宴の後

 先日テレビ東京で放送された約3時間に及ぶ「世界4大タイトルマッチ」だが、先ず最初にウクライナで行われた木村登勇選手の入場シーンを見て唖然とした。

 そのニワトリのトサカの様な奇妙奇天烈な髪型にだ。

 日本国内でやるぶんにはただの「田舎者」で済むが、日の丸を背負って世界一強い男を決める場で、しかも今の日本と違って歴史と伝統文化を大事にする保守的なヨーロッパの一国であるウクライナのリングにあの馬鹿げた格好でリングに上がるとは、まさに開いた口が塞がらない。

 ウクライナの人々にとっておそらく初めて見るであろう生の日本人である木村選手を見て、あの国の人達は日本人の事をどう思っただろうか・・・・・・。

 戦後の日本はただの目立とう精神を個性の尊重などと言い放任して来たその当然の結果だとも言えるが、しかしこれこそ日本の恥ではないだろうか。

 服装や髪型の乱れはその精神の荒廃を表し、見ている者に不快感と違和感を覚えさせる。

 他のスポーツと違い、一歩間違えば命を失う危険性もあるからこそ、ボクシングの指導者は若者に迎合する事無く厳しく規範を示すべきだと思うが、若いボクサー達と同じ様に髪を染め上げているトレーナー達を見るにつけ、その自覚の無さに暗澹たる気持ちになる。

 海外で世界戦のリングに立つボクサーは、日本人としての自覚を持ち日本人として恥ずかしくない格好と言動をすべきだと、強く思う。

 次に行われた名城選手と河野選手の試合だが、お互いファイタータイプとは言え、ボクシングの基本中の基本である左ジャブがほとんど見られなかった。

 相手との距離を測りタイミングとリズムを作り出すジャブの無いボクシングは、単なる殴り合いでしかない。

 芸術的なKO勝ちを量産していた頃のマイク・タイソンは当たらなくても必ず左ジャブを出していた。

 後年、ジャブを捨てたタイソンは単なるラフファイターへと成り下がってしまった。

 名城、河野両選手が争っているこのタイトルに8ヶ月前、強豪王者のアレクサンドル・ムニョスと争わなければならなかった、今回の解説を務めリング下からこの試合を眺める川嶋勝重氏は、再びリングに上がりたいという熱い気持ちを抑えるのに一人苦しんでるだろうなと、痛く同情した。

 3試合目の世界戦は私の中でのメインイベント、西岡、ナパーポン戦だ。

 この試合がちょうど50戦目となるナパーポンだが、その歴戦のダメージかスピードと反応の衰えは目を覆いたくなるほど無残だった・・・・・・。

 サウスポーを苦手とするナパーポンに対して西岡選手は右回りのステップを刻み続け鋭角的な角度から左右のアッパーを突き刺す。

 あらゆる距離と角度からスピーディーなパンチを放ち続けるその姿は、まるで高度なミット打ちを見ているようだった。

 インターバル中、西岡選手を叱咤するチーフセコンドの葛西裕一氏の激しい表情を眺める。

 かつて日本と東洋を制しこのクラス、スーパーバンタム級の第一人者であった葛西氏は都合3度に渡り世界に挑んだが、ウィルフレド・バスケス、アントニオ・セルメニョら一流チャンピオンのブ厚い壁に阻まれた。

 葛西氏にとってこのクラスへの執着と愛着はひとかたならぬ物があるはずだ。

 西岡選手が帝拳ジムに移籍して4度目、自身の挑戦を合わせて都合7度目の今回の世界戦に賭ける意気込みがテレビ画面を通してでも充分に伝わって来た。

 
 西岡選手は後半ナパーポンの反撃に苦しんだが、逃げずに打ち合い12ラウンドを闘い切った。

 師弟共々待ちに待った「勝者西岡!」のコールを聞くと葛西トレーナーが肩車をする。

 私が長年見たがっていた悲願成就の感動のシーンだ。

 しかし、非常に残念な事に次の試合が迫っているからか、認定書の授与式が始まり肩車を強引にやめさせられてしまった。

 まったく感情のこもらない棒読みで形式だけの譲与式なんか二の次でいい。

 放送時間に追われた複数の世界戦開催の弊害だった。

 今回の世界戦も無残に敗れたナパーポンには、体を壊す前に引退してもらいたいと、かつての対戦者として切に思うが、子供の頃からその小さな手にボロボロのグローブをはめて闘って来た闘う事しか知らず他に生きる術を持たないナパーポンは、まだこれからも闘い続けて行くのだろう・・・・・。そう思うとタイのボクサーの悲哀を感じて物悲しくなった・・・・・・。

 最後に行われた新井田選手とローマン・ゴンサレスの一戦は、ゴンサレスの強さは充分わかったが、まったく消化不良だった。

 いくら目が塞がったとは言えもう片方の目は正常であり、前半の4ラウンドでのストップにはまったく納得がいかない。

 まだまだ先があるグリーンボーイの試合なら納得も出来るが、敗北即引退の瀬戸際で闘っている世界チャンピオンに対して、あまりにも無情なドクターストップだった。

 世界戦を3試合も続けて観ればドクターの集中力も薄れ、おざなりな診断になったとしても不思議ではない。

 今回のあまりにもあっけない幕切れは世界戦複数開催の弊害だとも言え、新井田選手はその被害をこうむったとも言える。

 
 ボクサーに取ってラストファイトの終わり方は非常に重要な意味を持つ。

 自分の力を全て出し切り充分納得出来る闘い方が出来れば、潔くボクシングに踏ん切りをつけられ、新たな人生へと進んでいける。

 しかし、まったく納得いかない終わり方だと、ぶつけようの無い怒りと不満と後悔を持ちながら、これからの長い人生を生きて行く事になる。

 そんな人生を拒否しようとするからこそ、ボクサーはカンバックするのだ。

 ボクサーの生殺与奪の権利を持つレフリーやドクターには、彼らの判断一つにボクサーのその後の人生が懸かっている事を、知ってもらいたい。

 ドクターチェックの場面を目にする度に思い出す記憶が私にはある。

 私が東洋タイトルに挑んだ時、相手のパンチで目尻を切り過去に経験した事のない大量の出血で視界がほとんど無くなった時、ドクターチェックが入った。

 私の傷口を調べたドクターは一瞬沈黙する。

 その時間がやたら長く感じた。

 「止めるのか・・・・・」敗北の絶望感が頭をよぎる。

 するとそのドクターは低い声で「大丈夫か?」と聞いて来た。

 私は止められたくない一心で「大丈夫です!」と答えた。

 ドクターは流れ出る血を手早く拭き取ると「よし!頑張れ!」そう言って送り出してくれた・・・・・・。

 試合後医務室で私の傷口を縫いながら「俺は空手をやってるんだ」そう誇らしげに語っていた名も知らぬあのドクターに対し、今でも言いようの無い感謝の念を持っている。

 
 全てのボクサーの夢である世界タイトルマッチ。

 その夢の舞台に立つ為には、実力、運、ジムの力、そのどれが欠けてもならない。
 
 たまに実力もないのに世界戦のリングに上げられ、恥をかくボクサーもいる事はいるが・・・・・・。
 

 ほんの一握りの選ばれた者だけが立つ事の出来る世界タイトルマッチを、3つも4つも束ねてその価値を貶めるような興行に、諸手を挙げて歓迎なんて、出来はしない。




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●池田高雄(いけだたかお)
昭和44年宮崎生まれ。平成元年プロデビュー。リングネームは憧れのボクサー高橋ナオト氏にあやかり池田タカオ。B級、A級各トーナメントを制し95年にクリス・サギドの持つ東洋タイトルに挑むも判定負け。同年引退。3年半後にメキシコに渡り紆余曲折を経て妻を連れタイへ。タカオ・チュワタナの名で1年間に9戦し、2001年空位のPABA王座を後のWBAスーパーバンタム級王者のソムサックと争い7ラウンドTKO負けを喫し完全引退。元日本、東洋、タイ、ともに1位。

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