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負けたら終わりではなく、やめたら終わり
どんな夢でも叶えてくれる“魔法”、それは――
続けること
諦めないこと

ワタナベジムの上野則之選手に紹介していだいた今月の“戦士”は、国際ジム所属の朝山哲嗣選手だ。
上野選手と朝山選手は2度リングで拳を交えている。そして二人は、その2試合ともが“三者三様のドロー”という宿命のライバルだった。
ある日、朝山選手がワタナベジムへ出稽古に行った際、上野選手に声をかけて二人で食事に出かけたことがきっかけで、いろいろ語り合う友人になったという。
私は今月も“写心家”山口裕朗氏と共に、この朝山哲嗣という“戦士”を訪ねることになった。
ヒジの故障で暫くジムワークから離れているということで、我々は朝山選手が所属する国際ジムではなく、新宿で待ち合わせることになった。
忘年会シーズンで、夜の新宿はとても賑わっていた。初めて入る居酒屋で、我々はビール、朝山選手はコーラで乾杯。
「俺なんかで本当にいいんですか?」
人懐こそうな笑顔が印象的だった。
1977年、新宿生まれで埼玉育ちの32歳。19歳でプロデビューし、勝ったり負けたりしながらここまで来た。
「特に目標も持たずにやってきたんですよね・・・」
10勝(4KO)15敗4分という戦績は、そんな朝山選手のこれまでの心情をよく表しているように感じられた。

小学校、中学校と野球少年だった朝山選手は、高校2年の時にテレビで見たWBA世界スーパーフライ級王者・鬼塚勝也の世界戦に影響を受け、同じ埼玉県にあるオサムジムに入門した。
「俺にも出来そうだって思ったんですよ」
喧嘩は強い方だったので、腕には自信を持っていた。
そして1996年、3ラウンドTKO勝ちでデビュー戦を飾った。当時、オサムジムに所属していた、後のOPBF東洋太平洋スーパーフェザー級王者・本望信人(角海老宝石)と、同じ日にデビューを果たした。
新人王戦では、後のWBA世界スーパーバンタム級王者・佐藤修(協栄)との対戦で苦杯を喫するなど、勝ち負けを繰り返しつつも、やがて6回戦ボクサーへと階段を上っていった。
2004年に心機一転を図り、国際ジムへ移籍をしたが、やはり勝ったり負けたりの繰り返しが続いた。
「特に目標も持たずにやってきたんですよね・・・」

26歳の時に結婚した江美夫人、そして二人のお子さんとの4人家族。朝山選手の両親と半二世帯住宅で暮らしている。
5歳の長男の名前は勇陸(ゆうり)くん。
「ユーリ・アルバチャコフが好きだったんです。人として強くなってもらいたい、という願いを込めて付けた名前です」
そして、生後7カ月の長女は杏鈴(あんり)ちゃんという、こちらも洒落た名前だ。
「いやあ、顔も可愛いんですよ」
と、携帯電話の写メールを我々に見せながらデレデレする姿には、同じ娘を持つ私も親近感を覚えた。
試合の時は、奥さんのご両親も応援に来てくれるという、とても恵まれた環境でボクシングに取り組んできた。
朝山選手は現在、ガソリンスタンドの夜勤アルバイトで生計を立てている。昼間ジムワークをおこなった後、夜勤のアルバイトをし、帰宅後にロードワークをおこなう生活だ。
ん・・・?、いつ寝ているんだ?
「家ではほとんど寝てないですね。仕事の合間に仮眠をとったり、移動の電車の中で少し寝たりする位です。かれこれ4年位経ちますが、もう慣れました」
かなりハードなスケジュールの中で、朝山選手は両肘の軟骨が変形して飛び出てくるという、珍しい病気になってしまった。
軟骨を切除する手術をおこない、2008年10月の試合を最後に長期間ジムを休むことになってしまった。
仕事の同僚から「まだやっているのか」という目で見られたり、テレビで見る世界戦で、試合後に王者が子供を抱きかかえる姿を見たりする中で、自分の子供に、胸を張って「ボクシングをやっていた」と言えるのか――、と感じるようになって来た。
これまで、ただ決まった試合をこなして来ただけだった朝山選手の中で、何かが変わった。
「年を重ねてゆく中で、また今回の長期休養の中で、目標を持つことの大切さに今さらながら気づいたんです」

以前から、スパーリングではランキングボクサーやチャンピオンクラスの選手と、対等に渡り合えてきた。
「まずは、日本タイトルを目標に頑張ってゆこうと思っています」
復帰するのは春頃になるそうだが、既に朝山選手の瞳は燃えていた。背中から発するオーラが感じられた。
「誰かに俺を指名して欲しいです。フェザーからスーパーフェザーまで、どの階級でもやれます!」
長い年月を経て、目標を持つ事の大切さを知った今、“眠れる獅子”は目を覚まし、獲物を求めて牙を磨いでいる。
「やるんなら、ボクシングを最優先させるべきだと思うよ」
少々酔いのまわった私の老婆心が頭をもたげて来た。
「結果はともかく、これだけの事をやったと、自分自身に誇れるボクシング人生の為には、今の睡眠時間を考え直すべきじゃないかな・・・」
ガソリンスタンドの夜勤アルバイトで、毎日ほとんど寝ていないという生活が、コンディション作りに良いはずがない。私は相手の都合などお構いなしに、調子に乗って語ってしまった。
しかし今、希望に燃えて再出発をしようとしている選手を目の前にして、そう言わずにはいられなかったのだ。
負けたら終わりではなく、やめたら終わり
どんな夢でも叶えてくれる“魔法”、それは――
続けること
諦めないこと
SEAMO(シーモ)というアーティストのアルバムにある、「Continue」という曲の一節だそうだ。
朝山選手は、今の気持ちを表しているという大好きな曲を私に教えてくれた。
朝山哲嗣・32歳――、“魔法”の力で、掲げた目標と夢に向かって突き進んで欲しい。

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