燃える落日

 先月辰吉選手の再起第2戦目がタイで強行されたが、7ラウンドにタオルが投入されるという非常に残念な結果に終わってしまった。

 現地でこの試合を見た知人の感想やボクシング専門誌等の批評は散々たるものだったが、私が映像で見たところ辰吉選手の動きは言われている程悪くはない、と思った。

 時折り見せる鋭いスウェーバックは辰吉丈一郎健在を表し、コーナーでもイスに座らず体力の衰えはそれ程ではなかった。

 それではなぜ辰吉選手は敗北したのか?

 私なりにエクスキューズを言わせてもらうと、先ず3月という時期も悪かったと思う。日本ではまだまだ寒さが厳しい季節だが、タイでは最も暑い暑期に入る。

 減量と疲労でフラフラの状態で関空まで行き、長蛇の列に並び出国手続きを済ませ、苦手な飛行機に乗り込み真冬の日本から真夏のタイへ6時間のフライトの後うだるような暑さの中、ダラダラとした入国手続きを終えてタクシーを捕まえ、バンコク名物の渋滞に巻き込まれ市内のホテルに辿り着いた頃には心身共に疲労困憊だ。これでベストコンディションを維持するのは至難の技である。

 更に相手も悪かった。昔の辰吉選手の様に怖い物知らずでイキが良かった。しかもこのタイの選手は以前来日した際無名の選手にKO負けを喫しているそうだが、そんな情報ももちろん辰吉選手の耳にも入り油断にも繋がった事と思う。

 タイの選手はタイトルが懸かっていない場合、外国でやる試合とタイ国内でやる試合は全くの別人だと思わなければならない。

 それぐらいタイのボクサーはお得意様である日本での試合は本気を出さない。

 家族を養う為にリングに上がり、自らリングに沈んで行く彼らを責める資格は私にはないが、責められるとしたら、負けっぷりのいい選手ばかりを呼ぶ日本側にあると思う。
  
 
 今回の辰吉選手の体を見て肩周りの三角筋と上腕二頭筋の衰えが特に目に付いた。

 試合中セコンドが何度も「ガードを上げて!」と叫んでいたが、これではガードを上げ続けるのは困難だ。

 辰吉選手は練習中必ずマスクを着用し心肺機能の向上に心を砕いているが、それよりもこれからは筋力の向上に主眼を置いた方がいいと思う。

 心肺的なスタミナの衰えは今回の試合ではほとんど見受けられなかった。よって今後再起するにあたり、専門的な知識を持ったフィジカルトレーナーに付き、ジムワークはシャドー程度に押さえ、先ず肉体改造から始めるべきだと思う。半年もあれば充分肉体は生まれ変わる事が出来る。

 
 バンタム級にこだわる辰吉選手の執念は痛い程よくわかる。

 私も高校時代から4回戦の最初の頃まではバンタム級だった。自分の適性ウェイト等考えもせずに「俺はバンタムだ」と思い込んでいた。

 バンタム級で闘うと言う事だけで、自分が何か選ばれし者にでもなった様な言いようの無い高揚感を覚えた。

 「バンタム」この響きは何物にも代えがたい。

 
 「黄金のバンタム」そして「あしたのジョー」の矢吹丈が死ぬまでこだわった「バンタム」・・・・・・。

 先日、私の敬愛する高橋直人氏と会う機会があり辰吉選手の話題になったが、その時最も印象に残ったのが「辰吉の何が凄いって、バンタムにこだわり続けることだよ」その言葉だった。

 高橋直人氏も辰吉選手と同じ元バンタム級の日本チャンピオンだ。

 高橋氏が所属していたアベジムでは元日本バンタム級チャンピオンの高木永伍氏、元東洋バンタム級チャンピオンの金沢和良氏と二人のバンタム級のチャンピオンを輩出していた。阿部会長は高橋直人氏をバンタム級の世界チャンピオンに成らせる為どんなに減量がきつくても階級を上げる事を敗北を喫するまで許さなかった・・・・・・。

 それだけの魔力がこの「バンタム」にはある。

 矢吹丈の体現者である辰吉丈一郎が「バンタム」にこだわり続けるのは、神から背負わされた「十字架」とも言える。

 しかし、矢吹丈のように真っ白な灰になる事まで体現して欲しくはないと、辰吉ファンならみんなそう思っているはずだ。

 しかも最も以前から、最も強くそう願っていたのが、誰あろう亡き父粂二氏ではないだろうか・・・・・。

 
 現に辰吉選手がグレッグ・リチャードソンを破って初めて世界王者に成り、辰吉時代の到来と、日本中がお祭り騒ぎのその時、粂二氏は我が息子の険し過ぎる今後のボクシング人生を見通したかのような、こんな愛情深いコメントを残している。

 「わし達の物語はこれで終わった・・・・・。もう、引退した方がいい」と。

 
 天国の粂二氏も「丈よ、そこまでバンタムにこだわらんでええ」そう言ってくれる事と思う。

 体を作り直し、階級を上げるのも選択肢の一つだと、私は思う。

 
 しかしここに来て、WBCのスレイマン会長から今後辰吉選手の試合を認めるべきではない、との横槍が入った。

 スレイマン会長は辰吉選手の体を心配するよりも、自分のそのメタボな体の事を心配すべきだろう。

 スレイマン会長にもしもの事があった場合、その後を継ぐのはスレイマンJrだ。今現在権力の基盤がどれだけ固まっているのかは知らないが、絶対君主のスレイマン会長がいなくなれば権力闘争が起こりWBCの分裂騒ぎが絶対起こらないとは、誰も言い切れないだろう。

 もしそうなった場合世界のボクシング界に起こす波紋は辰吉選手の再起問題の比ではない。

 スレイマン会長にはその危機感こそを持ってもらいたい。

 
 
 ボクサーが潔く引退を決意する為には、必要な物が二つある。

 一つはおのれのボクシング人生の最後を飾るに相応しい対戦相手。

 そしてもう一つがそのボクサーが歩んで来た道に相応しい舞台だ。

 対戦相手に関しては辰吉選手との対戦を公言して再起して来たウィラポンしかいない。

 試合の場所に関しては辰吉選手とウィラポンとの3度目の対戦を飾るに相応しい唯一にして最高の舞台がある。

 それは12月5日にバンコクの広大な王宮前広場で行われる国王誕生日を祝う興行だ。主催者側発表では10万人という信じられないスケールの大きさだ。

 実際私が観た所ではそんなにはいないと思ったが、それでも最高の舞台であることに変わりは無い。

 季節も乾季でタイで一番過ごし易い時期だ。肉体を改造する時間も充分にある。

 燃え落ちて行くように沈んで行くタイの夕陽を背に受けて、辰吉丈一郎が宿敵ウィラポンが待つ最後のリングへと、静かに向かって行く・・・・・。

 
 
 勝手ながら、そんな夢を描かせてもらった・・・・・・。 




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●池田高雄(いけだたかお)
昭和44年宮崎生まれ。平成元年プロデビュー。リングネームは憧れのボクサー高橋ナオト氏にあやかり池田タカオ。B級、A級各トーナメントを制し95年にクリス・サギドの持つ東洋タイトルに挑むも判定負け。同年引退。3年半後にメキシコに渡り紆余曲折を経て妻を連れタイへ。タカオ・チュワタナの名で1年間に9戦し、2001年空位のPABA王座を後のWBAスーパーバンタム級王者のソムサックと争い7ラウンドTKO負けを喫し完全引退。元日本、東洋、タイ、ともに1位。

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