|
「“ボクシングは騎士道だ―”大学時代に受講したボクシングの授業で、元メルボルン五輪代表だった先生から聞いたこの言葉が、オレとボクシングを結びつけたんだ・・・」
尖ったナイフのようなオーラを放つ64歳のクールな男は、自らデザインした異国情緒溢れる薄明るいアトリエでニヤッと微笑んだ。
石川ジムの田野ブラザーズから紹介された今月の戦士は、Kカントリージムの星野厚雄会長だ。
星野会長と、お会いしてちゃんとお話をするのはこれが始めて。田野ブラザーズからのご紹介とはいえ、ちょっと緊張しながらの訪問だった。西武池袋線入間市駅まで約1時間半。「戦士と語る」では久々の遠出となった。
“Kカントリー BOXING GYM”というお洒落な看板は、レストランバーか何かを連想させるような雰囲気だった。
扉を開けると、西洋のお屋敷のような広いリビングから関係者らしき人が出てきて、星野会長を呼び出してくれた。髪を短く刈り、浅黒く日焼けした若々しい雰囲気の星野会長が登場した。
「こんにちは。今日はよろしくお願いします」と挨拶を交わすと、「ウチみたいな小さいジムでよかったのかなあ・・・」と、しきりに謙遜されていた。「2階がジムなんですよ」と、外階段を上がって、夕暮れ時のKカントリーボクシングジムへ案内された。
扉を開けると、こじんまりしたスペースではあるが、センスの良いレイアウトと色使いで構成されたジムが眼前に現れた。
赤っぽいシートを床に敷き詰めた手作りのリング。外から窓越しにオブジェのように見えるサンドバッグ。建物そのものが芸術的な様相を見せている。実は星野厚雄会長は、建築家としても活躍されている方だった。このジム、そして建物全体が星野会長の設計によるものだった。
“K”はKnockout(ノックアウト)のK、“カントリー”は田舎町をイメージしてネーミングされた

「まあ、入って、入って」と、私を中に招き入れると、星野会長はリングの奥のサンドバッグ打ちのスペースや更衣室など、アメリカの雰囲気をかもし出すジム内を見せてくれた。「テキサスが好きでねえ、こんな本も出してるんですよ」と、“GO TEXAS テキサスへ行こう―ほしのあつおのスケッチ旅”という著書を見せてくれた。何と星野会長は、日本とアメリカの田舎街を3000枚以上書き続けているスケッチライターとしても活躍している人物だった。
http://bookweb.kinokuniya.co.jp/htm/4938894580.html
その他にも数冊の著書を出版している多彩な星野会長は、1943年、埼玉県入間市生まれの入間市育ちで64歳。他界した私の父よりも1歳年上だが、とてもそんな年齢には見えない。
かつて米軍基地(ジョンソン基地)があった入間で、アメリカを身近に感じながら成長した為か、アメリカナイズされたその雰囲気は、10歳くらい若く見える。

「じゃ、下へ行ってみましょう」案内してくれたその建物の1階は、星野会長が主宰する建築デザインチーム“独楽蔵(KOMAGURA)”
http://www.komagura.jp/ のオフィスとなっている。
「こんなものも書き溜めているんですよ」と、そこで見せてくれたスケッチのアルバムには、ボクシングの様々なシーンが描かれていた。
プロテスト会場でスパーリング審査に挑む直前のテスト生、ホール2階席でブツブツと実況の練習をしている新人アナウンサー、普段見ることのないリング下の様子、壁に設置されているタンカ、・・・。ボクシングを普段と違うアングルで観察する、面白い作品ばかりがファイルされていた。
「いつか本にしたら面白いと思うんだよね。きっとボクシングの人気に繋がると思うんだ」そう言って星野会長は笑った。
「是非、本にして下さい!」私は、とても面白いと思った。何と言ってもスケッチが本当に上手い。魅力的である。そして、こうした普段は意識していない角度でボクシングを捉えている書物がなかなか存在しない。そんな理由で、私はこのスケッチ集を是非とも多くの人に見てもらいたいと思った。

“ボクシングは騎士道だ―”ボクシング部に所属していたわけではなかったが、明治大学建築学科時代に受講した体育のボクシングの授業で、元メルボルン五輪代表だったという先生から聞いたこの言葉が、星野さんとボクシングを結びつけたという。大学卒業以来、ずっとボクシングから遠ざかっていた星野会長の心の中には、いつもこの言葉が残っていた。
二つの拳で殴り合う最も原始的な競技でありながら、試合後にお互いを称えて抱き合う。「こんな競技他に無いでしょう。ボクシングをやった人間が、政治や社会に進出してゆけば、世の中の秩序がきっと良くなると思うんです」
大学を卒業して年月が経過し、星野さんは建築家として活躍するようになっていた。ある日、知人から石川ジムの故・石川圭一会長を紹介され、星野会長と石川ジムとの関係が始まった。「あそこは何か居心地がいいんだよね」“江戸っ子”だった先代の石川圭一会長は、星野会長の大好きな人間の一人だった。今回、星野会長を紹介してくれた田野ブラザーズと現・石川久美子会長、そして石川ジムは、星野会長にとって特別な存在であった。
40台半ばを過ぎた頃、星野会長はやり残したことを拾い集めるかのように、自らのジムをオープンしたのだった。
現在、塩沢実氏、野口雅和氏、そして元アマチュア東京都チャンピオンで“おやじファイト”にも出場経験のある国分清志氏の3名が、ジムの選手や練習生の面倒を見ている。
「夜勤明けだって言って、朝から練習に来るヤツもいるんです!」と、星野会長は嬉しそうに笑う。
石川先代会長は晩年、車椅子で体の自由が利かなくなってからも、元・日本王者のリック吉村に対してひと言アドバイスをしただけで、スパーリングの内容がガラッと良くなってしまったという。「師弟の信頼関係がもの凄かったんですね。学ぶことが山ほどあります」
64歳とはとても思えない若々しい雰囲気の星野会長は、まだまだ学ぶ心を持って生きておられる。
「まあ、こんな小さなジムだから、“井の中の蛙”と言ったらそれまでだけど、“井の中”にも学ぶことが山ほどあるんですよ・・・」
書家だった父君の書いた「随処に楽しみあり」という言葉が座右の銘になっているという。「“井の中”にさえも楽しみ、そして学ぶことを見出すことが出来るのだ」ということだろうか・・・。
“質素さの魅力”がジムのコンセプトだという。ジムだけでなく、オフィスの雰囲気も質素かつ面白み、重み、温かみを感じる。それはアメリカ―しかも「古き良きアメリカ」を感じる空間となっている。星野さんは、「古き良きテキサス」と表現していた。
息子さんと娘さんがいるが、娘さんは現在サンフランシスコに住んでいるという国際的な家族である。

「僕も昔、サンフランシスコに1年ほど住んでいたんですよ!」思わず自分の話をしてしまった。星野さんも、「へえ、そうなんだ。やっぱりアメリカはいいよね」と、そんな話でも意気投合してしまった。
一通りの取材が終わると、「ショットバー、すし屋、ワインバー、どれがいい? どれもなかなか旨いんだよ・・・」と星野さんの方から宴に誘っていただいた。同行したフォトグラファーの山口氏が、「ワインがいいです」とボソリと言うと、ワインバーへ向かうこととなった。
途中、選択肢の一つだったすし屋さんの前を車で通ると、何とも近未来的な建造物だった。「あれも私が設計したんですよ」と、星野さんが言う。
これまでに全国で400件以上もの建築をデザインしてきている建築家・星野厚雄の作品の一つを見ることが出来たのだ。“独楽蔵(KOMAGURA)”といい、このすし屋といい、「凄い人なんだなあ」と改めて思った。
強い選手を育てることが目的ではなく、「“騎士道”であるボクシングを追及している」星野会長に、少なからず共感した。
「今度、東京で飲もう」―そう言ってくれた。とても嬉しかった。
|