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「ここは“心身鍛錬”の場だ! ズバッと言ってやるし、ビシビシ言ってやる。平手打ちやゲンコツをくれてやることもあるさ。『言うことが聞けないヤツややめろ!』って言ってやるんだ。でもやめねぇんだよ。不思議と・・・ウワッハッハッハ!」
豪快な笑い声がジム内に響き渡り、関戸ワールドに吸い込まれてゆく。ボクシングの古き良き時代を知る豪傑の話に、しばし惹きこまれていった。
「戦士と語る」始まって以来の2度目の登場をしていただいた、元WBA世界フライ級チャンピオン花形進さん(現・花形ジム会長)からご紹介いただいたのは、足柄ジム会長の井上貞雄氏だった・・・のだが、「今、ジムが改装中でさ、綺麗になってから来て欲しいんだよね・・・」ということで、これまた「戦士と語る」始まって以来の“間接紹介”で、横浜市瀬谷区にある拳誠ジム会長・関戸宏晴(せきどひろはる)さんを訪ねることになった。
関戸会長とは、「神奈川拳志会」という神奈川県のボクシングジムで構成する会でお世話になっていて、月一回はお顔を拝見する関係だが、こうしてじっくりお話を聞かせていただくのは初めてだった。

「ここはもともと剣道場だったんだよ!」という拳誠ジムは、まさに“道場”という趣(おもむき)で、神聖なムードが立ち込めていた。
昭和17年に川崎市大師で生まれた関戸会長は、剣道一筋の父上に育てられた。父上は関戸会長を川崎市の消防署に入れて、剣道をさせたかった。
しかし、子はなかなか親の思う通りの道へは進まないもので、小学時代は相撲取りに、中学時代は野球選手に憧れた。
当時は6大学野球の全盛期で、長嶋茂雄に心酔していた関戸少年は、野球をやりたくて高校へ進学した。
ところが、この高校野球部で出会った一人の男の影響で、関戸少年の人生が大きく方向転換した。その男とは、笹崎ジムの日本ミドル級王者・斉藤登の弟だった。
関戸少年の関心は、一人の力だけではどうすることも出来ない団体競技から、自分の力だけで全てを切り開いてゆける個人競技へと、変化していった。
その男から、兄である斉藤登を紹介してもらい、ボクシングの世界へと足を踏み入れることになったのだった。
笹崎ジムの門を叩いた関戸少年は、ジム全盛期のそうそうたる名ボクサー達を目の当たりにした。
日本・東洋ミドル級王者の海津文雄、世界フライ級・バンタム級2階級制覇のファイティング原田らが、まさに目の前にいたのだ。
関戸少年も、入門後メキメキと実力を上げてゆき、1962年には全日本フライ級の新人王に輝いた。
やがて世界ランカーにまで上り詰め、蔵前国技館でおこなわれた、ファイティング原田対ポーン・キングピッチ戦では、セミファイナルを務めた。
世界ランキング6位だった頃、ファイティング原田や日本フライ級王者・斉藤清作らとロードワークをする映像がテレビで放映され、その時の写真が大きなパネルとしてジムに貼られていた。
「関戸会長、凄い時代に活躍されてたんですね!」私は改めて感激してしまった。
当時は日本ボクシングの全盛期で、関戸会長がランキングボクサーになった時には、川崎市のデパートで記念行事がおこなわれた程だったという。
「会長、さぞかしモテたんじゃないですか?」と聞くと、「いや〜、そりゃ、いろいろあったよ! ウワッハッハッハ!」と豪快に笑った。

自分のことに関しては、恥ずかしがってあまり多くを語らない関戸会長だが、ジムのことや、選手、練習生の話になると身を乗り出して熱弁をふるう。
現役を引退した後、父上が経営していた剣道場を継ぐことになった関戸会長は、剣道場とボクシングジムを一日おきに切り替えて運営した。自身も剣道を一から勉強し、その魅力にはまっていった。
6年ほど経ち、その道場を弟さんへ譲って、横浜市瀬谷区に現在のジムを建てた。ここでも、初めは剣道場を一日おきに開講していたが、時代の流れ(剣道人口が減少しているらしい)で経営が厳しくなり、ボクシングジム一本の運営になった。
拳誠ジムでは、剣道の精神を重んじ、練習前と終わりには神前に正座し、黙想と礼をすることになっている。
「ジムを始める時に、ボクシングを通じて青少年育成を中心に考えたんだ。強い選手を育てることを目的とせず、楽しんでやっていこうと決めたんだ」と、関戸会長は語った。
「ここは“心身鍛錬”の場だ! ズバッと言ってやるし、ビシビシ言ってやる。平手打ちやゲンコツをくれてやることもあるさ。『言うことが聞けないヤツややめろ!』って言ってやるんだ。でもやめねぇんだよ。不思議と・・・ウワッハッハッハ!」厳しいが、皆この豪快な笑いの虜になってしまうのだろう。
「俺はな、お前がうちの門下生だから言ってるんだ。普通は言いにくいこと言ってくれやしねえぞ。関係ないやつならうるさいこと言わねえよ! まず自分を大事にしろ。自分の人生を大事にしろ!」と諭すのだ。独特の哲学で青少年にぶつかってゆく関戸魂に、思わず「うん、うん、なるほど」とうなってしまった。
「手間のかかるのも面白れえ、いろんなヤツがいるさ、本当に楽しんでるよ! ウワッハッハッハ!」豪快な笑いがジム一杯に響き渡った。
「俺はインターネットの“イ”の字も分からねえんだよな」という関戸会長の為に、今回の原稿がアップされたらプリントアウトしてプレゼントすることを約束した。
ボクシングの古き良き時代を知る豪傑には、今後とも、もっともっと照れずにいろいろなことを聞かせていただきたい――そんな風に思った。
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