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「次に来る時はベルトを持って来ます!」ソウルに住む彼女のお父さんにそう豪語した男は、“愛のパワー”を原動力として大きな夢に向かって突っ走る。
快活に笑うミドル級にはストイックなイメージはあまり無い。過去に乗り越えてきた苦難など微塵も感じさせない爽やかさを持っていた。
先月の戦士、松橋拓二選手(帝拳)に紹介していただいたのは、伊藤 純選手(三迫)だ。
「一回、一緒にメシ食っただけなんですけどね・・・」伊藤選手は苦笑していたが、意気投合した二人は旧知の仲のような関係になったという。
私と“写心家”山口裕朗氏は、夕暮れ時の新宿アルタ前で伊藤 純選手と待ち合わせた。

近くの居酒屋へ入り、3人はウーロン茶を飲みながら団欒を楽しんだ。
昭和53年4月生まれの28歳。12歳までは父親の転勤先だった大阪で育ったが、その後家族で東京へ戻り現在も両親と共に暮らしている。
子供の頃はいわゆるガキ大将だった伊藤選手だが、水泳で渋谷区1位となるなど、やはり運動神経は秀でていた。
中学、高校ではヤンチャぶりを発揮するようになり、少しばかり道を踏み外したこともあったようだ。それでも両親と兄ふたりとは割りと仲良く過ごしていた。
その後、様々な苦労を重ねた末、22歳の頃に体調を悪くしてしまった伊藤青年は、医者にかかったところ運動をするように勧められ、空手道場に通うようになった。
「K−1の下にK−2という競技があって、その空手道場に通いながら何度か試合に参戦してました。結構楽しんでやっていました」―そうして少しずつ体力を取り戻していった頃、その空手道場に出入りしていた三迫ジムトレーナーの福田健吾氏と出会ったのだ。
「ボクシングやらねえか?」1年くらいしてから、そんな電話が福田トレーナーからかかってきた。
動きを見ていて、福田トレーナーは「向いてる」と思ったに違いない。小さい頃から、辰吉丈一郎や畑山隆則の活躍を見て「いいなあ」と思っていた伊藤青年は、二つ返事でボクシングの世界へ飛び込んだ。
三迫ジムに入門した伊藤青年は、コツコツとトレーニングを重ね、25歳でプロデビューを果たした。三迫ジムと言えば、先輩の輪島功一氏も25歳でプロデビューして世界チャンピオンになっている。階級も近いし、何か因縁めいたものも感じられる。
デビュー戦をKO勝利で飾り、翌年は東日本新人王トーナメントの決勝まで駒を進めている。現在、割りと順調に戦績を伸ばしていると言っていいだろう。
「目標はイチローと肩を並べることですかね」「ラスベガスで試合やってみたいですね」と、ビッグマウス気味だが決して嫌味がなく、聞くものを楽しくさせる才能を持っている。
「父は試合の応援に駆けつけてくれますけど、母は『見たくない』と言って来ないですね・・・」ヤンチャだった割には、家族の仲がとても良いようである。
昼間は古紙のリサイクルの仕事をしている。「朝は早いんですけどね、午後3時くらいに終わるんでいいですよ」幡ヶ谷の自宅から東武練馬にある三迫ジムまで、約40分の道のりを毎日通い、夜7時くらいからジムワークを開始する。
「そのリサイクルの仕事で、金子ジムの伊藤俊介君と知り合ったんですよ」たまたま同じ会社で、元日本ライト級チャンピオンの伊藤選手が働いていたというから奇遇である。
「いろいろ話をするようになって結構刺激受けてますね」―年齢も近く、まだまだ上を目指す二人は、良い意味でライバルとして切磋琢磨しているようである。
現在、11戦8勝(6KO)3敗―。9月11日に初めてのメインエベントで2ラウンドKO勝ちをおさめた伊藤選手だったが、試合の2週間前に足首を捻ってしまい、骨にヒビが入り、靭帯を損傷するという大ケガに襲われていた。
ボクシングシューズではなく、ジョギング用の運動靴を履いてスパーリングをした際にひねってしまったらしい。
最近は、足首のカットが浅いレスリング用シューズや、ボクシングシューズでもカットが浅くなるようにわざと足首部分を折り曲げて履いたりするのが流行っているが、試合の動きの中で、ボクシングシューズのハイカットは足首を守る機能があるのだと思う。
しかし、レスリングシューズや、足首部分を折り曲げた履き方は、特に疲労が溜まっている時のスパーリングなどで足首を痛める可能性が高いような気がするが、どうなのだろうか。
どちらにしても「ジョギングシューズでのスパーリングは危険だ」という教訓を学びつつ、伊藤選手はケガを乗り越えて結果を出したのだった。
福田トレーナーは、「いろいろな条件を考えると出来栄えは70点」と評価してくれた。
「福田トレーナーはとっても熱い人ですね」伊藤選手は、ボクシングの世界へ入るきっかけとなった師匠をこう表現する。「毎日しっかり面倒を見てくれます」信頼関係は固いようである。
「休みは家でのんびりしてますね。最近は読書にはまってます」という伊藤選手。“気”に関する本など、スピリチュアルな内容のものをよく読むらしい。「仕事が古紙のリサイクルですから、結構面白い本を見つけることがあるんです」―なるほど、読書好きにはもってこいの職種である。

そしてもう一つ、私は伊藤 純選手のとびきりの秘密を聞き出してしまった。
「実は彼女が韓国にいるんです―」なんとソウル在住の韓国人女性と、国際遠距離交際をしていた。
たまたま彼女は、在日韓国人の従姉妹の家に遊びに来ていた。ある日、その従姉妹と東京見物を楽しんでいたところ、偶然、友人らと街を歩いていた伊藤選手と出会った。
伊藤選手は彼女を見て一目惚れ。「なんか運命的なものを感じたんですよ」と、照れながら笑った。単なるナンパとどこが違うのかよく分からないが、彼女をお茶に誘うとなんとOK。「彼女も運命的なものを感じたって言うんですよね」彼女の従姉妹に通訳をしてもらいながら、楽しいひと時を過ごしたのだった。
翌日、なんと彼女の方からもう一度会いたいという連絡が入った。「うぉ〜、マジかよ!」狂喜乱舞した伊藤選手は、彼女のもとへ飛んでいった。
帰国までの数日間、毎日会って愛を育てていった。言葉はまるで分からない。それでも本当に運命的なものを感じたのだろう―彼女の帰国後も、二人の交際は続いたのだった。
「ここ3戦ほどは、試合の後、彼女に会いに韓国へ行ってるんです」今回も9月11日の試合の後、約1週間の日程で韓国へ行ってきた。「今回は彼女のご両親に挨拶に行ってきたんですよ」独学で勉強して、少しだけ喋れるようになった韓国語を駆使して、なんとか彼女のご両親に誠意を示してきた。
「次に来る時はベルトを持って来ます!」彼女のお父さんにそう豪語してしまった伊藤選手だったが、思いは本気だった。
「こんな気持ちになったの初めてですよ」今の伊藤選手の原動力は、間違いなくこの韓国の彼女なのである。このことを書かずに伊藤 純は語れないと言っても過言ではないのである。
しかし、プライベートなことをどこまで書いていいか迷うところだったが、「全然問題無いですから!」と快く許しを得ることが出来た。携帯に保存してある彼女の写真を見せてもらったが、“写心家”山口氏が「こりゃ参った・・・」と唸るほどのベッピンさんだった。
「今回は彼女の話をメインで行きましょう!」3人の意見が一致してしまったので、たっぷり書かせていただいた。ボクシングの話題からはずれてしまったかも知れないが、これが「戦士と語る」スタイルなのでお許し願いたい。

お父さんとの約束を、きっと果たして欲しい。他人のことながら、そんなふうに思った。彼女はバレリーナを目指す学校に通っていて、来春卒業したら日本に移住する予定だという。素敵な明日をつかんでくれ・・・。
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