その44 帝拳ジム 松橋拓二選手


PHOTO BY 山口裕朗



 「プロになって5年目。まだ一度も北海道には帰ってないんです。友達の結婚式に出られなかったのが心残りですが、やっぱり手ぶらじゃ帰れませんから・・・」
 「手ぶらじゃ帰れない」―それは「ベルトを巻かずには帰れない」という、“真っ直ぐな男”の並々ならぬ決意の表れだった。

 先月の“戦士”松田直樹選手(コーエイ工業小田原)からの紹介で、日本ウェルター級2位の松橋拓二選手(帝拳)を訪ねた。
 松橋選手は、帝拳ジムでの出稽古が多い松田直樹選手と仲がよく、ボクサーが多く通うことで知られる東十条の“柳湯”という銭湯へ一緒に通う“風呂仲間”でもあるという。

 秋の匂いを感じ始めた9月の初旬、松橋選手と私は飯田橋駅の改札で待ち合わせた。「すみません。今練習を終えたところです。すぐ行きます!」と私の携帯にメールが入った。今回会うのが初めてだが、こうしたところから律儀さが伝わってくる。「慌てないでゆっくり来て下さい」と返信してしまうのが人情というものだ。
 「こんにちは!遅れてすみません」浅黒く日焼けしたSウェルター級が、無精ヒゲをたくわえたワイルドな笑顔と共に爽やかに登場した。初対面にもかかわらず、その人柄がにじみ出ていた。「楽しくやれそうだ―」私は直感的にそう感じた。



 1978年、北海道札幌市で男4人兄弟の次男坊として産声を上げた松橋選手は、今からは想像出来ないほど小さくて白くて体が弱かった。普通の人なら舐めて直る程度のキズでも化膿してしまい、病院へ行かなくてはならないなど、とにかく異常に虚弱体質だった。
 その割に外で遊ぶのが大好きだった。「でも俺、“さみしんぼ”で、遊んだ後に分かれる時間が来ると悲しくなっちゃう子供でしたね」
 そんな松橋少年、保育園児時代に履いていたサンダルが「あしたのジョー」のデザインだった為、幼少期からボクシングへの憧れを持っていたという。「ガリガリに痩せていたんで、アーノルド・シュワルネガーみたいな体への憧れもありました。とにかく強い男になりたかったんです」

 中学2年になると、当時北海道に2つしかなかったジムの一つに、自転車で40分をかけて通うようになった。そして、すっかりボクシングにハマッてしまった松橋少年は、高校へ進学せずにプロになるつもりでいた。
 「ところがですね・・・、僕はお婆ちゃんっ子だったんですけど、そのお婆ちゃんから『高校は出ておいた方が絶対いいから』って説得されて、しぶしぶボクシング部のある高校に進学したんです」
 私自身も、小学校の時に「あしたのジョー」の生き方に憧れてボクサーを志し、中学卒業後は高校へ進学せずにプロを目指すつもりでいたが、母親に説得されて高校に進学した経験があったので、彼には妙な親近感を抱いた。
 「またまたところがですね・・・、その高校に入学すると、なんとボクシング部が無いんですよ。名前だけはあったんですけど、実質的には潰れちゃってたんです」やむなく体操部に所属したものの、どうしてもボクシングをやりたかった松橋少年は、部活の後に教室で机を端によせて、ひとりで黙々とシャドーボクシングの練習を重ねていた。

 高校2年生になり、「大会に出たい・・・」と淡い思いを抱くようになった松橋少年だったが、「勉強出来ないクセに、自分のやりたいことばかりやれると思うな!」と、周囲からは厳しい言葉を浴びせられた。
 「俺、ホントに勉強出来なかったんですよ。体育は5だったんですけど、あとは全部1でしたから」悔しくて悔しくて仕方なかった松橋少年は、「ボクシングの為に」生まれて初めて猛勉強をした。「眠気を覚ますためにシャーペンを腿に刺しながらやりましたよ」
 そしてなんと、同じ科の学年トップになってしまった。恐るべき情熱である。少しずつ周囲の理解を得ることが出来るようになった松橋少年は、インターハイ予選への出場を許可されることになったのだ。
 大会では、札幌で一番の強豪を倒して話題となり、新聞で大きく取り上げられた。いよいよ学校側も応援してくれるようになり、練習場も与えられるようになったのである。大した高校生だ。
 高校時代の実績は、インターハイ優勝、国体優勝、選抜大会優勝と、主要なタイトルを総なめにし、28勝(28KO)4敗という輝かしい戦績を残した。



 高校卒業の時期を迎えると、当然のことながら大学のスカウトが訪れ、プロ志望だった松橋少年の心を迷わせた。「ここでまた、決め手になったのがお婆ちゃんなんです。『大学へ行ってオリンピック目指しなよ。こんなチャンス、人生でそうあるもんじゃないよ』って・・・」
 こうして拓大へ進学した松橋少年、改め松橋選手は、アマチュア全日本タイトルを獲得し、2000年のシドニーオリンピックを目指すことになった。
 ところが、本人は「絶対オリンピックへ行く」と思い込んでいたのだが、タイでおこなわれた選考最終予選でウズベキスタンの選手に負けてしまったのだ。
 「これで終わった―」と思った。松橋選手にとってショックは大きかった。帰省して就職しようとさえ思ったという。悩み苦しんだ松橋選手だったが、やはりどうしてもボクシングから離れることは出来なかった。
 アマ通算79勝(69KO)17敗の戦績を残し、松橋選手はプロの世界へと踏み込むことになった。

 いくつかのジムを回ったが、アマチュアで大活躍したホープを歓迎しないジムは無かった。ところがあるジムだけは少し違った。シャドーボクシングをやって見せると、「そんなんじゃ、プロじゃ通用しない。ダメダメ・・・」と手厳しかった。
 「『ここしかない』って思いましたね」松橋選手は、その厳しさの中に“本物”の世界を期待せずにはいられなかった。
 実際、2001年の4月に入門してからというもの、構え方から徹底的に直される日々が続いた。アマチュアでの実績から考えると、すぐにでも試合が出来るレベルのはずだったが、デビュー戦が実現したのは、入門して8ヶ月後の12月のことだった。
 デビュー戦では第1ラウンドKO勝ちをおさめ、以来そのハードパンチを武器に、松橋選手はプロのリングでも暴れまわった。



 朝ロードワークを終えると、昼間はティーラウンジでのアルバイトをして、夕方からジムワーク。自転車で帰宅すると、例の銭湯“柳湯”かサウナで疲れを癒す、という日々―。
 「実は最近あるモノにはまってるんです。生まれて初めて趣味が出来た感じですね」空いた時間は、ダーツにいそしんでいるのだそうだ。自分専用の“マイダーツ”まで購入し、なかなか本格的だ。
 「日曜日は特に用事が無ければ寝てますね。たまに友達とバーベキューやったりしますけど、終わって解散する時間になると、今でも例の“さみしんぼ”の性格が出てきちゃうんですよね。ハハハ・・・」と、あのワイルドな笑顔ではにかんだ。

 現在の戦績は10勝(9KO)1敗1分―。ケガで1年以上のブランクを経験したこともあったが、昨年の「ビー・タイト」では、予告した「全試合KO勝利」は逃したものの見事優勝を果たした。「僕は今年28歳になります。疲れも抜けにくくなってきています。もうカウントダウンは始まっている。いつも最後のつもりでベストを尽くすだけです」と、胸の内を語った。
 「僕が誇れる事は、人に恵まれていること。あとは自分の責任です」信頼する葛西裕一トレーナー、そしてあの浜田剛氏の特別指導を受けるという環境の中、「やるべき事」は結果を出すことのみとなった。
 「やるべき事」―それは、ベルトを巻いて故郷に持ち帰る事だ。「強いチャンピオンに勝ってこそ、価値のあるベルトだと思います」翌日、私の携帯に松橋選手からそんなEメールが届いた。
「強いチャンピオン」とは、言わずと知れた日本・東洋太平洋Sウェルター級王者クレイジー・キムのことだ。容易に夢を実現出来る相手ではないかも知れない。
 それでもこの無精ヒゲをたくわえた“さみしんぼ”が、ベルトという手土産を持って故郷に帰る姿を見てみたい―。そんなふうに思わせるナイスガイだった。




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●新田 渉世 (にった しょうせい)
1967年生まれ。92年横浜国立大学卒業。96年東洋大平洋バンタム級タイトル獲得。97年引退。98年米国サンフランシスコへ移住し、『ワールドボクシング』誌にて「ショーセイのアメリカボクシングライフ」連載開始。99年『Talk is cheap』にて「戦士と語る」連載開始、同年ケンウッド入社。03年2月神奈川県川崎市に新田ボクシングジムをオープン、同年ワールドボクシングwebサイト上にて「新米ジム会長奮戦記」連載開始。04年東日本プロボクシング協会書記担当理事に就任。

新田ボクシングジムHP
http://www.nittagym.com/

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