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沙乙里がいなくなった後も僕はジムに通い続け、デヴュー戦はKOで勝った。
だけど以降、理由はわからないが、以前ほどひたむきにはボクシングに取り組めなくなった。
NYに渡ってからもトレーニングは続け、昔より遥かに強くなれたのだとは思うが、あの日、ポロポロと子供のように涙を流す沙乙里に、何も言ってやれない無力感から解放されたと感じたことは一度もない。自分が酷く空虚な人間に思えたその感覚から、自由になれたこともまだ一度もない。
少し落ち込んだ気分になるとき、僕は辰吉の昔の試合ビデオが見たくなる。世界中に自慢できるほど強かった頃の辰吉を見て、過去を懐かしむわけではない。僕が思い出すのは、余計な付属物など何も持たずに、ガムシャラに、ボクシングのことばかり考えていた頃の自分の姿だ。
当時の辰吉丈一郎が世界に向かってパンチを繰り出す姿は、無邪気で、純粋で、若々しい躍動感に満ちていた。僕たちのイノセントな時代の象徴だった。
その頃は何もかもが簡単だった。辰吉の後を追いかけて、自分のやりたいことをただ夢中でこなせば良かった。口笛でも吹きながら、軽やかに自分のフィールドを駆け回っていれば誰にも文句は言われなかった。
だが頂上にいるごく一部の例外を除いて、僕たち凡人は、悩み、歓喜し、そして傷つきながら大人になっていく。僕も、沙乙里も、ボクシングを志し、それぞれの形で挫折していった。結局、僕たちは決して「辰吉」にはなれなかった。
僕たちの憧れだったプロボクサー・辰吉丈一郎は、2002年12月、大阪で3年4ヶ月ぶりの再起戦に臨み、6RTKOで勝利したのだという。
そのニュースを、僕はNYで聞いた。以前と比べれば抜け殻のような辰吉なのだろうが、それでも試合会場には大観衆が押し寄せ、浪速の街に決して小さくないフィーバーを巻き起こしたのだという。
僕がボクシングを始めるキッカケになったボクサーは、僕がボクシングを通り過ぎるほどの時間がたっても、まだ戦い続けているのだ。
アメリカに渡って以来、僕は強いボクサーを飽きるほど見てきた。だけど、いつかの辰吉のように背中に羽根の生えたボクサーには、あれから1度も逢っていない。2度と出逢うことはないと思う。
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