その41 ドリームジム 中嶋孝文選手


PHOTO BY 山口裕朗



 「尊敬するボクサーは・・・、やっぱり三浦会長ですかね。今でも俺より強いと思いますよ」物静かな語り口で淡々と話す横顔には、さりげなく壁を乗り越えてきた男の自信が見え隠れしていた。

 6月10日に、女子プロボクシング日本フライ級王座を獲得した先月の“戦士”、藤本りえさんから紹介していただいたのは、かつて「国際ジム練習生時代にジムメイトだったんですよ」という、青森県出身のバンタム級ボクサー中嶋孝文選手(ドリーム)だ。
 現在はドリームジムのプロ選手として活躍する中嶋選手を、いつものように“写心家”山口裕朗氏と共に訪ねた。

 ジムへ入ると、スキンヘッドの三浦利美会長(元日本バンタム級王者・クラッシャー三浦)がスパーリング中の選手達にゲキを飛ばしていた。「おー、新田会長!今日は誰の取材?」と言って私のそばに座ると、「あー、そう。中嶋の取材かー!」と、久々にあの“マシンガントーク”(バックナンバー16参照)を聞かせていただいた。
 中嶋選手は、2004年の新人王準決勝、2005年のB級トーナメント決勝の2試合で星を落としてしまっているが、三浦会長は、「新人王の時は、俺の目から見たら勝ってたよ。B級トーナメントの時は、同門対決だったけど間違いなく成長してるのが分かる試合だったね」と、期待の大きさを隠し切れない様子だった。



 そんな話をしている間に、中嶋選手のスパーリングが始まった。私は、正直なところ少し驚かされた。7勝(2KO)2敗という選手にしては、スピードは速いし、攻撃、防御ともに技術は高度―。「中嶋、そこで右のクロスだろ!もうひとつボディまでだ!」という三浦会長の指示に、敏感に反応していた。
 続けて始まった三浦会長のミット練習でも、「そこで、フェイントからの左ボディ!ここだ!」と、要求される数々の高等技術をしっかりとこなしていた。「こんなミット練習をしていたら強くなるだろうな・・・」と、エディ賞、最優秀トレーナー賞を受賞した三浦会長にも、改めて感心してしまった。
「こいつはジムで一番真面目なんだよ。ただね、ちょっと優しいところがあって、相手のボクシングに合わせちゃうんだよね。チャンスって時に行けなかったりしてね・・・」と、愛弟子が可愛くて仕方ない様子だった。

 そんな三浦会長には申し訳なかったのだが、我々は練習を終えた中嶋選手を食事に連れ出し、本人からもいろいろと語ってもらった。 
 「ここにしましょう」と、中嶋選手は小さなイタリアレストランに我々を案内してくれた。それぞれ、手作りのパスタを注文し、いい感じで語らいが始まった。



 青森県でリンゴ農園を営む、父、母、姉、弟、祖父、祖母という大家族の中で生まれ育った中嶋選手は、本来、家業を継ぐべき長男という立場の人間である。「本当はここにいちゃいけないんですけどね・・・」と、苦笑いをしつつも、「ベルトを巻いて帰るのが親孝行だと思ってますから」と、物静かに語った。
 小学校時代は、スキーの青森県チャンピオンに輝いたこともある。中学時代は、野球部のピッチャーやサードで主力選手として活躍した。「こいつは、ホントに運動神経がいいんだよね。青森県でスキーのチャンピオンになるってのはハンパじゃないんだよ。こいつは何かある、って思ったね!」と、三浦会長もその身体能力を絶賛していた。

 中嶋選手は、ヤンチャな若者達が元世界ミドル級王者・竹原慎二の下、短期間でプロテストに挑むテレビ企画=“ガチンコ”というボクシングバラエティ番組に影響を受け、名門・弘前東工業高校ボクシング部に入部した。実は弘前東高校は、三浦会長の出身校でもある。つまり、遠い先輩・後輩の関係なのである。
 そんな中嶋クンだったが、ヤンチャ盛りの少年は、3〜4ヶ月でボクシング部を辞めてしまった。真似事程度で終わってしまったボクシングだったが、同じ青森県出身の畑山隆則と、坂本博之の熱戦を見て再びその心に火が点った。そして、畑山の“自伝”などを読んで更に気持ちは高ぶった。
 「高校を辞めます」突然そう言い出した中嶋クンに対し、「辞めて一体どうするんだ?」と、当時の校長先生は彼を引き止めようとした。しかし、中嶋クンは、「東京へ行ってボクシングをしたいんです」と、抑えようの無い気持ちをぶつけた。
 すると、校長先生は「それなら、いいヤツがいる」と、弘前東工業の卒業生で、当時国際ジムでトレーナーをしていた三浦利美氏を紹介してくれたのだ。
 しかし―、両親からは「上京は絶対ダメ!」と反対された。親戚が皆集まって代わる代わる説得された。その中で、一人だけ理解してくれた親戚がいて味方をしてくれた為、何とか一歩前進することが出来た。「中途半端じゃ帰れないな・・・」16歳のチャレンジャーは、ちょっとだけ戸惑いを胸に、一人東京へ旅立ったのである。

 中嶋クンは、当時国際ジムのコーチだった三浦利美氏を訪ねて同ジムに入門した。そして、三浦コーチと同じ靴底の加工工場で働いた。仕事場も同じ、ジムでもコーチと練習生という一日中一緒の生活が続いた。「特にストレスにはならなかったですね。会長は面白いですから。昼メシの時に頭を剃るんですよ・・・」淡々とした語り口調が妙に魅力的な男だ。
 その後、国際ジムから独立してドリームジムを開設した三浦利美氏について行った中嶋クンは、2003年4月に念願のデビューを果たしたのだ。
 今は銭湯で働きながらトレーニングに打ち込む毎日。先輩がよく通っていたという銭湯で、求人の募集があったのでそれに応募した。
 10時から仕事が始まり、午前中は掃除、お昼からお湯を入れて午後2時半ころから売店の店番をおこなう。掃除はかなり重労働らしいが、「筋トレだと思ってやってます」とプラス思考である。日本の世界タイトル防衛記録保持者である具志堅用高氏も、かつて銭湯の掃除のアルバイトでパンチ力を磨いたという逸話がある。その話をすると、「そうなんですか?!」と、中嶋選手は目を輝かせていた。
 この銭湯はボクシング界と縁の深いところで、帝拳ジムの選手、フラッシュ赤羽ジムの選手らがよく利用するらしい。まったくの偶然らしいが、ボクサー密度の高い銭湯なのだ。
 中嶋選手の他にもう一人、フラッシュ赤羽ジムの選手も従業員として働いているという。「朝は彼と一緒に銭湯から河原までロードワークをしてるんです」と、ボクサーとしての環境はかなり良好のようだ。
 
 昨年の10月にB級トーナメントの決勝で敗れ、デビュー2敗目を喫したものの、今年2月に元・全日本新人王の前ノ園選手(石丸)に判定勝ちした。「今までで一番良かった」と自身が評価出来る試合だった。「これからは、自分のボクシングを見つけて、自分のペースで試合が出来るようになりたいですね」と、向上心も旺盛だ。
 「夢はもちろん“世界チャンピオン”と言いたいですが、今の目標はA級トーナメント優勝です!」今年のトーナメントにエントリーしているので、定員オーバーがなければ優勝を目指して戦うことになる。「既に2度負けているし、もう悔しい思いはしたくないですね」と、終始淡々と語る中に不思議な魅力が感じられる。

「尊敬するボクサーは・・・、やっぱり三浦会長ですかね。今でも俺より強いと思いますよ」と、中嶋選手が言う通り、三浦会長の動きは確かに凄かった。「足、捻挫しちゃってさあ」と言いながら持つミットでは、縦横無尽の動きのパターンを披露していた。技の引き出しの多さには驚かされた。
 「実際、あいつが俺の一番弟子だからね」そんな、三浦会長に鍛えられ、着々と実力を向上している中嶋選手―。「休みは家でゆっくりしています。趣味は特にないですね。銭湯の社長と、他の銭湯めぐりするくらいですかね・・・」周りには“ナカジ”と呼ばれているが、三浦会長には「リンゴ農園やってるから、リングネームは“アップル中嶋”にしよう!」と言われている。
最後に、「世の中に向かって何か叫びたいことはありますか?」という質問をすると、「俺の試合を見ろ!」と、言いかけ、「でも、キャラじゃないですね・・・」と、静かに笑った。その、物静かな語り口の裏に秘められた熱い闘志が、今後どんな風にブレイクするのか、静かに見守ってみたいと思う。




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●新田 渉世 (にった しょうせい)
1967年生まれ。92年横浜国立大学卒業。96年東洋大平洋バンタム級タイトル獲得。97年引退。98年米国サンフランシスコへ移住し、『ワールドボクシング』誌にて「ショーセイのアメリカボクシングライフ」連載開始。99年『Talk is cheap』にて「戦士と語る」連載開始、同年ケンウッド入社。03年2月神奈川県川崎市に新田ボクシングジムをオープン、同年ワールドボクシングwebサイト上にて「新米ジム会長奮戦記」連載開始。04年東日本プロボクシング協会書記担当理事に就任。

新田ボクシングジムHP
http://www.nittagym.com/

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