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「ボクシングって・・・麻薬みたいですよね。私もまた始めたいです――」
また一人、ボクシングの虜となった友と出会った。
ボクシング好きのお笑いタレントで、元パワーリフティング日本代表のなべやかんさんにご紹介いただいた久々の女性“戦士”は、脚本家の南
青緑こと上杉京子さんだ。

上杉さんは静岡市の出身。横浜市立大学(現代文学専攻)を卒業後、ソニーミュージック、EMIを経て1993年から渡英、英国サリー大学大学院で児童文学を専攻。
雑誌のライターや編集者を経て2002年に帰国。2004年にTBSスペシャルドラマで脚本家デビュー。
その後、様々な脚本や映画評を執筆する傍ら、専門学校の講師や演劇ユニット「トナドゥ」http://www.tonado.jp/
を主宰するなど、多彩な活動を展開している。
そんな上杉さん、自身が選手になろうとしたほどの大のボクシングファン。
本サイト「Talk is Cheap」や「あしたのボクシング」などでの執筆連載の経歴もある程だ。
「あの・・・、上杉さんですか?」
待ち合わせた場所でそれらしき人物に声をかけると、
「そうです! こんばんは!」
と、元気な声が返って来た。
以前、あるジムの会長に連れて来ていただいた渋谷のもつ鍋専門店「呑々道場」で、いろいろお話を聞くことになった。
「実はさっきまで、清志郎の告別式に行って来たところなんです」
対談の日の午後、青山でロック歌手・忌野清志郎氏の告別式がおこなわれのだが、やはり業界人として何か関係があっての参列なのかと思った。
しかし、それは個人的な参列だった。彼女の人生にとって「忌野清志郎」という人物は特別な存在だったようなのだ。
上杉京子さんは、生年月日が私と僅か2日違うだけの同級生。厳格な家庭に育ち、IQ(知能指数)160という驚異的な頭脳を持つ。
IQの平均値は100であり、85〜115の間に68%、70〜130の間に95%が分布されるというから、上杉さんの160というのは残り5%の“異常値”と呼ばれる稀有な存在なのである。
「変な意味じゃなくて、子供の頃から自分は人と違うって感じていたし、親からもそういう風に育てられてきたんです」
子供の頃は、ほとんど勉強をしたことがないという。しなくても解ってしまうのだそうだ。
いつも「人と違う」と感じる孤独感、そして厳格な両親の下、「親や大人は絶対的な存在」という教育の中で育ってきた上杉さんは、いつしか人生に疑問を抱き始める。
「あらやだ!なんだかのっけから重い話になっちゃいましたね・・・」
笑ってごまかしていたが、上杉さんの人生に非常に大きな重石が乗っているのを感じ取るのは、難しいことではなかった。
IQが160もあるせいだろうか、小学生になる頃には周りの大人達の思考の醜さやその振る舞い全てに失望し、社会に対しても失望するようになっていった。
そんな上杉さんに一筋の光を灯したのが「清志郎」だったのだ。初めての出会いは、井上陽水のアルバム「氷の世界」の中で、「帰れない二人」、「待ちぼうけ」という2曲で井上陽水と清志郎が合作しているのを聞いた時だった。
その後、上杉さんは忌野清志郎の世界へ惹きこまれていった。
「清志郎が、初めて大人に反発してもいいんだって叫んでくれたんです」
大学卒業後、音楽業界を経てイギリスへ渡った。大学院で学び、多くの有名ファッション誌やカルチャー誌にロンドンの情報をレポートする執筆活動に追われた。
やがて脚本の仕事に興味を持つようになった上杉さんは、9年間のイギリス生活に終止符を打ち、2002年に帰国した。

脚本家への道を歩み始めた頃、「ボクシング」と出会った。スポーツクラブでの、ボクシングレッスンだった。
「なんだ、これ・・・?! オモシロイ!」
2003年、レパード玉熊ジムに通い始めた。選手志望として、一日4時間、週5回。
精神の紆余曲折を経て出会った「ボクシング」――
彼女の人生にとって「ボクシング」というモノは特別な存在となっていった。
下記は「あたしのボクシング」という、上杉さんが連載していた女子ボクシングのレポートコラムだ。熱の入りようが伺える。
http://www.byakuya-shobo.co.jp/boxing/uesugi/uesugi_index.html
やがて、初めはノーギャラばかりだった仕事も、TBSのプロデューサーとの出会いをきっかけに深夜ドラマでの脚本家デビューを果たした。その後、ドラマや映画と、フリーの脚本家として活躍するようになる。
「ラブストーリーの脚本家でデビューしたのに、最近は下ネタ系ばかりなんですよね!キャッハッハ・・・」
ジョッキを片手に快活に笑う。
「清志郎」、そして「ボクシング」――
勝手な想像で話しては怒られてしまうかもしれないが、どちらも上杉さんの人生にとって大切なものであることだけは間違いないように思う。
そして今、元・飲み友達だった旦那さんと、2歳の愛娘に囲まれて少しだけ“大きな重石”が軽くなっているようにも見えた。
「子供を持ち、初めて自分の人生とも向き合えた気がするんですよね・・・」
上杉さんは満面の笑みでこう語った。
「ボクシングって・・・麻薬みたいですよね。しばらく行ってないけど、またジムに行きたいな――」
現在、長く関わってきたボクシング映画の脚本がいったん完全稿となり実現に向けて動いているところ。
「ボクシングの魅力をもっと多くの人に知ってもらいたい――」
ここにもボクシングを愛して止まない“戦士”が一人いた。
コラムのタイトルは、「“あたし”のボクシング」――。その通り、それぞれのボクシングがあっていいのだ。
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