その76 江畑佳代子選手


写心 山口裕朗

 「辛いことも結構ありますけど、ボクシングはやっぱりやめられないですね。まさか自分でも、ここまでやるとは思いませんでした。いずれ引退したとしても、ボクシングはずっと続けていきたいです」
 広告代理店に勤務する傍ら、女子プロボクサーという過酷な世界で生きるスーパーウーマン。――でありながら、“自然体”なところが印象的だった。

 “歯科医ボクサー”松井亮介さんから紹介していただいた今月の“戦士”は、これまた2足のわらじを履く“広告代理店(協同広告株式会社)勤務の女子プロボクサー”江畑佳代子さんだ。
 私自身、“子連れ大学生ボクサー”という3足のわらじを履いていたので、こういう方達には親近感を感じずにはいられない。

 いつものように“写心家”山口裕朗氏と、今回は江畑さんが所属する、東京・五反田のワタナベジムを訪ねた。




 松井さんとは、ワタナベジムでの担当トレーナーが同じで、アマチュア実業団の大会で姫路へ同行したことなどがきっかけで親しくなったという。

 広告代理店では某大手化粧品メーカーを担当し、雑誌の広告を手掛けたり、街頭でのサンプル配布、イベントの開催を手掛けたりなど、本格的なキャリアウーマンとして働いている。
 「試合でカンボジアのプノンペンへ遠征した時も、携帯電話とEメールを駆使して仕事をしていましたよ」
と、ニッコリ笑う。――ちょっと凄い・・・。

 試合時には、会社の仲間やクライアントさえも駆けつけてくれるという。多い時では、仕事の関係者だけで200名を超える応援団になる。人柄の良さが無ければ、こんなに人は集まらないだろう。

 1か月程前にOPBF東洋太平洋初代王座決定戦で、元世界王者の菊池奈々子(白井・具志堅)に苦杯を喫し、この日は練習を再開してまだ間もない時期だった。
 敗戦の後とはいえ、ひとつひとつの動作のバランスを確かめながらおこなうシャドーボクシング、次回試合を想定してダッキングから放つ力強い左ボディブロー、そしてトレーニングの終わりに、試合で痛めたという手首と足首に念入りなアイシングを施す姿には、本格派の雰囲気がにじみ出ていた。

 見ごたえのあるジムワークが終了すると、我々は江畑さんが夕食を食べに時々訪れるという、近くの居酒屋へ向かった。
 「ここのコーンバターが最高なんです!」
 満面の笑みで話す江畑さんはコカ・コーラで――、我々は遠慮しつつもビールで乾杯をし、いろいろお話を聞かせてもらうことになった。

 横浜で生まれ、幼少時代は兵庫県で暮らしたこともあったが、小学6年生以降は東京の大崎で暮らしてきた。
 「この歳になってようやく一人暮らしを始めたんですけど、自宅から10分位の場所で、母親がしょっちゅう差し入れを持って来てくれるんで、あまり意味ないですよね・・・」
 あっけらかんと笑う姿に、“女子プロボクサー”つまり戦う“戦士”の雰囲気は感じられない。そのギャップがまた面白かった。

 「子供の頃から兄が興味を持った事を真似てばかりいたんです。結局、実践してしまうのは、兄でなくいつも私なんですけどね!」
 お兄さんがバイクに興味を持ったと思ったら、江畑さんは中型免許を取得。兄が格闘技に興味を持てば、江畑さんは女子プロボクサーに・・・。
 「兄は結局バイクの免許も取らず、格闘技とも無縁の生活を送ってるんですよ!」
 楽しそうに笑う江畑さんだが、幼少期から活発な性格だったのだろう。

 高校2年生の時に、お兄さんに進められて読んだボクシング漫画「はじめの一歩」に影響を受けた。
 私もボクシング漫画「あしたのジョー」に影響を受けた人間なので、気持ちは解らなくもないが・・・、女の子が影響を受けて、しかも選手になってしまうとは驚きである。
 そして大学へ進学後、キックボクシング部のマネージャーを務める傍ら、自身も19歳でワタナベジムへ入門したのだ。

 大学を卒業すると広告代理店へ就職し、化粧品メーカーなどをクライアントに持つ、バリバリのキャリアウーマンへと成長してゆく。
 その一方で、女子アマチュアボクシングの世界へ身を投じ、27戦を戦う中でアマチュア全国大会初代バンタム級優勝、2005年度、06年度とフライ級王座を連覇と、メキメキと頭角を現していった。

 そして2007年、タイのバンコクで念願のプロデビューを果たし、世界戦経験を持つノンマイ・ソー・シリポンに判定勝ちをおさめてWBCインターナショナルミニマム級王座を獲得した。
 翌2008年、日本ボクシングコミッション(JBC)が女子プロボクシングを正式に認定した年に、カンボジアのプノンペンでサムソン・ソー・シリポンが持つWBC女子世界ライトフライ級王座に挑戦したが、残念ながらこの試合は判定負けを喫し、世界のベルトは逃してしまった。

 ちなみに、冒頭の「携帯電話とEメールを駆使して仕事をしていた」というプノンペンの遠征は、何とこの世界戦の時のことだったようだ。さすが“キャリアウーマン”である。

 その後、今年2月に再起戦を3ラウンドKOで飾り、一番最近の試合が、先の元世界王者・菊池奈々子(白井・具志堅)との接戦だった。

 次回は今年末に試合が予定されているらしい。
「ん〜、既に次戦へ向けての準備に入っているのか・・・」
 「これをクリアして、来年はまた大きな試合がしたいですね」
 現在、WBCミニフライ級2位、OPBFライトフライ級3位にランキングされている。何かしらベルトを巻きたいところだ。

 それにしても楽ではない――。
 「今はそうでもないですけど、忙しい時はジムワークを始めるのが夜10時以降という日も結構ありました」
 練習を終えると、帰宅は夜中。朝は6時に起きてロードワークをし、9時半に出社・・・。それで結果を出しているのだから凄い。

 そんな江畑さんなのだが、大好きなコーンバターを頬張りながら、あっけらかんと笑う姿は見ていて何とも心地よい。
 「辛いことも結構ありますけど、ボクシングはやっぱりやめられないですね。まさか自分でも、ここまでやるとは思いませんでした。いずれ引退したとしても、ボクシングはずっと続けていきたいです」
 広告代理店に勤務する傍ら、女子プロボクサーという過酷な世界で生きるスーパーウーマン。――でありながら、“自然体”な立ち居振る舞いが印象的だった。



 後日、江畑さんからこんなメールをいただいた。
 「ああ見えて一応緊張していたのですが、お喋り好きなものでペラペラとお喋りしてしまいました。大丈夫でしたでしょうか?」
 “広告代理店勤務の女子プロボクサー”江畑佳代子――。来年、大きな試合が実現し、その腰にベルトを巻く日が楽しみである。




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●新田 渉世 (にった しょうせい)
1967年生まれ。92年横浜国立大学卒業。96年東洋大平洋バンタム級タイトル獲得。97年引退。98年米国サンフランシスコへ移住し、『ワールドボクシング』誌にて「ショーセイのアメリカボクシングライフ」連載開始。99年『Talk is cheap』にて「戦士と語る」連載開始、同年ケンウッド入社。03年2月神奈川県川崎市に新田ボクシングジムをオープン、同年ワールドボクシングwebサイト上にて「新米ジム会長奮戦記」連載開始。

新田ボクシングジムHP
http://www.nittagym.com/

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