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「“スローライフ―”朝日が昇り始めた海辺で、サーフボードを抱えてゆったりと波を待っている・・・そんな、自然と一体化している瞬間が好きなんです」
日本王座を狙う男の見せた横顔には、“おっとりとした自然な空気”が漂っていた。
元・アマチュア4冠王からプロ転向した“大物ルーキー”内山高志選手(ワタナベ)から紹介された今回の“戦士”は、現・日本Sライト級2位の長瀬慎弥選手(フラッシュ赤羽)だ。
“写心家”山口裕朗氏と共に、長瀬選手に会うためにフラッシュ赤羽ジムを訪ねたのは、9月に入ったばかりのまだ蒸し暑い夜のことだった。
ジムへ一歩足を踏み入れるなり、強面のマネージャーとチーフトレーナーがこちらを見て「何ですか?」と、太い声で聞いてきた。一瞬たじろぎそうになったが、「新田と申します。長瀬選手の取材にお邪魔しました」と言ったところ、「ああ、そうですか。どうぞ、どうぞ」と、見学者用の椅子を空けて、我々に腰掛けるよう促して下さった。「見かけによらず、以外と優しい人達なのかもしれない・・・」
少し遅れてジムに到着した長瀬選手が、「こんにちは!今日はよろしくお願いします!」と、気持ち良く我々と挨拶を交わしてくれた。直接会って話すのは初めてだったが、雑誌で見た写真では、アフロヘアのやんちゃな感じの印象だったので、その爽やかな礼儀正しさに反対に驚かされてしまった。
内山選手とは、その“大物ルーキーぶり”を噂で聞き知っていた長瀬選手が、「是非スパーリングをやってみたい」と、ワタナベジムに出稽古に出かけて行き、何度か手合わせをしているうちに仲良くなってしまったのだという。
「家が近いというのもあって親近感が増したんです」―埼玉県川口市にある長瀬選手の実家と、同じ埼玉県草加市の内山選手の家はそれほど遠くない。「たまに、メシを食いに行ったりするようになったんですよ」長瀬選手は、少し伸びかけたアフロヘアを揺らしながら笑った。
フラッシュ赤羽ジムは、それほど広いジムとは言えないが、沢山の練習生達が生き生きとトレーニングしている様子が印象的だった。女性の練習生も「こんにちは!」と、次から次にジムにやって来る。やがて川島会長も現れ、ジム内はますます熱気を帯びてきた。
強面のマネージャーとチーフトレーナーは、「何だ、そのパンチはっ!」「違うだろっ!」と、厳しい口調で怒鳴っているのだが、不思議と練習生達の表情は明るい。時折見せるその笑顔が、マネージャーやチーフトレーナーに対する信頼感を表していた。
そんな雰囲気の中でサンドバッグを叩く長瀬選手の表情もまた、一段と生き生きとしていた。「しゃあっ!しゃっ、しゃあっ!」という激しい息使いと共に繰り出されるフック系を中心としたパンチの一発一発は、迷いのない、“一心不乱”の集中力をかもし出していた。
1981年11月18日、埼玉県川口市生まれの長瀬選手は、現在24歳。2001年10月のデビュー以来、9勝(5KO)1分と負け知らずのホープだ。
5月にタイのスナン・サンペットを3ラウンドKOで葬り、勢いに乗っている。次回は11月に試合をおこなう予定だ。
長瀬選手のトレーニングが終了すると、我々は川島会長に誘われ、すぐ近くの居酒屋へ移動してゆっくり話を聞かせてもらうことになった。

長瀬選手がボクシングを始めたのは、中学時代に友人に誘われたのがきっかけだった。「面白そうだ。絶対やってみたい」そう思った長瀬少年だったのだが、親の反対もあり、中学、高校時代は実際にボクシングをすることが出来なかった。
しかし、日体大に入学すると、長瀬青年は親の反対を押し切り、ついに自宅近くにあったフラッシュ赤羽ジムへ入門してしまった。
「“近かったから”じゃなくて、このジムが“気に入ったから”って言えよ!」と、川島会長が笑いながら怒っていた。
「川島会長は、とても優しい人です。よく股間を蹴飛ばされますけど・・・」そう言って笑う長瀬選手を見て、迷いのない、“一心不乱”のサンドバッグ打ちを理解することが出来た。揺るぎのない信頼関係があるから、“今”このサンドバッグに集中出来るのだ。
長瀬選手は両親と兄一人という4人家族の中で育った。「兄はグレていて、母は“群馬県出身”のとても強い女性でした。父は家族の中では馬鹿にされるような、“犬だけが友達”という弱い立場の存在でしたね(笑)」家族のことを語り始めた頃から、だんだん心を開いてくれてきた様子だった。
「父は元レーサーだったんです。ボクはそれをずっと知らなかった。家の中にレーシングカーの写真があったのは覚えてますが、それが父の写真だったとは全く知らなかったんです」普通なら、子供に昔の自慢話をするものだが、彼の父親は全くそれをしなかったらしい。「ずっとダメな親父だと思ってましたが、それを知って見直しました。黙っていたことがカッコいいと思いました」
ボクシングとは関係ない話かもしれないが、自分の父を見直せたことの“喜び”と、父の中に“男の美学”を感じとることが出来た貴重な出来事だったに違いない。
ボクシング専門誌でも紹介されているが、長瀬選手はとてもユニークなアルバイトで生計を立てている。“ベロタク”と呼ばれる自転車のタクシーサービスだ。NPO団体の「環境共生都市推進委員会」が展開しているサービスらしい。アルバイト雑誌でこの仕事を見つけ、ドライバーとして勤めていたが、今では契約社員として管理部門でアルバイトのシフトを組んだりしているという。こんな、ちょっと変わった仕事を選ぶところから、長瀬選手のユニークな一面も垣間見ることが出来る。
「今の目標は、ちょっと図々しいかもしれませんが、やっぱり“世界チャンピオン”になることです。そしていろんな人脈を作って将来の仕事につなげていきたいです」
どんな仕事をしてゆくかは、まだまだ模索しているところだというが、それでもいいと思う。今は“世界チャンピオン”目指して“一心不乱”にサンドバッグを打ち続けて欲しい。
尊敬する人物は、“群馬県出身”の強い母上。好きな言葉は“スローライフ”―。やんちゃなアフロヘアの下の素顔が何となく垣間見えた見えたような気がする。
同級日本王者の木村登勇(横浜光)への挑戦を見据え、“おっとりとした自然な空気”の漂う青年は、川島会長の傍らでニコニコと微笑んでいた。
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