新しい世界へ

 先日行われたフライ級のダブルタイトルマッチだが、同じクラスの対立王者同士が同じ日に同じ場所で試合をするなんて事は世界的に見ても滅多にないので興味深く観させてもらった。

 個人的には清水選手が金子ジム悲願の初の世界王者に成れるかどうかに最も関心があった。

 金子ジムは過去5度の世界戦を経験しているが、そのうち一つは今回の清水選手がタイでポンサクレックに挑戦し、残りの4つは東洋タイトルを12度も防衛した現エディージム会長の村田英次郎氏だ。しかもそのうちの二つは引き分け。更にその相手はルペ・ピントール、ジェフ・チャンドラーといった名チャンピオン達だった。

 現在のWBA王座ぐらいだったら村田会長は簡単に獲り最低5回ぐらいは防衛しただろう。

 村田会長がピントールと15ラウンドの激闘を終えた後、緑色のドロッとした血尿が出たと雑誌に書いてあったのを読み「ウェッ」と驚いたが、私がクリス・サギドと12ラウンド闘かった後、全く同じ緑色のドロッとした血尿が出るのを見て、驚きよりも「村田さんと同じだ」と嬉しくなった事を思い出す。

 
 今回の試合下馬評では内藤選手が圧倒的に有利とされていたが、清水選手は以前内藤選手と同タイプでやりにくさでは内藤選手より上を行く前日本王者の吉田選手を二度に渡って撃退しているので、勝機は十分にあり勝敗は五分五分だと思っていた。

 結果的には後一歩というところで金子ジムの悲願は今回も達成出来なかった。

 試合後内藤選手の勝利者インタビューの途中で亀田選手が勝手にリングに入って来てパフォーマンスをやらかした。亀田ファン等一人もいないあの会場でリングに上がる勘違いさは相変わらずだが、もし亀田選手が坂田、内藤両王者と対戦したらとシミュレーションしてみた。

 心情的には苦労人の両王者に勝ってもらいたいが、今回の試合内容では亀田選手がアウトボクシングに徹したら逃げ切られてしまうのではないだろうか。

 防衛戦疲れの見える決して若くは無い両王者に対して、亀田選手は空気の薄いメキシコでタフなメキシカン達と切磋琢磨し、父親からも解放されて文字通りスポンジが水を吸い込むが如くあらゆる物を吸収して成長を続けているはずだ。

 対戦する期間を開ければ開ける程、両王者と亀田選手との力の差は開いて行く。本当に亀田選手と闘う気があるのなら大晦日まで待たず一刻も早く試合をすべきだと思う。亀田選手の策略にはまってはならない。

 
 しかしテレビ観戦ながら世界戦を二つも観る贅沢を味わいながら、どうも腹にずっしりと残る余韻がなかった。

 理由は試合の入場シーンにあった。先日嶋田選手の感動的な入場シーンをまじかで観た事も多分に関係あるのだろうが・・・・・。

 私は翌日ドボルザークの「新世界より」をCDデッキに入れた。ご存知「平成のKOキング」と謳われた坂本博之氏の入場曲だ。

 山場の第4楽章までかなり長いがその間坂本氏の半生に思いを馳せる。

 九州の片田舎の児童養護施設で育つという、聞いただけでこの男と殴り合っても勝てないと思わせる、迫力ある生い立ちから坂本博之の人生は始まる。

 少年の頃施設のテレビでボクシングを観た瞬間、「これだ!」と衝撃を受けボクサーを志す。

 そして少年から青年へと成長を遂げた坂本博之はプロボクサーに成る為上京。

 満を持してプロデビュー。そして心の奥底に溜まった怒りを爆発させるが如く重く凶暴なパンチでバッタバッタと相手を倒しまくる。

 そして新人王、日本、東洋とあらゆるタイトルをその豪腕で分捕りながらボクシングの王道を突き進む。

 一度だけ坂本選手と同じ日に試合をした事があった。朝の計量を終え後楽園ホールの下のレストランで待ちに待った食事を取る。その時偶然坂本選手とテーブルが隣りになった。

 その豪快な倒しぶりに相応しいガツガツとした食べっぷりかと思いきや、坂本選手は終始無言で、頼んだハンバーグを半分も残して静かに立ち去った。

 豪快なだけではなく非常に繊細な神経も持ち合わせている事をその時知った。

 「平成のKOキング」と謳われ国内無敵を誇った坂本選手にも挫折やスランプがあった。

 一階級上の元世界王者ファン・マルチン・コッジに屈辱の敗北を喫す。そしてその頃ジムの会長と衝突。試合も判定が続く。

 しかし捨てる神あれば拾う神ありでジムを移籍。再びKOキングは倒し始める。

 そしてついに子供の頃から夢見ていた世界戦の舞台に立つ日が来た。

 しかし、相手が悪かった。サウスポーのテクニシャン、スティーブ・ジョンストン。坂本選手の強打は空転し続け判定で敗れ去る。

 しかし不屈の男は再起し、二度目の世界タイトルに挑む。この時の入場シーンは実に感動的だった。

 坂本選手の母校の吹奏楽部の生徒達が「新世界より」の第4楽章を演奏する中、夢の新しい世界へと向かう。

 CDを聞きながら今からちょうど10年前のあの時の情景を思い出し、体を熱くして感動に浸った・・・・・。

 都合4度に渡る世界戦は不運も重なりその手に掴む事はついに出来ず、晩年は持病の腰痛にも苦しめられながらも闘い続け、実に47戦という驚くべき戦績を残してリングを去って行った・・・・・。

 そして現在坂本博之は古巣の角海老宝石ジムでトレーナーとして後進の指導に当たりながら、全国の児童養護施設をボクシング行脚する日々を送っている。

 厳しい境遇にいる子供達に夢を持って生きる事の大切さを語り、目の前でミット打ちをやり、我れ先にと並ぶ子供達のパンチを愛情を持ってその手に受ける。

 最後に段ボール箱一杯のお菓子とグローブとミット一式をプレゼントして施設を後にする。

 ボクシングにじかに触れたこの子供達は大人になってもボクシングに興味を持ち続けるだろう。テレビで世界戦があればチャンネルを合わせ、場合によっては会場に足を運んでくれる熱心なファンになってくれるかも知れない。

 マスコミが作り上げる一過性の人気ボクサーにおんぶに抱っこのボクシング界だが、坂本氏のこういった地道な草の根運動こそを支援すべきではないだろうか。

 
 ドボルザークの「新世界より」は後半、再び最初の山場のフレーズを繰り返し感動的なフィナーレを迎える。

 いつの日か坂本博之を心酔する才能と情熱ある若者が、坂本の前にきっと現れるだろう。

 そしてその若者はいつしか「坂本博之二世」と言われ師匠と同じ様にKOの山を築いて行き、世界戦の舞台に辿り着く。

 その大舞台に向かう若者の隣りには、あらゆる物から彼を守り切ろうと、坂本博之が静かに寄り添っているだろう。

 そして彼らの背中に向かって流れる曲は、きっと「新世界より」のはずだ・・・・・・。

 

 男が人生を賭けてリングに上がる時、派手なガウンも無意味なスモークも無節操に当てるケバケバしいライトも必要ない。

 その男の熱い生き様を表す、ただの一曲があれば、それでいい。




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●池田高雄(いけだたかお)
昭和44年宮崎生まれ。平成元年プロデビュー。リングネームは憧れのボクサー高橋ナオト氏にあやかり池田タカオ。B級、A級各トーナメントを制し95年にクリス・サギドの持つ東洋タイトルに挑むも判定負け。同年引退。3年半後にメキシコに渡り紆余曲折を経て妻を連れタイへ。タカオ・チュワタナの名で1年間に9戦し、2001年空位のPABA王座を後のWBAスーパーバンタム級王者のソムサックと争い7ラウンドTKO負けを喫し完全引退。元日本、東洋、タイ、ともに1位。

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