その26 協栄ジム 渡部信宣選手


PHOTO BY 山口裕朗



「チャンピオンになって、ドアが上に開くスーパーカーに乗りたい。チャンピオンになって乗るのがカッコいいんです」―久しぶりに“駆け出し”の、“夢一杯”の戦士と語った。

 湯場忠志(都城レオスポーツ)との激闘を制し、一時は日本Sライト級王者として君臨した協栄ジムのトップランカー 佐々木基樹選手から紹介された今月の“戦士”は、同じ協栄ジムの4回戦選手である渡部信宣(あきのり)選手。
 紹介者の人選に迷っていた佐々木選手だったが、「有名無名に拘らず、気心の知れた“ボクシング人”であれば誰でもいいですよ」という私の注文に対し、自らを慕って協栄ジムに入門してきた“可愛い後輩”を紹介してくれた。私は、先月に引き続き、“写心家”山口裕朗氏と共に再び協栄ジムにお邪魔した。

 渡部選手は、カズ有沢(草加有沢)や、鳥海 純(ワタナベ)らを輩出した埼玉県の名門 花咲徳栄高校ボクシング部の出身で、15勝(6RSC)5敗、インターハイ準優勝の実績の持ち主だ。
 上半身裸でトレーニングする日焼けした体は筋骨隆々で、パワーの塊といった印象だった。「パンチ力は俺より上ですからね」渡部選手とのスパーリングを終えた佐々木基樹が、後輩を誉めながら微笑んでいた。

 この日、渡部選手がひと通りのトレーニングを終えた後、我々は協栄ジム近くの焼肉屋へ場所を移し、美味いお肉を頬張りながら団欒を楽しんだ。通常は一杯やりながら話をするのだが、 19歳という若い現役選手ということで、珍しくノンアルコールでの語らいとなった。

 普段、ライターとしての自覚が足りない(?)私は、相手に対する下調べや質問事項の準備があまりにもお粗末である。佐々木選手に取材でお会いした際にも、本人から笑いながらそのことを突っ込まれてしまった。
 十分に反省した私は今回、渡部選手について十分に下調べをし、十分に質問事項を検討し、準備万端で取材に臨んだのだった。



「子供時代はガキ大将だった」という渡部選手がボクサーを志したのは、中学生の時だった。「チャンピオンになればお金持ちになれると思ったからです」
 ご存知の方も多いと思うが、近年の日本ボクシング界でお金持ちになるには、世界チャンピオンになって何度も防衛に成功しなければ難しい。相当人気があれば別だが、日本チャンピオンや東洋太平洋チャンピオンで大金を稼ぐことはまず出来ない。
 中学生当時はともかく、現状を知るようになった今でも「フェラーリに乗って、大きな家に住み、成功体験の本を出す」と言って、ボクシングを続けている渡部選手は、「世界チャンピオンになる」と公言していることになる。
 改めて“世界”への意気込みを尋ねてみると、やはり「絶対に世界チャンピオンになります!」と、きっぱり言い切った。「出来ればWBCのベルトが欲しいですね。あの緑色がカッコいいんです!」と、具体的なこだわりまで聞かせてくれた。
 久しぶりに、ピチピチした粋の良い“戦士”に出逢え、ノンアルコールにも拘らず何だかとてもハイな気分になってきた。



 アマチュアの実績をひっさげて協栄ジムに鳴り物入りでひっぱられて来たのかと思ったら、「そんなに才能溢れる選手ってわけじゃなかったですから・・・」とこの男、意外と謙虚だったりもする。インターハイを終えた後、高校在学中に自ら協栄ジムの門を叩いた。
 協栄ジムを選んだのは、やはり佐々木基樹の影響が大きい。「佐々木さんと湯場忠志の試合を見て、自分と同じ階級にこんな強い人がいる―絶対このジムがいいと思ったんです。」
 確かに、同じジムにレベルの高い選手やチャンピオンクラスの選手がいるというのは、選手が強くなる上でとても大きな要素のひとつと言える。

 協栄ジムに入門して間もなく、高校在学中にプロデビュー。判定勝利を収めた渡部選手だったが、やはりプロの水に馴染んでいなかった為に不本意な出来栄えだったという。
 その後、ジム先輩の世界ランカー 坂田健史や、角海老宝石ジムの元世界王者 イーグル京和などと一緒にハワイキャンプを経験した。「朝は10km〜20kmのランニング。夕方は鬼のようなダッシュ。クタクタで、トレーニング時間以外はひたすら休んでました。やっぱり世界レベルは凄いなと思いました」
 ジムでは萩原コーチと共にプロのトレーニングとスパーリングを積み重ね、少しずつプロボクサーとしての渡部信宣が築かれていった。
 そしてデビュー戦から8ヶ月後におこなわれた2戦目の試合では、1ラウンドKOでの改心の勝利を飾った。その派手なパフォーマンスは、ボクシングファンのサイトで話題になるなど、プロ選手としての人気も上がってきたのだった。
 ところがこの意外と謙虚な男、「人とはちょっと違うな、っていうのを見せたかったんですけど、そのやり方を間違えてしまったかも・・・」と、協栄ジムホームページ内で、先輩の佐藤 修(元WBA世界Sバンタム級王者)に、そんな反省の弁を述べている。やはり、実は結構真面目な人柄なのだ。
 そのジム先輩の佐藤 修について、「優しくて謙虚。もっと威張っていいのに・・・。そこがカッコいい。自分はそうはなれないと思うけど」と印象を語った。そうはなれないと言いつつ、「優しくて謙虚」であることを「カッコいい」と感じる人間であることが伝わってくる。

 渡部選手は、飲食店のランチタイムに皿洗いのアルバイトをする傍ら、週に一度、協栄ジムが企画している“シェイプボクシング”というフィットネスクラスのインストラクターをしている。首都圏の契約スポーツクラブへ出向き、“シェイプボクシング”のレッスンを担当しているのだ。
「初めは“仕事”だからという意識でしたが、今では“楽しみ”のひとつになっています」指導している生徒さんとは、レッスンの後にいろいろ話をしたりして親交を深めている。「試合の時には、チケットを買って応援にも来てくれますし・・・」仕事として大きな収入を得ているわけではないが、他では得られない大切なものを得ているという。だんだんこの男の素敵な本性が暴かれてきた・・・。




 プロフィールには、「ジブリ映画を見るのが好き」とある。寮のルームメイトとふたりで「ハウルの動く城」を映画館に見に行ったというのはちょっと可愛い過ぎる気もするが、こんなところからも、人間味溢れる渡部信宣の本性が感じられる。
「高校時代はよく夜通し遊んでましたから、今は特に遊ぼうとは思いません」OFFにジブリ映画を楽しむプロボクサーがいてもいいかもしれない・・・。
 現在は、友達と遊びまわることもないらしい。「遊ぶなら世界チャンピオンになってから。頑張れるのは短い間だけですから、今は目一杯やりたいんです」ボクサーはこうありたいものだ。お肉を頬張る筋骨隆々のこの若者が眩しかった。

 協栄ジムに入門したきっかけとなった先輩・佐々木基樹については、「人としてもカッコいい」と憧れている。早稲田大卒という高学歴にも拘らず、それを微塵も見せないワイルドさとのギャップが魅力なのだという。「スパーリングでは、特に意識してムキになってしまいます。今はまだ敵わないけど、気持ちでは負けたくない。いつかは越えたいです」と、鼻息を荒くする。

「こんなことを言うのは生意気かもしれませんけど・・・」と前置きをした上で、「世界チャンピオンになることは通過点。フェラーリに乗って、大きな家に住み、成功体験の本を出して、将来はXシネマに出演して哀川 翔のようになりたいですね!」“駆け出し”の“夢一杯”な、そして実は“謙虚”で“真面目”な戦士は瞳を輝かせて笑った。




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その26 協栄ジム 渡部信宣選手
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●新田 渉世 (にった しょうせい)
1967年生まれ。92年横浜国立大学卒業。96年東洋大平洋バンタム級タイトル獲得。97年引退。98年米国サンフランシスコへ移住し、『ワールドボクシング』誌にて「ショーセイのアメリカボクシングライフ」連載開始。99年『Talk is cheap』にて「戦士と語る」連載開始、同年ケンウッド入社。03年2月神奈川県川崎市に新田ボクシングジムをオープン、同年ワールドボクシングwebサイト上にて「新米ジム会長奮戦記」連載開始。04年東日本プロボクシング協会書記担当理事に就任。

新田ボクシングジムHP
http://www.nittagym.com/

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