つまりタガログ語でいう『ババエロ(浮気者)』って言うことだ。まあ否定も肯定もできやしないので、黙って見ているしかなかった。それを聞いたランディは、『なんてひどい男だ!ババエロはダメ』なんて笑顔で言っていた。この時はこの言葉を信じていた。後ですっかり騙されていた事に気付く事になるが。その俺を騙していた内容は、ランディに敬意を表して書かないよ。感謝しろよ、ランディ。

 5月の中旬、突然一週間くらい気温が下がり、肌寒くなった。ランディにしては、死活問題のようだ。いつもTシャツ姿なので、ジムオリジナルのパーカーを、二人にあげた。
『クヤ(兄貴)ありがとう』って言いながら、嬉しそうにしている。
 ジムに流れている有線で、気に入った曲が出来たらしく、その曲がかかるたびに『ナイスソング!』ってニコニコしている。思わずその曲のCDを買ってプレゼントした。すると『クヤはフィリピンで、ナンベル(ナンバー)1の日本人アーティストを知っているか?』って聞いてくる。知らないって答えて、どんな曲なのかを聞いてみた。
『ジャパニーズソング!』と叫びながら歌い始めた。
『もしもしあのね、あのね、あのね、もしもしあのね、さようなら〜』とかいう単なる替え歌である。
 何じゃそりゃ!?驚いて、それは日本の歌なんかじゃないよ!と伝えると、最初は
『フィリピンではCD売れてるし、コンサートだって満員だ』って、こちらの言うことに耳も貸さない。
 そして『もしもし』と『あのね』の意味を聞いてくる。非常に説明に困る言葉だ。とにかく、日本でそんな曲は知られてないし、間違いなく替え歌だと説明したら、やっと理解して大笑いした。フィリピンに帰ったら、俺宛てにすぐにそのCDを送ってくれるらしい。今からとても楽しみである。

 ランディの事を調べると、マネージャーは日本人でカメラマンをしている、村山さんという人らしい。
 この方は、ボクシングにまったく興味なんて無かったのに、ランディに頼まれマネージャーになり、ポンサクとの世界戦まで経験してる。
『大変な世界に首を突っ込んでしまったと思ったが、彼らの頑張りを見ていると、なかなか抜けられないな〜』って感じの記事も読んだ。
 ランディには、人を引き付ける魅力がある。
体は小さく豆タンクのようだが、話すと愛敬がある。それがいざ殴り合いになると、別人のように強さを発揮する。その戦い方には、ボクシングの原点のようなものを感じる。
 僕らの世代(といってもランディは俺より若い29歳だが)では、あまり見ることの出来なかった戦い。一つ前の世代のような感覚である。日本でも20年前くらいの人たちは、個性的でいろんな戦い方をしていた。型にはまらず、みんな自分の戦い方をチョイスして戦っていた。たくさんのビデオを見ていて、人間の本当の意味での強さは、この人たちにかなわないな〜って思う。ランディには、そんな空気を感じる。
 ボクシングは確実に進化している。手だけを使って戦うという非常に限られた制限の中で、たくさんの人間達が試行錯誤を繰り返して生み出した芸術である。田植えの段階から始めて、新鮮な材料を作り、職人が料理しているような感じだと思う。

 僕は色々な格闘家を見ている。そんな事から、たくさんの興行を観に行くことになる。キックやKー1や総合格闘技。特に総合格闘技は世に触れてから、まだ20年にも満たない格闘技だろう。だから戦い方にも、流行がある。
 打撃が得意な選手が強ければそれがベースになるし、タックルが得意な選手が強ければそれがベースになる。毎年、新しい技が発見されるような感覚だ。だから良くも悪くも個性的な選手がたくさんいる。まだ歴史が浅いため、各団体の出身者があまりいない。だから出場している選手のバックボーンもそれぞれだ。ボクシングや空手やキックなどの打撃出身もいれば、レスリングや柔道や柔術などの寝技出身もいる。
この普段は絶対に交わらない人間同士が戦い、そこから何が生まれるか分からない。そんなレンジでチンしてすぐに食べられる、レトルト食品のような感覚が強い団体が、今はまだ結構ある。もちろんそうではなく、総合格闘技として確立してきている団体もあるが。
 でもこのレトルト感覚が、観客に受けているのだろう。戦ってみなければ何が起こるか分からない的な感覚が、見る側の心を揺さ振るのではないか。
 たくさんの格闘家を見ているからか、よく一番強い格闘技は?とか聞かれる。その度に、そんなの分かる訳がないと答える。ボクシングと他の格闘技。これはテニスと卓球、サッカーとラグビー、ハンドボールと水球、もっと言えば野球のバッティングとゴルフくらい違うと思うから。これらの競技を決して比べたりはしないではないか。
 たくさんの団体がある格闘技界が、いつの日かしっかりと確立して、どの格闘技が強いかなんて話題にもならないで、その格闘技ルールだけで団体ではなく競技として、世界と渡り合ってほしい。

 ボクシングは長い歴史の中で、たくさんの失敗を繰り返して出来たものだ。今から誰も知らないような技が、発見される事もないように思う。
今は4回戦くらいでも、難しいコンビネーションや防御技術を知っている。もちろんそれは大事な事だと思う。
だが頭ばかり大きくになるのは良くないと思う。真剣に人間同士が戦うのだ。答えなどないし、小手先の小技なら知らない方がいいとさえ思える。それに頭でっかちになると、色気がなくなるように思う。

 ボクサーの色気。
 言葉にするのは難しいが、それはやはり個性だと思う。個性のあるボクサーには、やはり色気を感じる。
 何かの本を読んでいて、野球に関しての記事があった。日本のプロ野球とアメリカの大リーグ。バッターの構えや、ピッチングフォームなど、アメリカはどんな構えでも受け入れる。それとは逆に日本はまず修正される。アメリカでそんなことをしたら、裁判ざたにすらなると書いてあった。
 選手の人生である。勝手に他人がいじくり回すのは良くないことだと。そのかわり、結果を出せないとチャンスすら貰えなくなる厳しい世界。指導者ですらそうだ。あのベイブルースでさえ、ヤンキースの監督になれなかったのだから。
 ボクシングではどうだろう?海外のボクサーは、多種多様な構えがある。日本は変な構え(何が正しいかなんて答えはないが)をしていると、怒られて強制される。ガードはあげなさい、真っすぐにパンチを出しなさいなど。
 どっちが正しいなんて分からない。でもあまりにも、選手の考えを認めずに強制する傾向があるように思える。選手は自分の為に戦っているはずだ。この体制では、個性のある選手は生まれにくいのでは?と。
 昔はどうだったのか?たとえ強制されても、我を通す力が選手側にあったような気がする。今は強制したら、みんなロボットのように同じスタイルになる。
 昔のボクサーと今のボクサーはどっちが強い?これは酒の席で、とても盛り上がる話題だ。答えが出ないから盛り上がる。ただ僕個人の意見としては、昔のボクサーの方が技術レベルは別にして、強さみたいなものが滲み出ていたと思う。
『こんな人とは喧嘩なんかしたくないな〜』というような。
 ランディ・マングバット、そういった雰囲気を出す個性のかたまりのような男である。男から見て、憧れるような何かを持っている。マネージャーの村山氏も、そんなランディに何かを感じたのではないだろうか。

 ランディ達の話を聞いていて、フィリピンはやはり怖いところのようで『マイケル・ドミンゴ(日本にも何度も来日している選手)はどうしてる?』って聞いたら、『去年、首を切られて殺されたよ。』とか平気な顔で言う。マニラとダバオは危なくて、ランディは朝走る時に拳銃を持って走るらしいし、家にはたくさんの拳銃が隠してあるとのこと。リングの中が一番安全だと、真剣な顔をしていう。金も盗まれないし、撃たれる事もないと。
 本を見ながら『ダガ(ねずみ)は日本にいるか?フィリピンのは6キロ以上あるのがゴロゴロいるよ』って言うから、日本はそんなにいないよ!って答えて、まさか食ってないよね!?って聞いたら、
『美味しいよ』
『食べないよ』
って同時にランディともう一人のパートナーのロニーが答えたのだ。もちろん、食べるのはランディである。。

 ランディが『日本で何試合もやったが、なかには試合中に「もう手を出すな!」と言われたこともあった。同じフィリピンの選手で当たってないパンチで倒れたり、最初から負けるために来ている選手が多すぎる。奴らはプライドが無いんだよ。俺はそんな事はしない。「手を出すな!」って言われても、構わずにパンチを打つよ。
判定になったら、勝てないのはわかってる。でもパンチを打つことを止めたら、ボクサーではないだろ?』って笑顔で言うのを見て、こっちはなぜか日本人だということを恥ずかしいと思った。
 ランディ、今の日本にはあなたのような男は少ない。
 どんな国に行っても、変わらずに自分のスタイルを貫き通してくれ。
あなたのような人間を、本当のサムライと言うのだろう。
 自分が戦った日本の選手をひたすら気に掛ける。彼はどうしてる?もう引退したのか?など。
 ランディ、また近いうちに日本に来るときに、これだけは覚えて来てほしい。木谷卓也選手は『タコヤキヤ』ではなく、『タクヤキヤ』だから。
 その言葉を聞くと、俺はまた駅前のたこ焼き屋に、走って買いに行ってしまうから。



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●山田武士
1973年、埼玉県新座市生まれ。AB型。
1996年、チンピラ(自称)からJBスポーツジムトレーナーに。


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