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「負けても引きずるな。少しだけ反省しろ。負けは忘れろ。勝ちだけ覚えておいて、あとは続けることだ。そしたら運やチャンスはやって来るんだ!」
諦めないで続けることによって、何かを掴むことが出来る――。それを自らの人生で証明し、若者たちに訴え続ける“本物の男”と7年ぶりに再会した。
国内最年長プロボクサー・横田広明氏(横田ジム会長)から紹介された今月の“戦士”は、「戦士と語る」始まって以来の2度目の登場となる、元WBA世界フライ級チャンピオン花形進さん(現・花形ジム会長)だ。
( 戦士と語る Vol 10)
“写心家”山口裕朗氏と共に、横浜線鴨居駅近くの花形ジムを訪ねた。7年前、まだ私が新田ジムを開設する前に、帝拳ジムの元スラッガー打越昌弘氏も一緒に同行してここを訪れたことが懐かしい。
冒頭で「7年ぶりに再会した」と書いたが、実は私がジムを開設した後も懇意にしていただき、同じ業界人として親しくお付き合いをさせていただいている。
ただ、「戦士と語る」の取材という関係での時間は、まさに7年ぶりだったのである。ついこの間のような気がしたが、本当に月日の移ろうのは速いものだ。
7年前と同じように、花形会長は会長室で自らコーヒーを立てて我々に出してくれた。「近くに“ららぽーと”っていうスゲエのが出来たからよ、そこでメシ食うべえ」“ららぽーと”とは約370店舗のさまざまなショップやレストラン、カルチャー施設の集積した、花形ジムから歩いてすぐの場所に出来た、神奈川県最大級の商業施設だ。
「うなぎ食うべえ、うなぎ」と言う花形会長に連れられ、我々は“ららぽーと”のレストラン街で、うな重を頬張りながら会話を楽しむことになった。
「最近のヤツらは負けるとすぐ辞めちゃうのが多いんだよな」5度目の挑戦で世界を奪取した不屈の男は、7年前と同様に「諦めないこと」の大切さを説く。
「就職で辞めちゃう大学生も多いんだけどさ、どうせ仕事は一生やらなきゃならないんだから慌てることはないんだよ。ボクシングは今しか出来ないんだよ。50歳、60歳になって、あの時やっぱりやっておけば良かったって思うんだよ」
花形ジムには10敗以上している選手が数多くいるらしい。諦めずに何度でも立ち上がる花形会長のジムならではである。
負けても、壁にぶつかってもまた立ち上がる。目標に向かって進むことが大切。そんなテーマで、テレビのドキュメント番組が企画されているといった話もあるらしい。
とにかく、花形会長は時間が経っても基本的に変わらない。7年前と同じように「続けること」の大切さを叫んでおられた。
また、日本プロボクシング協会で“キッズ”の育成に力を注ぎ始めたという話題になると、ボクシングが子供達へ良い影響を与えることにも言及された。
「ボクシングやる子ってのは、どっちかって言うと礼儀正しい子が多いんだよ。皆、勘違いしちゃうんだよな。ほとんどのヤツが普通の子よりも礼儀正しいもんな」
それは私も日ごろから感じていることの一つだった。仮にヤンチャな子だったとしても、それを更正させ、努力することやルールを守ることを覚えてゆけるのがボクシングなのだ。今後、キッズボクシングが日本の文化に根付いてゆくことを期待したい。
「いや〜、それにしてもジム経営は大変だよなあ・・・」突然、現実的な話題になり、花形会長は苦笑いをした。昨今、子供の数が減っていることや、他の格闘技の人気などの影響を受け、ボクシングジムに入門する若者の数が激減している。
「ま、ジムは儲からないけど、好きなことやって食べていけるんだから幸せなことだよな。何でもホドホドがいいんだよ」常に楽天思考の花形会長は、また明るい笑顔に戻った。
「考えてもどうにもならない。なる様になるのが一番。ま、俺も1時間くらいは考えるけどな。ハハハ」こうして花形会長は、事を成し遂げ続けてきたのである。


花形会長は、今でもサンドバッグを叩いてパンチを磨いている。引退後に“花形スペシャル”という必殺パンチを編み出したとのことで、食事が終わった我々は花形ジムに戻ってそのパンチを見せていただくことになった。
「これ、見てみろよ」という花形会長の拳には、人差し指の第一関節に大きなタコが出来ていた。「こいつぁ、練習の賜物だんだよ・・・」と不適な笑いを浮かべた。
「ここでこうやってフックを打つんだよ。やってみな」人差し指の第一関節に、全体重を乗せて打つピンポイントのパンチだ。私は言われた通り打ち方で、花形会長の持つミットに左フックを打ち込んだ。
「痛っ!」弱々しく左手を抑えてうずくまる私を情けなさそうに眺めながら、「じゃ、本物を見せてやるよ」と、再び不適な笑いを浮かべ、私の持つミットに“花形スペシャル”を打ち込んだ。
「痛っ!」今度はミットを持っていた私の手がビリビリとしびれてしまった。「こりゃ、凄いパンチですね」はじめは「まあ、冗談半分のパンチだろう」と、軽く見ていたのだが、とにかく凄いパンチだった。
「パンチは磨いているけど、スパーリングはやらないよ。入れ歯がずれちゃうんだよ・・・」どこまでが真面目な話なのか、時々解らなくなってしまう花形会長だが、とにかくスケールの大きな“本物の男”として私の目には映っていた。
会長室に飾られた額に、花形会長の直筆のメッセージが記されていた。
「チャンピオンへの道〜成功への時間的、金銭的投資を一切惜しまぬこと。俺達はスターだ。リングは舞台だ。お客様は観客だ。トレーニングは舞台裏で血と汗でやれ。涙でやれ!その結果を舞台であるリングの上で堂々と発揮せよ!俺達はスターなのだ。ボクシングが他のスポーツと異なることを理解せよ。自らの時間は自らが作らなければならない。若さは最大の武器である。継続は力なり!」
花形会長の生き様と哲学が集約されているようなメッセージだった。
数週間後、神奈川県下のボクシングジムで構成される「神奈川拳志会」主催のスパーリング大会が、横浜の大橋ジムで開催された。
キッズ、女性、デビュー前の選手達が、熱戦を繰り広げたその大会の閉会式で、花形会長は「神奈川拳志会」の会長として挨拶をおこなった。
「皆が一生懸命ファイトしたこのスパーリング大会から、もしかしたら将来のオリンピック選手が生まれるかも知れない。プロボクシングのチャンピオンが生まれるかも知れない。勝った人は、ますます一生懸命頑張って、負けた人もまた立ち上がって進んでもらいたいです。本当に今日はご苦労様でした!」
花形イズムが、ずっとずっと次の世代にも継承されていって欲しい――私は花形会長の話を聞きながら、そんなふうに感じていた。
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