その54 阪東タカ(ワンツー)


写心 山口裕朗



 「ボクシング、あんまり好きじゃないんですよね。でも、あの試合は今まで戦った中で一番面白かった・・・」
2007年3月22日、東京後楽園ホールでおこなわれた、真鍋圭太(石川)との10回戦で判定負けを喫した試合を振り返り、彼はニコニコしながらそう語った。
発する言葉の一つ一つに、独特のボクシング人生を歩んで来た男の魅力が見え隠れしていた。

 阪東ヒーロー(ファミリーフォーラム)に紹介された今週の“戦士”は、実の兄である阪東タカ選手(ワンツー)だ。ヒーロー、タカ、そして従兄弟である阪東竜(三迫)の3人は、“阪東ブラザーズ”として注目を浴びている。

 初めて訪れたワンツージムの会長は、なんと東京五輪金メダリストの桜井孝雄さん。さすがに“金メダリスト”のジムは大きくて綺麗だった。
 女性やサラリーマンなどのフィットネス会員が中心で、あまり選手は多くないのだが、タカ選手の半径数メートルだけは、プロのボクシングジムの雰囲気をかもし出していた。
 同行した写心家・山口裕朗氏が、練習を終えたタカ選手と、専属トレーナーの山本悟氏の二人にカメラを向けると、それまでの厳しい表情は崩れ去り、漫才コンビのようなノリで我々を楽しませてくれた。

 「少しタカさんをお借りしますね」そう言って、我々は近くのファミリーレストランで食事をしながら会話を楽しむことにした。

「オレ、ボクシング界のこと全然知らないんですよ。どんな階級にどんな選手がいるとか、全く知らないんです。すいません・・・」
のっけから申し訳なさそうにしているタカ選手だったが、「大丈夫。この人も現役時代、自分の階級のチャンピオンが誰だか知らなかった人ですから」と、写心家・山口裕朗氏が私の顔を見ながらニヤニヤしていた。

 阪東タカ――本名は隆徳(たかのり)という。1977年、愛媛県生まれの29歳。11勝(9KO)13敗2分というKO率の高いハードパンチャーだ。
 「小学4、5年生の時、サッカークラブでの練習中に、突然オヤジに拉致されてボクシングジムへ連れて行かれたんですよ」弟のヒーローも一緒に連れて行かれ、2人のボクシング人生は、こうしてスタートした。
 当時まだ子供だった2人にとって、ボクシングジムは恰好の遊び場という認識しかなかった。

 やがて17歳になったタカは、テストを受験してプロボクサーの仲間入りをしたのだが、彼にとってのボクシングは“遊びの延長”という独特の哲学で構築されていた。
 デビュー以来、4連敗と戦績の振るわなかったタカは、当時愛媛で面倒を見てもらっていた門田新一会長(現・ファミリーフォーラムジム会長)に、「東京へ行け!」と言われ、19歳の時に上京し、三泊一門会のランドジムに預けられた。
 ピザの宅配などのアルバイトをしながら試合を重ねた阪東タカは、なんとその年の東日本新人王に輝いた。
 
 遅れて上京し、ファミリー・フォーラムジムを開設した門田会長の下へ移籍したタカは、引き分けを挟んで6連敗をしてしまった。「いや〜、新人王獲って天狗になっちゃいましたね」タカは振りかえって笑った。
 「こんなもんかな・・・」と、一時は悲観的になりかけたが、結局その後も10年近くボクシングを続けることなる。

 昨年、同じ三迫一門会のワンツージムに移籍した――。
 “KOセンセーション”真鍋圭太(石川)との試合が決まり、「これで負けて引退」と周囲の誰もが思っていた。自分自身も辞めるつもりでいた。
 ところが、試合ではタカが真鍋から2度ダウンを奪う大激戦となった。真鍋はかなり足に来ていたのだが、結果は3−0の判定で“KOセンセーション”の右手が上げられた。

 負けはしたものの、この試合で阪東タカの評価が急激に上昇した。

 「いや〜、しかし真鍋はパンチが違いましたね。ジャブからして違いましたよ・・・。でもあの試合は今まで戦った中で一番面白かった。実はオレ、真鍋圭太の隠れファンだったんすよ!」
 そう言っておどけるタカだったが、評価の上がった今、「もう少し続けてくれ」という声に背中を押されて再び走り出すことになったのだ。

 ジムで漫才コンビのように我々を楽しませてくれた、トレーナーの山本悟氏は、タカと同じ愛媛の出身。タカを支える人間の一人だ。
 4つ年下の山本トレーナーに、小さい頃ボクシングを教えたのは阪東タカだというからびっくりである。教え子をトレーナーに付けるという話はあまり聞いたことがないが、2人の場合は全く違和感なく関係が成立している。
 「あいつはオレと違ってボクシングが大好きなんです」古今東西の大抵の選手は知っているというからすごい。そんな組合せが、ちょうど2人の関係をうまく保っているのかも知れない。

 タカに将来の夢を聞くと、「保育士ですね」と、すぐに答えが返ってきた。ボクシングに対する感情とは異なる、熱い思いを感じた。
 「幼稚園時代から憧れていたんですよ。子供は好きですね。なんか自分と通じるところがあるんですよ。ハハハ・・・」タカは子供っぽい笑顔そう語った。
 資格を取得する為には、専門学校を卒業して国家試験を受けなくてならない。今は“大検”に向けて勉強中なのだそうだ。

 「試合はあと1戦か2戦で終わりかな・・・」タカ自身、引き際を考えているようだった。引退後は、情熱を持って保育士の道に歩むに違いない。
 「とにかく相手は強くなくっちゃ面白くない」最後の最後まで、ボクシングは“遊びの延長”という哲学を持つ阪東タカだからこそ出てくる言葉だと思う。
 きっとこの考えには批判もあるかも知れない。しかし、小学生の時に父親に放り込まれたボクシングジムで、弟のヒーローと共に遊びながら育った阪東タカにとって、それは自然のことに過ぎない。

 彼はきっと、最後の最後までその哲学で戦い続けることだろう・・・



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●新田 渉世 (にった しょうせい)
1967年生まれ。92年横浜国立大学卒業。96年東洋大平洋バンタム級タイトル獲得。97年引退。98年米国サンフランシスコへ移住し、『ワールドボクシング』誌にて「ショーセイのアメリカボクシングライフ」連載開始。99年『Talk is cheap』にて「戦士と語る」連載開始、同年ケンウッド入社。03年2月神奈川県川崎市に新田ボクシングジムをオープン、同年ワールドボクシングwebサイト上にて「新米ジム会長奮戦記」連載開始。04年東日本プロボクシング協会書記担当理事に就任。

新田ボクシングジムHP
http://www.nittagym.com/

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