写真の行方



本来はボクシングの話題を書くべきなのだが、今回はそこから少し外れて、
最近の写真事情を私の感じたことを中心に書いていきたいと思う。

私が大学を卒業後、いわゆる写真の世界に身を投じてから8年の歳月が経とうとしている。
この間、写真の世界は大きく変化した。
報道やスポーツカメラマンを中心にカメラのデジタル化が急速に進み、
各新聞社や出版社からは、暗室が消え、パソコンが主役を奪っていった。
私が勤務していた出版社でもこのような現象を目の当たりにした。
「これは便利になったぞ」と当時の私は思っていた。
何といっても暗室の現像機の点検といった重労働や現像を緊張しながら待つあの恐怖感から開放されるのだ。
そんな能天気な考えしか持つことが出来なかった自分を今振り返ると暢気だったなと思う。このことが写真界の構造を大きく変えてしまうことになるとはこの時は気付いていなかった。そして、写真に対する価値観を大きく変えていくことになるとは。

この構造改革は写真家に多くの可能性をもたらしたのと同時に多くのものを奪ってしまったように思う。
もちろん、Webサイトという新たな発表形態や撮影した写真を世界中に瞬時に配信する事が出来るという新しい世界を手に入れることができた。
これはまさにデジタル化とインターネットの発達がもたらしてくれたものだ。

デジタルがこの世に生まれる以前は、写真を撮る時には必ずフィルムを買った。
フィルムにも実に色々な種類があり、感度や色味などの特徴を分析しながら量販店のフィルムコーナーで頭を抱えながら悩んだ時間も今振り返ってみると幸せな時間だったのだと思う。

ある日、出版社に出入りする現像所の担当者から「現像所の閉鎖」のお知らせを聞いた。
ここにもデジタル化の波がやってきたのだと感じた。
現像を待つ数時間は、失敗していないことを願いつつ、自分の撮影を振り返ることが出きる大事な時間だったのだと、思えてきてしまう。
利便性を求めながら、不便さを懐かしく思うとは、何とも勝手なものなのだが。

その波は今、私たちカメラマンを直撃している。

以前、ある雑誌で「一億総カメラマン」という記事を見た。多くの人々がカメラ付き携帯電話持ち歩くようになったことで、国民の大半がカメラマンになったというのだ。
写真を撮るということが特別なことではなくなったということを印象づけている。
この数年間で多くのカメラマンが職を失ったという話も聞いている。
誰でも写真が撮れる、だからこそ、写真家は問われている。
自分にしか撮ることの出来ないものは何か。
私はいつも思う。
100年先まで、残る写真が撮りたいと。

ジムで、後楽園ホールで、命がけで戦うボクサーの姿をいつまでも色褪せないように残していきたいと思う。

だから、写真を辞めるわけにはいかないのだ。



中西祐介プロフィール

1979年 東京生まれ

東京工芸大学 芸術学部 写真学科 卒業

講談社写真部 勤務を経て、現在、AFLO SPORTスタッフフォトグラファー。

ボクシングをはじめとするスポーツからドキュメンタリーまで幅広く活動中。

福田ボクシングジムで多くのボクサードキュメンタリーを撮影。


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