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試合の終わりはあっけないものでした。
8Rに入り金井のほぼ完全に塞がっている左目を見たレフェリーが試合を中断しドクターチェックを入れると、そのまま試合が再開されることはありませんでした。
試合が止められて7Rまでのジャッジの採点が集計されている間、青コーナー側の観客席からは「なんで止めるんや!やらせろや!!」といった声が激しく飛びました。金井のパンチ力を持ってすれば、続けている限り逆転のKOの可能性もありましたが、左目を見る限りこれ以上続けては危険という判断で試合を止めたレフェリーの判断は、妥当に思えました。
採点は三人のジャッジのうち、一人が4ポイント、二人が3ポイント差で吉澤選手の勝利を支持。金井は観客に頭を下げると早々にリングを降り、控え室へ引き上げて行きましたが、その表情はさっぱりしたもので、採点はともかく試合のたびに腫れ上がる両目の傷にもはや言葉もない様子でした。
金井の敗戦を目の当たりにしたとき、彼の引退が頭をよぎりました。二階級上の選手とは言え自分よりも下位のランキングの選手に敗れ、金井は今後日本ランキングに名前を留めておくことも危うい状況になりました。全日本新人王MVPにデビュー以来の14連続KOと、ボクシング界の注目を一身に浴びた選手の成れの果てに、改めて現実の厳しさを感じるのでした。
会場を後にする前に、顔を会わせる気はありませんでしたが、スポーツドリンクの一本でも姫路木下のスタッフに頼んで金井の控え室に入れてやろうかと思いました。
敗れはしましたが、試合の終盤に見せた金井のボクサーとしての威信をかけた攻撃は、それでも4年前拳を交えた自分には伝わるものでした。しかし、この世界で敗者にかける言葉ほど無情なものもなく、そんな行為も彼のプライドに傷の上塗りをするだけだと思い、自分も早々に会場を後にしました。
試合後、観戦していた村田会長に誘われ食事に行きました。会長に試合の感想を尋ねたところ、返ってきた一言は厳しいものでした。
「…金井終わっとったなぁ。全然練習してないんちゃうか。」
ボクシングの神様がもしいるのだとしたら、きっとえげつない奴だ。そいつは金井に、どんなにボクサーが鍛えても手に入れることが出来ない類稀な強打を与えた。しかし、ボクサーとしては致命的な目の傷も、同時にしかも両方の目に与えた。そして金井は、その試練を克服することが出来ず、いままさにボクシングの世界から姿を消そうとしていた。
4年前に戦った、かつてのライバルの敗戦の後に残ったもの。
それは、ただ、ただ、深いため息だけだった…。

(追記)
1月、昨年11月に発刊された林壮一氏の著作、「マイノリティーの拳」を精読した。
プロのライセンスを取得しながらも、怪我によりその夢を断たれた林氏がその無念の思いを込め10年の歳月をかけて完成させたこの著書には、アリに敗れた後どん底から這い上がり再び世界の頂点に返り咲いたジョージ・フォアマンとの会話から、こんな一説が記されていた。
“人間の価値とは夢に敗れた時、負けた時にどう歩み出すかで決まるのではないか。”
この一説を読んだ時に、9月の金井の敗戦が思い出された。久しぶりに目にした自分には抜群に見えたそのパンチ、スピード、テクニックも、見る人には「…終わっとったなぁ。」と映ったそのボクシング。そして前日の軽量で契約ウェイトをオーバーしていたそのコンディション。
金井の終盤の攻勢は、彼のプライドが垣間見られる一方で、自分の信じてやまなかった拳が相手を捉えることが出来ず、自身への不甲斐なさと諦めが混在した、葛藤の上での攻勢ではなかったか。
…あの試合が、果たして金井のボクシングの全てだったのか。
…あの試合が、彼の実力の全てだったのか。
2月上旬、久しぶりに訪れた後楽園ホールで、金井が3月に再度再起することを関係者から耳にする。3度の敗戦により、記録もランキングも、何もかも失った果ての再起。
彼のボクサーとしての本当の実力が試されるのは、いままさに、ここからではないか。
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