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「いやあ、僕なんかでいいんでしょうかねえ。何か恐縮しちゃいますねえ・・・」
終始、笑顔と低姿勢を崩さずに振舞うその姿に、道は違えども厳しい世界で生きる“戦士”の姿を見た。
先月登場していただいた、知る人ぞ知る“ボクシングおたく”の“名脇役”――俳優の酒井敏也さんからご紹介いただいた今月の“戦士”は、「WAHAHA本舗」に所属する、「ウクレレえいじ」さんだ。
このところ芸能関係者の登場が続いているが、「戦士と語る」は“ボクシング人”の輪を広げることを目的とする企画なので、こんな展開も大歓迎。大いに楽しませていただいている。
選手、元選手、会長、マネージャー、練習生、ファン・・・、どんな人であってもボクシングが好きなら、そして何かで戦っている御仁なら、ただそれだけでいい。私はそう考えている。
ということで、今月は今人気上昇中の芸人さん――ウクレレえいじさんとお会いすることになった。
私と同じ1967年生まれ。ウクレレさんは早生まれなので学年は一つ上だが、ほぼ同年代ということで初めから親近感を持ってお会い出来た。
我々はJR新宿駅南口から徒歩3分の場所にある居酒屋・浪曼房(ろうまんぼう)で待ち合わせた。
この居酒屋は、私のボクシングの後輩で日本ミニマム級タイトル挑戦経験のある小国亜坊(おぐに・あーぼう)が勤めているお店だが、偶然、「WAHAHA本舗」でも時々打ち上げ等で利用しているらしい。

ウクレレえいじさん、マネージャーさん、“写心家”の山口裕朗氏、そして私の4名で団欒(だんらん)を楽しむことになった。
「学生時代に先輩に無理やり飲まされた印象が強くてダメなんですよ・・・」ウクレレさんはお酒が苦手ということだったが、「でも最近カシスソーダだけは少しいけるようになったんです」と、可愛らしく(?)微笑んだ。
「格闘技なんてやるつもりはなかったんですけど・・・」
名古屋学院大学でボクシング部に所属していたウクレレさんだったが、カシスソーダを飲む可愛らしいしぐさからは、失礼ながらあまり向いている方ではないという印象だった。
そんなウクレレさんだが、高校時代のある日、不良の友人に誘われて極真道場へ行くことになったことが、格闘技を始めるきっかけだった。
「“ペンキ屋さんでみどり帯”という微妙な先生だったんですけど、いきなり組手をやらされて、なんと誤って先生の顔を殴っちゃったんですよ。そしたら『お前やるな・・・』って気に入られちゃったんです」
積極的というわけでもなかったウクレレさんだったが、この極真空手の道場に通うようになってしまった。
その後、名古屋学院大学に入学したウクレレさんは、ウェイトリフティング部の見学をしていた時、隣でスパーリングをしているボクシング部の光景を目にした。
「やられっぱなしで、えらく弱そうな人がいたんです。あの人が出来るんだったら僕でも出来るだろうって思って入部しちゃったんですよ」
しかし、現実はそう甘くはなかった・・・。
「2か月後に初めてのスパーリングに挑戦したんですけど、あのえらく弱そうな人にボコボコにやられちゃったんです」

めげずに練習を続けたウクレレさんは、大学1年生の夏、フライ級でアマチュアのデビュー戦に挑んだ。
しかし・・・、第1ラウンドRSC負け――。
やがて秋の新人戦のシーズンが訪れた。
「デビュー戦と同じ相手に当たらないように」と頑張って減量し、一階級下のライトフライ級でエントリーをした。
ところが、なんとデビュー戦の相手もライトフライ級でエントリーしているではないか!
意を決して宿敵と戦ったウクレレさん、今度は逆に第1ラウンドRSC勝ちで初勝利を飾ってしまったのだ。
そして「殊勲賞」をゲット。名古屋学院大学は団体優勝を果たした。
「いや〜、ホントに嬉しかったです。でも・・・、これが僕のピークだったんです」
この時の1勝と、その後の反則勝ち一つを含めて、生涯戦績はアマチュア2勝9敗。向いてなかったと言えばそれまでだが、今のウクレレさんがあるのは、きっとこの2勝、いやむしろ9敗のおかげなのではないだろうか。
大学を卒業後、芸能の世界に憧れて上京。1年間靴屋さんで働き、劇団「東京乾電池」のオーディションに応募した。200人の中から30人が選ばれ、1年間研究生として訓練を受け、最後は5〜6人位しか残らなかったという。ウクレレさんは、入団当初、柄本明氏の付き人をしながら、本名で俳優活動を開始。その後、芸名を「ウクレレえいじ」に変更。
2003年からは、「WAHAHA本舗」に参加し、テレビ、ラジオ、映画、ライブと、お笑いから音楽まで、ジャンルを超えて活躍中だ。
トレードマークのウクレレについて話が及ぶと、
「今でこそウクレレをやられている人って結構いますけど、当時、ウクレレをやっている人って少なくて、珍しかったんですよね。たしか当時¥6000円位で、ウクレレを買った記憶がありますね」
「そのウクレレという楽器が、一生付き合っていく相方になるとは、当時は思ってもみませんでしたね」
ウクレレの腕前はなかなかのものらしく、マネージャーさんが自慢げに「日本では7本(?)の指に入るって、巷では言われているらしいんですよ、巷ってどこなんでしょうね(笑)」
「ところで、ボクシングの試合を見ることはあるんですか?」と、一応ボクシングの話題を振ってみると、
「やっぱり鬼塚勝也さんのラストファイトですね。最後は挑戦者に滅多打ちにされているのに、最後まで立ち続けている姿を見て思わず泣いてしまいました」
と、やっぱり根っこは“ボクシング人”なのだ・・・。
昨年はファーストソロアルバム「ウクレレ番外地」が発売され、人気が上昇中のウクレレさんは、常に人を楽しませようとするオーラが溢れ出ている人だった。
カシスソーダも3杯目になると、ますます饒舌(じょうぜつ)になり、プライベートで舞台を見させていただいている気分だった。
ウクレレえいじ――、終始、笑顔と低姿勢を崩さずに振舞う、道は違えども厳しい世界で生きる“戦士”。もう少しゆっくり話をしたかったかな・・・



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