頂を越えて

 先日武道館にダブル世界タイトルマッチを観戦しに行って来た。

 メインイベントの長谷川穂積選手の見事な勝利を眺めながら、ボクシング界の歴史にその名を残す事になる名チャンピオンの試合をリアルタイムで観れた幸運に一人浸った。

 しかし帰りの道中どうもスッキリしない。

 その理由はわかっていた。もう一つの世界戦、バレロ・嶋田戦が原因だった。

 嶋田選手は長らく日本のライト級を支配し国内無敵を証明しながらなかなか世界戦のチャンスが巡って来ず同情していたが、その間隙を縫う様にして一階級下の日本チャンピオン小堀選手がWBAのライト級王座を射止めた。

 その勝負度胸は賞賛に値するが、本来ライト級の嶋田選手が一階級落として怪物王者のバレロに挑戦せざるを得ない事を考えるとどうも腑に落ちないでいた。

 小堀選手がバレロに挑戦していれば倒されていただろうし、嶋田選手がライト級で挑戦していれば小堀選手と同じ様に間違いなく勝っていただろう。

 天の配剤というか巡り合せに翻弄されるボクサーは大波にさらされる小船の様な存在でしかない・・・・・・。

 
 嶋田選手の入場曲である矢沢永吉の低く響く声が場内に流れる。嶋田選手のボクシング人生を賭けた闘いを見届けようと、場内に設置された巨大スクリーンに映し出された嶋田選手をみつめる。

 一階級落とす事により必要な筋肉を削る事になるのではないかと危惧していたが、その盛り上がった肩には見事な血管が浮き上がり減量の成功を表していた。

 しかし代謝の落ちる30代半ばにして一階級落とすと言う事は、かなり長期間の厳しい節制と強い意志の貫徹が要求される。

 おそらくたった一度しか巡って来ないであろうこの世界戦への熱い意気込みが、無駄な物を一切削り取ったその肉体から感じられた。
 
 世界戦前の異様な興奮と言った物を全く感じさせず精神を統一した嶋田選手は、かたわらに付き添う元世界チャンピオンの柴田国明氏に「行きましょう」静かにそう告げ20年来の夢の舞台へと向かって行った。

 嶋田選手の故郷富山の雪深い山道を登るかのような試練と忍耐のボクシング人生を送って来た男にしか出せない実にいい表情だった。

 万感の思いを胸に秘めて静かにそして確かな足取りでリングに向かうその姿は、私が観たどんな入場シーンよりも感動的だった。

 
 しかし、非常に残念な事にこの感動的なシーンがテレビ放送では完全にカットされていた。ものの2,3分でしかないがその短い時間にはボクサーの思いが凝縮されている。他の所をカットしてでもこの入場シーンを放送してもらいたかった。

 リングの上で試合開始を待つ嶋田選手に柴田国明氏が寄り添う。

 日本ボクシング界はこれまで約50人の世界チャンピオンを生み出しているが、その中で私が最も尊敬するボクサーが柴田国明氏だ。

 中南米の強豪が多く層の厚い中量級を二階級制覇し、更に海外での二度に渡る王座奪取という偉業も成し遂げたその実績もさる事ながら、驚嘆すべきはそのパンチとボディーワークのキレとスピード、そして動体視力の鋭さだ。

 ラミロ・ボリャノス戦で柴田氏の動きを初めて観た時、思わず「早送りかよ!」と声を上げた。

 現役時代「サウスポーキラー」と言われた柴田氏が嶋田選手にどんな戦術を与えたか非常に興味があった。

 いよいよ試合が始まる。嶋田選手の動きを注視する。以前バレロに挑戦した本望選手と同じ様にガードを固め足を使いバレロのパンチの射程距離を測る。

 オーソドックスとサウスポーの対戦では鏡に向かい合った様に触れ合うお互いの前足を相手の足の外側に持っていこうとする為必然的に距離が縮まりクリンチが多くなる。

 そのクリンチの際バレロが思いっ切り嶋田選手の後頭部を殴る。いきなり反則技のお披露目だ。

 試合開始早々に汚い反則技を繰り出す効果は、相手に「こいつ頭がイカレてるのか?」と恐怖心を抱かせる事にある。

 しかし嶋田選手はすかさず同じ反則技を繰り出し「お前の脅しには屈しない」という強烈なメッセージをバレロに返した。

 その後幾度と無く繰り返されたクリンチの際バレロは後頭部を打つ変わりに今度は肘を嶋田選手の後頭部や首筋に体重をかけて押し付け「俺に刃向かうな」とのメッセージを更に返した。

 鍛えようの無い後頭部や首筋に尖って硬い肘をグイグイと押し付けられると、痛みに耐える為息を止めるので呼吸が乱れスタミナを浪費する。そしてナイフの峰を突きつけられた様な違和感と冷たい恐怖感を覚える。

 バレロはその強烈なパンチの効果と併せ、巧妙かつ凶暴な反則技を執拗に繰り返す事によって、精神的にも嶋田選手をジワジワと追い込んで行く。

 
 序盤の嶋田選手の動きから大まかにうかがえたのは、パンチを振り抜いて打つ為打ち終わりのガードが甘いバレロにすかさず右を返す事と、ボディーに右を放ち続けバレロの意識をボディーに集中させて後半ガードが下がった所に右を狙い打つ作戦の様だった。

 確かに右のボディーはサウスポーには当てやすいパンチだが、自分のガードがガラ空きになるので23勝23KOの強打者バレロに右のボディーを放つのは非常に危険な作業でもある。

 しかし嶋田選手は柴田氏の伝授したこの作戦を忠実に実行した。

 その勇気は賞賛に値する。

 しかし、バレロのノーファルカップの位置が異常に高い。前屈みになるとみぞおちがほとんど隠れてしまう。これではいくらボディーを打ってもノーファルカップの上を叩くだけで効果は激減だ。よってバレロの意識をボディーに散らす事が出来ない。

 作戦の遂行に困難を来たしてきた為インターバル中、柴田氏がレフリーの所に行きバレロのノーファルカップの位置が高い事を抗議したが、このレフリーは「うるさいあっちに行け!」といった感じで柴田氏を追い払った。

 このパナマのレフリーは自国の往年のスピードスター、エルネスト・マルセル、のちにWBAのフェザー級チャンピオンに成りサムエル・セラノやアレクシス・アルゲリョといったのちの名チャンピオン達を降す事になるパナマの英雄だが、今から37年前このマルセルの世界初挑戦を引き分けながらも降した偉大な男が目の前にいる柴田氏だとは知るよしもなかっただろう。

 男として柴田氏の足元に遥かに及ばない卑小なこのレフリーは横暴さを威厳と勘違いしている様だった。

 それにしても嶋田選手はバレロのパンチの打ち終わりに勇敢にも右を合わせ続けた。バレロの膝が揺れる。後半まで持ち込めばひょっとしたらとの期待を抱かせる。

 しかし中盤に入り肩の力みが取れて来たバレロは今までフック気味に打っていた左を真っ直ぐしかも上下に打ち出した。

 フックの軌道に目が慣れた嶋田選手はここに来てのバレロのパンチの軌道修正に体が反応せず、強烈なパンチを何度かボディーにもらい苦しんだが気合いで持ちこたえた。

 そして7ラウンド、左ストレートの打ち終わりに右を合わせる嶋田選手の動きを読んだバレロは、嶋田選手の右に更に右をカウンターで合わせダウンを奪った、ように見えた。

 嶋田選手の両膝は自分の体を支える力を失った為、左手でロープを掴んでしゃがみ込みながら右グローブの平をバレロの方に向け「待て、打つな」のシグナルを送る。

 この状態ではどんなパンチもよけられない。ダウンを宣告するか一時的に試合を中断させるかすべきだったが、レフリーは中途半端に両者の間に入っただけだった。そんな完全に無防備な状態の嶋田選手にバレロは狙いすまして右を放った。

 嶋田選手がもんどりうって倒れる。明らかに言語道断の卑怯な行為だ。

 ゴング後とか気を抜いた時にパンチをもらうと歯を噛み締める事が出来ず首に力が入らない為、脳が激しく揺らされて見た目以上にそのダメージは大きい。

 バレロから厳しく減点を取り嶋田選手に休憩の時間を与えるべきだが、このレフリーはここでダウンを宣告する。

 「ここで仕留めなければ勝てない」そんな千載一遇のチャンスの時、倒れた相手に勢いで更にパンチを放つ、というのは不可抗力とも言える。

 しかし、この場合嶋田選手がしゃがみ込んでから二呼吸ぐらいする間があった。

 しかも嶋田選手は右手を上げ無抵抗の意志を表明している。

 その状態の相手にパンチを放つという事は、かなり卑怯な精神を持ち合わせていないと出来ない行為だ。

 しかし嶋田選手は勝つために立ち上がった。足にはまだ来ていない。まだ充分出来る。勝負はこれからだ。

 しかし、このレフリーは嶋田選手の状態をよく見もしないでいきなり試合をストップした。

 私は思わず「ふざんけんな!まだやらせろ!」と怒鳴った。

 気の遠くなるような年月を重ねやっと掴んだこの世界戦の結末がこれでは、あまりにもひどすぎる。

 この闘いに己の全てを賭けてリングに上がって来た男の人生を、一体何だと思っているのか。

 
 もしこの試合がバレロの地元ベネズエラで行われ、両者の立場が逆になり嶋田選手がしゃがみ込んでいるバレロを殴り倒したら、場内は激しいブーイングの嵐が吹き荒れリングにはあらゆる物が投げ込まれこのレフリーならその勢いに乗じて嶋田選手の反則負けを宣告した事だろう。

 ところが日本ではブーイングどころか「勝者バレロ!」のコールに盛大な拍手を送っている始末だ。

 汚い手を使う勝者に無条件におもねる平和ボケなその姿は、無法国家アメリカに追従し続ける日本の縮図のようだった。

 しかしこのパナマのレフリーの正体は、スーパーフライ級チャンピオンのムニョスがWBC王者との統一戦で敗れ、WBAただ一人のベネズエラ人チャンピオンとなったバレロの王座をなんとしてでも守る為、WBAから送られて来たただの回し者でしかなかった。
 
 
 嶋田ファンが「シマダ」コールを叫ぶ。無念の表情で瞑目する嶋田選手の胸中には、声を嗄らして自分の名を叫ぶ人達への感謝の思いと、その期待に応えられなかった自責の念が渦巻いていた事だろう・・・・・。

 
 控え室で引退を発表した嶋田選手だが、後日その発言を撤回した。本来のクラスではなくメインイベントでもなく反則技で倒されまだ闘えるのに勝手にストップされて、それで悔いなく引退出来るはずがない。

 嶋田選手をどうしてもWBAライト級チャンピオンの小堀選手に挑戦させてもらいたい。いや、小堀選手に挑戦すべき男は嶋田選手しかいない。それが道理だ。

 もう少し嶋田選手にはあの雪深い山道を登ってもらいたい。

 そして遥かなる頂上に登りつめたその時、一点の曇りも一点の悔いも無い至福の笑顔を、見せてもらいたい。




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●池田高雄(いけだたかお)
昭和44年宮崎生まれ。平成元年プロデビュー。リングネームは憧れのボクサー高橋ナオト氏にあやかり池田タカオ。B級、A級各トーナメントを制し95年にクリス・サギドの持つ東洋タイトルに挑むも判定負け。同年引退。3年半後にメキシコに渡り紆余曲折を経て妻を連れタイへ。タカオ・チュワタナの名で1年間に9戦し、2001年空位のPABA王座を後のWBAスーパーバンタム級王者のソムサックと争い7ラウンドTKO負けを喫し完全引退。元日本、東洋、タイ、ともに1位。

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