負の刻印

 前回私が指摘した亀田選手とWBCのドン、ホセ・スレイマン会長との癒着に対する反応は、以前ランダエダ選手の手抜き作業を指摘した時とまったく同じだ。

 元ボクサーやボクシング関係者、そしてボクシングファンの頭には、ボクサーにとって最高の舞台である世界戦のリングでわざと負けるボクサー等いるはずがない、そんな思い込みがある為フィルターがかかって目の前の事実が見えない。

 私も日本だけでボクシングをやっていたら彼らとまったく同じ意見だっただろう。

 メキシコやタイで多くのボクサー達と接する中で最もカルチャーショックだった事は、彼らがリングに上がる最大の目的は、金を稼ぐ事、という厳然たる事実だった。

 夢、ロマン、弱い自分に打ち克つ、自分の存在を証明する、そんな考えは彼らの頭の片隅にほんの少しあるだけだ。

 金を稼ぐ事だけを目的にリングに上がっている日本のボクサーなんかいない。

 中南米とアジアのボクシング大国と日本のボクサーの価値観は180度違う。

 金を稼ぐ事を最大の目的にしている彼らにしてみれば、多額のファイトマネーをもらえる契約書にサインした時点で、もう仕事は終えたも同然で試合にわざと負ける事に関してなんら後ろめたさ等感じはしない。

 ボクサーにとって最も大事な闘志を多額のファイトマネーの前にあっさりと捨て去り、抜け殻状態となったボクサーに勝ち続けて来たのが亀田兄弟だ。

  
 そして今回の亀田選手とスレイマン会長の癒着問題だが、これも一ボクサーが、ボクシング界のトップの人間と癒着等出来るはずがない、そんな思い込みがある為事実が見えない。

 ではその思い込みをこれから崩して行こう・・・・・・。

 先ずメキシコの首都メキシコシティーでよく試合をしている三男坊だが、私がメキシコにいた頃は首都メキシコシティーで試合をする為にはメキシコの就労ビザが必要だった。

 メキシコは諸外国より比較的ビザの取得は難しくないとは言われているが、何の後ろ盾もない一個人がおいそれと簡単に取得出来る物ではなく、メキシコシティーにあるアレナコリセオやアレナメヒコで試合が出来ないのなら、これ以上メキシコにいる意味がないと思い半年の滞在を経て帰国した。

 あれからメキシコシティーで試合をした日本のボクサーの噂は聞かないから、この法律は今でも変わってないはずだ。

 そのメキシコシティーで何度も試合をしているという事は、就労ビザを取得したという事であり、あの三男坊が試合の度に一人で煩雑なビザの申請をして許可されたとは考えにくい。

 就労ビザを難なく取得出来る力のある人物、もしくは組織がバックにいるとしか思えない。

 更に私がメキシコにいた頃は毎週土曜日にメキシコの後楽園ホール、アレナコリセオで行われていた興行も選手数の減少とボクシング人気低迷の為に打ち切られ、試合枯れが伝わるメキシコでああも頻繁に試合をこなせると言う事は、メキシコボクシング界でかなりの力を持った人物が亀田兄弟の背後にいる、と言う事だ。

 メキシコボクシング界に太いパイプを持った人物が背後にいれば、スレイマン会長に会う事は実にたやすいだろう。

 スレイマン会長も日本から打ち出の小槌を持った子供達が来ると聞けば喜んで会うはずだ。

 亀田兄弟に打ち出の小槌を与えた人物達とは、先日長男坊に一千万円の外車をポーンとプレゼントしたタニマチや、亀田兄弟の世界戦には必ずスポンサーとして付いているパチンコ業界のタニマチ達がいる。

 不況知らずの業界のタニマチが何人も背後にいれば、打ち出の小槌からは幾らでも必要な金は出てくる。

 経営不振に苦しんでいる一巨大企業のトップでしかないスレイマン会長を篭絡するのは想像より簡単なはずだ。

 先日行われた内藤、亀田戦は日本人同士の世界戦にもかかわらず、日本人ジャッジはおろかアジア圏内からはただの一人も呼ばれていなかった。

 前回、徳山昌守と川嶋勝重戦の日本人ジャッジは一人と書いたが、二人の間違いだった。一人はアメリカ人だったが、三人の内二人が日本人ジャッジだったのだ。

 内藤選手と清水選手の日本人対決の時は三人のジャッジは全てアジア圏内から呼ばれていた。

 それがなぜ、同じ内藤選手の防衛戦で清水戦と同じ日本人対決で亀田選手との試合だけが、日本人ジャッジはおろか、アジア圏内からただの一人も呼ばれず、ヨーロッパやアメリカから遠路はるばる呼ばれたのか?

 ジャッジの構成についてだが、前回私は試合翌日のスポーツ新聞に記載してあった、アメリカ、ベルギー、チュニジアと書いたのだが、後日発売されたボクシング専門誌にはチュニジアではなくパナマとなっていたので、ビデオを見直すと実況アナウンサーがベラベラしゃべる中でリングアナウンサーのジャッジ紹介がされていた。それによるとアメリカから二人、そしてベルギーだった。

 スポーツ新聞、ボクシング専門誌、リングアナウンサー、それぞれ違うというのもみょうな話しだが、いずれにしろアジア圏内からはただの一人も呼ばれていないのに変わりは無い。

 日本人同士の世界戦の場合、渡航費用と滞在費を浮かせる為に日本国内かアジア圏内からジャッジを連れて来るのはボクシング界の慣例だったはずだ。

 この不況の時代になぜわざわざ渡航費用も滞在費もかかる遠い国々から呼ばれたのか?

 あの試合は一人ぐらいは内藤選手を支持するジャッジがいてもおかしくないぐらいの接戦だったが、ドローにするジャッジすらいず、6ポイント差のジャッジが二人もいて残る一人も4ポイント差というのはあまりにも亀田選手に偏り過ぎている。

 このジャッジ達はスレイマン会長の息のかかった子飼いの連中ではないのか?

 それ以外にアジア圏内から一人もジャッジが呼ばれていない事に関して、私が納得出来るだけの理由を知ってる人がいたら教えてもらいたい。

 
 内藤、亀田戦からわずか10日後、三男坊がいそいそとメキシコへと飛び立った。

 これは試合を兼ねたスレイマン会長へのお礼参りだろうと思っていたが、そのお礼参りが効いたのか、先日WBCの下部組織である中南米タイトルというこれまでまったく日本のボクサーに縁の無かったタイトルマッチに三男坊が出場すると唐突に発表された。

 これもスレイマン会長の指示が無ければ到底無理な話であり、この事実だけでも亀田兄弟がスレイマン会長とズブズブの関係だと言う事を如実に表している。

 例えば、日本ランキングにもアジアのどの国のランキングにも入ってないボクサーが、いきなり東洋(OPBF)ランキングにひょっこり顔を出し、即タイトルに挑戦、なんて事はありえない。

 中南米タイトルと同じくWBCの下部組織であるOPBFタイトルに日本ランキングにも入ってないボクサーがダイレクトに挑戦というウルトラCが出来る方法があるとしたら、スレイマン会長の鶴の一声、それしかない。

 しかしそんなめちゃくちゃな事が日本で許される訳がないので、日本のボクシング関係者の目が届かずマスコミ関係者も足を運べない様な遥か遠くメキシコの地方でその前代未聞の暴挙がひっそりと行われるのだ。

 そして三男坊は打ち出の小槌のお礼にスレイマン会長からプレゼントしてもらったチャンピオンベルトをこれ見よがしに誇示して帰国する。

 敵地でKO防衛を果たした西岡利晃選手とはその価値に置いて天と地ほどの差があるのだが、その差がわからない人達がチャンピオンの凱旋帰国とまつり上げる。

 その報道を目にした一般の人達はチャンピオンに成ったんだから三男坊は強いのだろうという思いを抱き、来るべき世界戦への抵抗感を失くす。

 そして世界ランキングもプレゼントしてもらった三男坊は日本ランキングにも入らずして世界タイトルに挑戦・・・・・・。

 こんなバカな話しがあっていいのか?

 亀田兄弟以外のボクサーは日本人同士の手抜き無しの試合を繰り返し少しでも上に這い上がろうとその身を削って闘っている。

 そんな彼らが、日本ランキングにも入らず世界タイトルに挑戦するボクサーを見てどんな気持ちを抱くだろうか?

 ボクシング界は彼らの純粋な気持ちにどう応えるつもりなのか?

 ボクシング界を土台から支えているのは、亀田兄弟ではなく、物言わぬ名も無きボクサー達ではないのか?

 世間の人達から見れば、日本チャンピオンも4回戦ボーイもその知名度はほぼ同じだ。

 日本チャンピオンの認知度と価値を上げる為、そして三男坊の暴走を食い止める為、以前あった「世界タイトルに挑戦する者は必ず日本タイトルを取らねばならない」このルールを復活させなければならないはずだが、そんな声は聞かれない・・・・・・。
 
 

 更に次は次男坊が絡むWBAだが、デンカオセーンと協栄ジムの坂田選手のタイトルマッチが発表された後日、亀田ジムの会長がWBAの総会が開かれているコロンビアまでわざわざ行って、WBAのトップと直談判した結果、デンカオセーン、坂田戦が消滅し、次男坊のリターンマッチが強行される事となった。

 これを本当に話し合いだけで決まったと信じているのならあまりにもナイーブ過ぎる。

 協栄ジムは日本のジム最多の11人という世界チャンピオンを生み出しているが、その内10人がWBAのチャンピオンであり、協栄ジムとWBAの繋がりはかなり太くて長い。

 その繋がりを一時的にしろ断ち切り、そしてダイレクトのリターンマッチを禁ずるというWBAのルールを簡単に破り、自分達の権威を自ら落とす愚を冒してまで次男坊の世界戦を許可したという事は、そのリスクに見合うだけの物がWBAのトップに渡された、と見るのが妥当だろう。

 亀田ジムの会長もWBCを落とした様にWBAも落とせる、そんな勝算があったからわざわざコロンビアまで行ったのだろう。

 しかし今回の一連の経緯から、WBAとWBCのトップに会えるだけのコネを持ち、彼らと駆け引きが出来るだけのスペイン語能力があり、ボクシング界の裏を知り尽くした人物が亀田兄弟の背後にいる事がわかった。

 そうでなければWBAとWBC両団体のトップと裏で手を結ぶなんて芸当が亀田兄弟に出来るはずがない・・・・・・。 

 
 
 話しは戻るが、WBAもデンカオセーンの相手を坂田選手ではなく次男坊にした理由を正直に話せる訳も無く、あろうことかフライ級の元世界チャンピオン坂田選手がスーパーフライに上げてから一度もフライ級で試合をしていない、というまったく噴飯物の声明を出した。

 それなら一度もライトフライのウェイトで試合をした事のない長男坊がランダエダとのライトフライ級王座決定戦に出場出来たのはなぜなのか?と問いたい。

 こんな矛盾だらけの子供だましの説明をし、事後法まで作ってなんら悪びれる事もないWBAという組織は完全に根腐れしているとしか思えない。

 日本ボクシング界はこのままWBAと一蓮托生で衰退と腐敗の淵に沈んで行くのだろうか・・・・・・。

 
 
 これらからデンカオセーンと次男坊の再戦の結果がわかる。

 試合内容は前回とまったく同じながら、結果はまったく逆が出る。

 そして兄弟同時期同階級世界チャンピオンというボクシング界初の快挙を成し遂げ、文字通り金まみれの金字塔を打ち立てる事になる。

 これに三男坊が加わり亀田兄弟の言動や行動が連日報じられ、疑惑の判定が続出すれば、ボクサーとボクシングそのもののイメージを限りなくダーティーな物として、人々の心に深く刻み込まれて行くのだろう・・・・・・。

 
 しかし、そんな彼らの時代もそう長くは続かない。

 なぜなら、彼ら自身が自分達のボクシング人生を早く終わらせようとあまりにも焦り過ぎているからだ。

 自分達のやって来た事が世間の目に晒される前に、取れる物は全て取ってさっさと勝ち逃げしたい・・・・・・。

 
 そんな思惑が透けて見えるのだ・・・・・・。




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●池田高雄(いけだたかお)
昭和44年宮崎生まれ。平成元年プロデビュー。リングネームは憧れのボクサー高橋ナオト氏にあやかり池田タカオ。B級、A級各トーナメントを制し95年にクリス・サギドの持つ東洋タイトルに挑むも判定負け。同年引退。3年半後にメキシコに渡り紆余曲折を経て妻を連れタイへ。タカオ・チュワタナの名で1年間に9戦し、2001年空位のPABA王座を後のWBAスーパーバンタム級王者のソムサックと争い7ラウンドTKO負けを喫し完全引退。元日本、東洋、タイ、ともに1位。

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