その32 ワタナベジム 内山高志選手


PHOTO BY 山口裕朗



 「アマの実績なんて関係ないです。プロとアマは全然違いますからね・・・」―アマチュア4冠の実績を引っさげて、鳴り物入りでプロに転向した大物ルーキーは、あまりにも謙虚で清々しい青年だった。

 現・日本Sフライ級1位の相澤国之選手(三迫)から紹介された今月の“戦士”は、同じ拓殖大出身のアマチュアエリートで、2005年7月16日にタイのチャンデッド・シスラムカムヘンを1ラウンド35秒でノックアウトして電撃の6回戦デビューを果たした内山高志選手(ワタナベ)だ。
 全日本選手権を拓殖大4年時から3連覇し、2002年度には国体でも優勝―というアマチュアエリートを訪ねて、東京五反田のワタナベジムにお邪魔した。

 ジムに到着すると、渡辺会長が自ら内山選手の練習用バンテージを丁寧に巻いていた。「いやあ、時々会長が片手だけ巻いてくれるんですよね・・・」後で内山選手はそう言って笑っていたが、幸せそうな表情でバンテージを巻く渡辺会長の“お気に入り”であることが、十分過ぎるほど伝わってきた。

 “担当トレーナー制”を採っているワタナベジムだが、内山選手を担当する洪(ホン)トレーナーがこの日はたまたま不在だった為、バックナンバー#48(Vol.11)に登場していただいた“戦士”宮田トレーナーが内山選手のミットを受けていた。「トレーナーによってタイミングが違うので、いろいろ勉強になりますね」と、内山選手はサラッと言っていたが、ボディプロテクターを着けて内山選手のボディ打ちを受ける宮田トレーナーは、「これ(ボディプロテクター)を着けていて、ボディが効いちゃったのは内山が初めてだよ」と、苦しそうに顔を歪めていた。

その日焼けした筋骨隆々とした肉体から繰り出されるパンチは、地元・埼玉県にあるほとんどのゲームセンターの「パンチ力測定ゲーム」で、最高記録をマークしているというだけあって、並みのパワーではなかった。
あるゲームセンターで、あまりに強烈なパンチを何十発と打っているうちに、そのゲーム機から煙が出てきて大騒ぎになったこともあったという。
 力強いサンドバッグ打ちやミット打ちによって、「小柄でガリガリだった」体は、身長171cmとは思えないような大きな上半身と、カモシカのような細い下半身―ボクサーにとって理想的とも言える体躯を作り上げ、並外れたパンチ力を生み出したのだ。

そんな“可能性の固まり”のような内山選手だが、宮田トレーナーの指導に注意深く耳を傾け、ひとつひとつのパンチを丁寧に打つ姿には、アマチュアエリートの“驕(おご)り”など、微塵も感じられなかった。
 会長やその他のトレーナーにもきちんと挨拶をし、私や同行した“写心家”山口裕朗氏に対しても丁寧に対応してくれた。
集中力溢れるトレーニングを終了し、シャワーを浴びて着替えを済ませた内山選手と我々は、ジム近くのファミリーレストランで食事を摂りながら話しをすることになった。

 普通のサラリーマンの次男として、長崎県で産声を上げた内山選手―。生まれてすぐに埼玉県に移住してずっと育ってきた為、故郷といえばやはり埼玉と言える。小さい頃からケンカはよくしたと言うが、「小柄でガリガリだった」という内山少年はいつも負けてばかりだった。
 中学時代には、辰吉丈一郎、川島郭志らの活躍をテレビで観戦して影響を受け、ボクシングの名門・花咲徳栄高校に進学した。「当時は顧問の先生に全く相手にされませんでしたね」という内山少年だったが、2年、3年と少しずつ頭角を現し、高校3年時には、国体準優勝まで上り詰めた。実はこの大会で、現・日本フェザー級チャンピオンの榎 洋之(角海老)と対戦して勝利しているのだが、「プロとアマは全然違いますからね・・・」と、ここでも謙虚な姿勢を見せていた。

 花咲徳栄高校卒業後、これまたボクシングの名門・拓殖大に入学し、大学4年時に全日本選手権で優勝を果たした。そして大学を卒業して1年間フリーで活動した後、拓殖大ボクシング部コーチの紹介で「青和観光株式会社」という会社に就職し、近年では珍しい実業団のアマチュアボクシング選手として活躍した。拓殖大4年時から青和観光時代を通じて、怒涛の“アマチュア4冠”の偉業を果たしたのだ。
 その間、プロのジムからも好条件で多くの“お誘い”があったが、「当時はあまりプロ転向の気持がなかった」という。そして昨年、アテネオリンピック予選で苦杯を舐めた後は、ボクシング人生に終止符を打つつもりでいた。


 
ところが―、時が経つにつれ「やっぱりプロでもやってみたい」という思いが頭をもたげて来た。そしてワタナベジムの「のびのびと練習出来そうな雰囲気」と瀬端マネージャーの熱意に心を動かされ、ついにプロ転向を決意したのだった。
 その間、K−1からのお誘いもあったというが、“ボクシング人”内山高志の心が“人気競技”へ傾くことはなかった。

 こうしてワタナベジム所属のプロボクサーとして、第2の人生を歩み始めた内山選手―。デビュー戦では、「控え室に入る時までは緊張しましたけど、沢山の人が応援に来てくれていることを考えると楽しみで仕方なかった」と、早くも大物の片鱗を覗かせていた。
 デビュー戦では、自分自身で250枚以上のチケットを売りさばいたというから驚きだ。やはり“アマチュア4冠”の知名度の成せる業なのかと思いきや、決してそういうことではなかった。「ボクは青和観光時代に営業をやってましたからね。その時の経験を活かしたんです」と、自分の試合チケットを自分で大量に売りさばいた経緯を明かしてくれた。
 
まず、初めて会った飲食店のオーナーや、会社社長などに自己PRをする為、常に自分についての資料を持ち歩く。時には自分の試合ビデオなどもプレゼントし、「良かったら見て下さい」と、自分がどういうボクサーなのかを最大限相手に理解してもらう。その上で、次回会った時に試合の宣伝をすると、大抵、関心を持ってチケットを購入してくれるというのだ。
 勿論、試合後のあいさつ回りも忘れない。デビュー戦を終えた夜に、何軒ものお店でおこなわれたそれぞれのグループの打ち上げに、朝までかけて全て顔を出したというから、その律儀さは大したものだ。
 
 このように、デビュー戦から“プロ意識”の高さを発揮している内山選手は、多くのプロボクサーとは違い、ボクシングの傍らでアルバイトを何もしていない。6回戦選手のファイトマネーなど知れているが、自ら大量のチケットを売りさばき、その収益で十分やっていけるのだという。「食事も大体自炊ですし、節約してますよ」と笑う内山選手だが、6回戦ボクサーのうちからボクシング一本でやっていける例は、特別なスポンサーが付いているといった場合以外は稀である。「3年が勝負だと思ってますから・・・」謙虚に微笑む内山高志25歳―自立した“大人のプロボクサー”と呼びたい。

実はこの日、新田ジムの会長でもある私は、自分のジムの選手達を連れてワタナベジムに出稽古に訪れるという“二股訪問?”をしていた。よい機会だったので、新田ジム6回戦ボクサーの西 禄朋と共に、内山高志のミット打ちを見学した。
後日、再度ワタナベジムに出稽古に出かけた際、西は“アマ4冠”の胸を借りてスパーリングに挑んだが、完全にあしらわれてしまった。あまりの実力の差に、いつも強気の西がへ込んでしまう程だった。自分のジムの選手である西 禄朋には成長してもらう以外にないのだが、私自身は身近な人間を通じて改めて内山選手の実力を実感することが出来た。

「目標はやっぱり世界チャンピオンです。皆がまた見たいと思う試合をやっていけば、結果として世界に手が届くと思うんです」デザートのフルーツパフェを頬張りながら、色黒の青年は、謙虚に清々しく笑ってそう語った。

 最後に余談だが・・・、内山選手はの風貌はタイ人の強豪ボクサーっぽい。同じくタイ人ぽい風貌の“写心家”山口氏と並んでいると、二人のタイ人が食事をしているようにも見える。アマチュア時代のタイ遠征の際には、JAPANチームのTシャツを着て「ボクは日本人です!」といくら言っても、現地の役員が信じてくれなかったという逸話があるくらいタイ人ぽいのである。
趣味が、マウンテンバイクであちらこちらへ行くことらしく、太陽の下を2〜3時間ぶっ続けで走るのことが多い為に真っ黒く日焼けしているので、更にそんな雰囲気が増しているのだ。どちらにしても、黙って座っているだけで強くて逞しそうな男である。プロの世界でどんな風に暴れまわるのか、これからがとても楽しみである。




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●新田 渉世 (にった しょうせい)
1967年生まれ。92年横浜国立大学卒業。96年東洋大平洋バンタム級タイトル獲得。97年引退。98年米国サンフランシスコへ移住し、『ワールドボクシング』誌にて「ショーセイのアメリカボクシングライフ」連載開始。99年『Talk is cheap』にて「戦士と語る」連載開始、同年ケンウッド入社。03年2月神奈川県川崎市に新田ボクシングジムをオープン、同年ワールドボクシングwebサイト上にて「新米ジム会長奮戦記」連載開始。04年東日本プロボクシング協会書記担当理事に就任。

新田ボクシングジムHP
http://www.nittagym.com/

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