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今まで福島の対戦相手の真似をたくさんやってきた。中でも自信作は前回書いたヨックタイ・シスオーと2000年12月に戦ったレイナンテ・ハミリだ。
ハミリを倒した2R。
今思い出しても、すべてが鮮明に思い出す事ができる。それはリング下からセコンドとして見た光景でもあり、後日何度も見直したテレビ放映のビデオでもあり、そして嘘のような話だが、ハミリ本人側から見た福島の姿を見ることも出来るのだ。
最初の二つは実際に見たものだ。しかし最後のハミリ側からなんか見れるわけないと思うかもしれない。しかし試合前の数ヶ月間、俺は何万回もハミリになって福島を見ていた。この試合のクライマックスシーンは、世界で一番知ってるシーンなんだ。不思議な感覚だけど、本当にそう感じるのだ。
今回のシドレンコの真似も、それ以上に近付けたい。シドレンコがサラテに勝ったその日から、自分の練習で仮想シドレンコになる。ビデオを見てイメージを作り、シャドウを始める。なんとなく形になる。いけそうな予感。
ガードの固い選手の真似は、インドネシアチャンピオンだったビルゴ・ワロウで経験している。でもビルゴ・ワロウを真似して、スパーを連日繰り返していたら、首を強烈に痛めた記憶がある。首を鍛えないとならない。シドレンコの首も、半端なく太いから。
俺はシドレンコのようなスタイルは、個人的に好きだ。基本的に互いのパンチの届く距離でやりあう選手が好きなんだ。男気を感じる。ブロック、パーリング、ヘッドスリップなどパンチの届いているところに居続けながら、しっかりと防御する。この立ち位置が、緊張感を感じさせる。まったく届かないところから、飛んできて相手を倒すような選手は、たとえ強くても好きではない。サラテ対サモラ、ゴメス対ピントール、など数え上げたら切りが無いが、互いが常に届くところでやりあう。自分は気が弱いから、こういう戦いに憧れる。
記者発表は三月の後半にやるという。それまでは、決まりだが本決まりではないような感じ。もちろん練習はしっかりやっている。でも相変わらず、福島と俺には悲壮感のようなものはない。
仮想シドレンコで相手をしていて気付く事があった。シドレンコのような、顎に密着したカードでは、ガードの上から殴られても、衝撃が直接きて首や背中がパンパンになるのだ。やはりあの首は飾りではない。ガード+首で防御なのだ。
しかしここで、思わぬ所から得たヒントを思い出す。
確か全日本キックの大月晴明君の応援に、正樹(トラッシュの本名)とヨネクラジムの無敗のホープの山口裕司と、ニュージャパンキックの元ウェルターチャンプの石毛慎也と一緒に行った。試合観戦後に新宿にある『そっくり館』という、行きつけのもねまねショーを観に行った。
石毛を除いた、ボクシングチームのこの選ばれし三人は、酒をしこたま飲むのだ。そっくり館のショーが終わると、出演していた仲の良い芸人引きつれて、俺のホームタウンの吉祥寺へ移動。
この時すでに、午前様に近い。飲んでる時間もそうだが、量もピッチもずば抜けてハイペース。特にこの三人が集まると、訳の分からない負けん気が出て、競い合うように飲む。吉祥寺へ向かうタクシーで、三人ともどもトイレタイムを取りながら無事到着。男ばかりで華が無いと、キャバクラへ突入。いつも思うのだが、女の子のいる店に行く意味があるのか?と言うほど、誰も女の子と喋らない。ではなぜ行くのか?それは芸人も入れ、誰が一番笑いを取れるかを競い合うからだ。そして一番年下の裕司を、酒作りの係から解放するためでもある。こう言った、酒の席でのおもしろ話は、挙げだすとキリがない。
要点をまとめよう。最初に行ったキャバクラで正樹が裕司に肩車されながら、和田アキコをカラオケで熱唱し店内を一周した為、長い時間居られなくなり、結局俺たち酔いどれ軍団は朝方、居酒屋に場所を移していた。最初のお店の女の子も合流して、10人くらいの団体に膨れ上がっていた。
ベロベロの正樹が『この人は俺の心のアニチ(兄貴)なんだよ。アニチは俺なんかより、全然強いからパンチ効かないんだよ』とみんなに説明しながら、バシバシ俺に肩パンチを打ち込む。
女の子が『トラちゃんも強いじゃん』と適当に話を合わせると、正樹が『俺は弱いよ〜。ガードしてパンチを弾いてるだけだもん!ナハハハ!』って言ったのだ。
ガードしてパンチを弾く。これがヒントだったんだ。
シドレンコのビデオを見直す。すると射程距離に入る前に、相手が打ってくるパンチは確かに弾いているように見える。なるほど!ある程度の読めるパンチは、ブロックと言えども小さく弾いて対処している。
しかし天才トラッシュには出来るだろうが、凡人の俺に果たして出来るのだろうか?
それからはスパーやバック打ちという、基本的な練習だけでなく相手に打ってもらい、パンチを弾く練習をプラスした。凡人は懸命に練習をする事しか出来ない。少しでも近づきたい。

記者発表の日が来た。チケットも出来たし、ポスターも森川先生が書いてくれた。練習も激しくなる。四月から福島が角海老宝石ジムの中島君とスパーする為に、一週間だけ出稽古に行く事になった。そのスパーを見て、俺はジムに戻る。戻ったらアマで実績のある子や、6回戦や8回戦の子など手当たり次第、相手を見つけては無理矢理スパー相手になってもらう。そのスパーの内容で『現役でやれば?』的な声も聞く。でもそれは違うと思う。現役でやりたいとは、全く思わない。
それはなぜか?
選手の時とは違う、新しく発見した感覚があるから。たくさんの選手に触れ、一緒に練習をする事で得ることの出来た、同じ風を浴びるような新しい感覚。これは選手でいたら絶対に味わえなかった事だ。
選手とトレーナーは全く異なるものだ。選手の延長にトレーナーがある訳ではない。そういう考えでは、単なる押しつけになる。選手には選手の、トレーナーにはトレーナーの厳しい道が存在する。俺は毎日、好きな事だけをやって生きてこれた。そういった場所を提供してくれた、周りの人達に物凄く感謝している。
俺は今も、とても幸せだ。5年前、福島の日本タイトル挑戦の前に、人数の膨れ上がったトレーナー達がクーデターを起こし、ジムを内部分裂させた事がある。その場で森川先生に『山田はどう思ってるんだ?』と聞かれ、泣きそうになりながら『毎日が幸せです。朝起きて幸せだなと、毎日思います』と答えた。一睡もしないで、森川先生と話をして次の日に一人で会長にその事を報告しに行った。
あの時に反乱したトレーナーは誰もいない。好き勝手言って、乱すだけ乱して消えていった。その時に決めた心がある。絶対にやめないと。どんなに苦しくても続ける。そしてその人達が行き着くことの出来なかった場所に行ってやると。
世界戦が内定した時から、ずっと仮想シドレンコになる為に練習をしている。24時間シドレンコに近づく為の練習だけで生きている。
福島と連日スパー三昧。シドレンコに通用しそうなコンビネーションを、自分の体で受けて確かめる。位置取りを確認し、接近戦でボディを打ち合う。理論を大事にしながら、理論を超えた場所にいく。たくさんのパターンを想定しながら。
毎日、毎日が疲れるけど充実している。福島とのスパーで俺の体が痛めば痛むほど、試合でシドレンコの体が痛む可能性が増えるから。もっともっと可能性をあげていく。
命を削って魂を磨くんだ。
『夢は逃げない、自分が夢から逃げるだけ』っていう好きな言葉がある。俺は才能なんか全く無いし、トレーナーとしても本当に小さな小さな存在だと思う。でも逃げない自信はある。それだけは、自信がある。
『福島学のトレーナー、山田武士』
この肩書きからは絶対に逃げない。
6月4日は、福島学は鉄の意志を見せてくれる。そう信じている。俺が今出来るすべてを、福島に見せ一緒に練習する。ラリオス戦からの3年間、二人で現実の厳しさから耐えた。すべての帳尻を合わせてくれると信じているし、二人で合わせようと努力する。勝つことも知ったし、負けることも知った。続けることの大事さも知った。
久々に来た大勝負である。
燃えてくる。復活しよう、証明しよう。心身共に。俺達はやれるという事を。
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