その43 コーエイ工業小田原ジム 松田直樹選手


PHOTO BY 山口裕朗



 「11連勝しても、ずっとランキングに入れなかった。今年の4月にタイ人に勝って、ようやくランキング入りしたんです。9月に決まっている試合では、絶対にKO勝ちしてタイトル戦をやりたいです!」
 強豪ひしめくSバンタム級で、ついに日本ランキング入りを果たした男は、年齢よりも若く見えるイケメンの笑顔で、内に秘めた闘志を垣間見せてくれた。

 先月の“戦士”三浦数馬選手は、7月17日の試合で6回TKO勝利をおさめた。その三浦選手から紹介された今月の“戦士”は、現在日本Sバンタム級8位にランキングされている、松田直樹選手(コーエイ工業小田原)だ。
 三浦選手とは、よく行く銭湯で知り合った“銭湯友達”だそうだ。この銭湯には、ボクシング関係者がよく来るらしく、「戦士と語る」の輪も結構ここから繋がっていることが多い。
 残念ながら今回紹介されるまでは、松田選手の顔を見たことがなかった為、待ち合わせ場所で見つけることが出来るかどうか少々不安だった。
 しかし、駅の改札を出た所ですぐに彼を見つけることが出来た。やはりボクサーには独特の雰囲気というか、オーラがにじみ出ているようだ。サングラスをかけた、ちょっとイカしたお兄さんがその人、松田直樹選手だったのだ。
 私と目が合うなり、すぐにサングラスをはずしてきちんと挨拶をしてくれ、終始礼儀正しく、温厚な雰囲気で対応をしてくれた。我々は、話をする為に近くの喫茶店へ入った。
 
 昭和51年6月29日生まれの30歳。もっともっと若く見えたのでびっくりしてしまったが、話し方や振る舞いを見ているとやはり年齢相応だった。いや、むしろ本人も気付いていない、ボクシングの世界で戦い続けて来た風格の様なものさえ漂っていた。
 17歳でライセンスを取得し、18歳でデビュー。12年間で35戦を戦い、25勝(9KO)7敗3分の戦績を重ねてきた。
 私の試合数も、34戦と近年では多い方だったが、それを上回って更にこれから上を目指そうというのだから脱帽である。鼻や目の周りがつぶれているボクサー顔ではなく、まさにイカしたお兄さんといった雰囲気もまた魅力的だった。

 ラーメン屋やスナックなどを経営する自営業の両親の下、神奈川県の小田原市で4歳年上の兄と共に生まれ育った。私も小田原市近くの秦野市という所で中学、高校時代を過ごした為、ローカルな話題で結構盛り上がったりした。
 松田少年が「相州連合」という地元の暴走族でバイクを乗り回していた話や、私の地元の友人が所属していた秦野の暴走族、走っていた土地の名前など、「あー、知ってます、知ってます」と、お互いに知っている単語が出てきたので、とても懐かしい気持ちになった。

 松田少年は、小さい頃から4つ上の兄に殴られ続けて育った。「ちょっとアレもって来い」「アレ買って来い」と言われ、「何で俺が行かなきゃいけないんだよ!」と歯向かうと問答無用で殴られ、しぶしぶと従わざるを得なかった。「毎日ぶっ飛ばされてました。ケンカじゃ勝てなかったですね」
 やがて兄はボクシングジムに通うようになり、「このままじゃ一生勝てない」と思った松田少年は、中学3年になると自分も兄と同じボクシングジムに入門した。
 兄とのスパーリングを、そこそここなせるようになってきた松田少年は、「これならいけるかも知れない・・・」と思うようになってきた。
 高校を卒業した兄は、アメリカの大学へ留学し、ロサンゼルスで総合格闘技の世界へ身を投じて、今ではなかなか活躍しているとのことだ。「兄貴はワルやってても、俺と違って頭良かったですからね」今では現地で実家のラーメン屋の支店をオープンし、大ヒットしているというから驚きだ。
 今年、松田選手は稲田千賢(帝拳)対ホセ・アルマンド・サンタクルス(メキシコ)の世界戦を現地観戦しに行き、その際1ヶ月程兄の所に滞在した。「今では嘘みたいに仲がいいんですよ」デラホーヤジムや、ワイルド・カードジムを訪問し、パッキャオの弟ともスパーリングをするなど、貴重な経験を積んできた。
 日に焼けた筋骨隆々の身体を見て、ファイタータイプかと思ったのだが、「いえ、自分はボクサー・ファイタータイプですね。ロサンゼルスでウェイトトレーニングを積んできてビルドアップしちゃったんです」と爽やかに笑った。

 東京の飲食店でアルバイトをしながらボクシングを続けてきた松田選手も、「そろそろ俺も東京で家業のラーメン屋の支店を開こうと思っているんです」と、今後の希望を語ってくれた。既に準備は進んでおり、今は店舗が開くのを待っている状態なのだという。
 現在、仕事場も住まいも東京という松田選手は、スパーリングで交流のあった帝拳ジムでトレーニングをすることが多くなっている。「小田原では地元ということもあって、つい甘えが出てしまったけど、こっちでは目的がはっきりしているし、やらなきゃいけない環境があっていいですね」と、意欲を燃やしている。
 朝は荒川などでロードワーク。「いろいろメニューを変えて、工夫しながら走ってます」少し休んで14時頃からジムワーク。19時頃からスポーツジムでウェイトトレーニング・・・と、ボクシング漬けの日々を送っている。
 「自分は結構追い込むタイプなんですよ。だから練習の合間は、本当に身体を休めることに集中していますね」と、“本物のプロ”というライフスタイルを送っている。

 松田選手は、昨年の「Bタイト」に出場して優勝している。決勝戦では、親友の関口幸生(帝拳)との辛い決戦を乗り越えての優勝だった。「スパーリングをしたり、よく一緒にメシを食う仲ですから・・・。試合前の空気がとても嫌でしたね」と、顔を曇らせた。
 その試合も含めて、目下11連勝―。「11連勝しても、ずっとランキングに入れなかった。今年の4月にタイ人に勝って、ようやくランキング入りしたんです。9月に決まっている試合では、絶対にKO勝ちしてタイトル戦をやりたいです!」
 「Bタイト」の決勝もそうだったが、判定勝利が続いている。松田選手は「次はKOにこだわりたいです。プロである以上、魅せるボクシングをしたいです」と、ビルドアップした身体をを振るわせた。

 時々実家に帰り、愛犬のヨークシャーテリアとマルチーズらと戯れる。両親と食事に出かけたりすることもあるらしい。「こんなに仲が良い家族は珍しいって言われるんです」と、元暴走族だったことを忘れてしまうくらい爽やかな笑顔を見せてくれた。
 9月9日、角海老宝石ジムの平野博規との試合が楽しみである。30歳で36戦目を迎えた松田直樹―どこまで這い上がることが出来るのか注目してゆきたい。




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●新田 渉世 (にった しょうせい)
1967年生まれ。92年横浜国立大学卒業。96年東洋大平洋バンタム級タイトル獲得。97年引退。98年米国サンフランシスコへ移住し、『ワールドボクシング』誌にて「ショーセイのアメリカボクシングライフ」連載開始。99年『Talk is cheap』にて「戦士と語る」連載開始、同年ケンウッド入社。03年2月神奈川県川崎市に新田ボクシングジムをオープン、同年ワールドボクシングwebサイト上にて「新米ジム会長奮戦記」連載開始。04年東日本プロボクシング協会書記担当理事に就任。

新田ボクシングジムHP
http://www.nittagym.com/

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