一条の光

 協栄ジムと亀田ファミリーの蜜月時代は唐突に終わりを告げたが、ファイトマネー未払い問題と移籍問題両方を円満に解決するのはかなりの難題だ。

 ボクサーのファイトマネーがマスコミに公表されている額より実際は大幅に少ない事はよくある事だが、ここ数試合分が全額未払いとは驚きだ。

 もし全額未払いが事実なら金平会長は「日本のドン・キング」というありがたくない異名を頂戴する事になる。

 日本のボクシング界は多かれ少なかれ選手のファイトマネーを搾取するのが悪しき文化にすらなっているので、誰も金平会長をあしざまには非難出来ないし、処分すら出来ないだろう。

 しかし、リング上で散々悪事の限りを働いてきた亀田親父が、今回の問題で「自分達が正義だ。正義は必ず勝つ」とのたまったが、この人物の口から正義等と言う言葉が出るとはまったく笑止千万だ。

 亀田選手を協会の身分預かりにしない場合は理事会に乗り込んで行くと亀田親父は恫喝をかけているが、東日本ボクシング協会はこの不逞の輩を堂々と返り討ちにしなければならない。

 しかし、移籍問題で窮地に陥った選手を協会の身分預かりという形で救えるのなら、なぜ日本ボクシング界は以前西島洋介選手を救おうとしなかったのか。

 亀田選手よりスケールが大きく才能もあり、停滞している日本ボクシング界を救う救世主になりうる男をボクシング界は秩序を乱すとして黙殺した。

 西島選手は見殺しにして亀田選手は助けるというのではまったく不公平だ。

 西島選手はその後他の格闘技に転向し、たまに善戦はするがほとんどが惨めな敗北を喫し続けボクシングの株をトコトン落とし続けているが、惨敗を喫し続ける事によって西島選手は自分を見殺しにしたボクシング界に復讐を果たしているのではないのか?とすら思ってしまう。

 
 世間では亀田兄弟の選択肢は海外でやるか独立するか移籍するかの三つだと言われているが、先ず海外を拠点にして試合を続ける事はビザの問題等があり長期的には無理だろう。

 亀田ファミリーは独立して自分達だけのジムを作り、利益を独占したいと言うのが本音だろうが、もし万が一独立に成功したとしてもボクシング村の掟に反するこの行為を受けてボクシング界から村八分にされる事は明白で現実的ではない。

 最後の移籍だが、ここに来て消極的にだが横浜光ジムが亀田選手の受け入れに名乗りを上げた。
 
 横浜光ジムのオーナーはお金に糸目をつけない人で、畑山隆則、新井田豊、両ボクサーに長期ブランク明けに世界挑戦という他のジムでは出来ないウルトラCを成し遂げた。

 余談だが私がタイでPABAタイトルに挑戦した時も、私は全く面識がないのだが試合中妻が3万円ばかりのタイバーツを渡された。

 こんなオーナーが経営する横浜光ジムなら他のジムよりは金銭的なトラブルになる確率は少ないはずだ。

 更に会長を務める関光徳氏はメキシコにもパイプがあるのでメキシコでの練習や試合にも理解を示すだろう。

 京浜川崎ジムが廃業に追い込まれて宙ぶらりんになっていた畑山隆則氏を柳トレーナーごと受け入れて見事二階級で世界チャンピオンにさせた実績もある。

 新井田選手が世界タイトル獲得後初防衛戦をしないで、要するに所属ジムに一円も利益を出させないで引退するという、他のジムでは絶対に許されない事を許可する鷹揚さもある。

 更に横浜光ジムの前身であるセキジムからは元日本チャンピオンの岡部繁氏の実弟である岡部誠氏が協栄ジムに移籍しているので話しはし易いはずだ。

 ただ関会長に関して言えば、今はどうだか知らないが昔控え室で試合前の選手を怒鳴りつけている所を目撃しているので、私個人はあまりいいイメージを持っていない事も明記しておく。

 世界レベルで闘えるボクサーに限って見てみれば、横浜光ジムはいいジムだと思う。

 よって亀田兄弟が今後日本でボクシングを続けて行きたいのなら、横浜光ジムに移籍するのがベストだろう。というか現時点ではこれしか生き残る道は残されていない。

 ところで協栄ジムは数多くの日本のジムの中で最多11人の世界チャンピオンを輩出しているが、ユーリ・アルバチャコフ氏以外はなんと10人全員がWBAの世界チャンピオンだ。

 亀田選手が生まれるずっと前から親子二代に渡りWBAと協栄ジムは太くて黒いパイプをせっせと繋いで来た。

 亀田選手が世界チャンピオンに成れたのも、このパイプがあってこそなのだが、これを本人が世界チャンピオンに成れたのは「自分の実力」「親父の指導のおかげ」等と勘違いした所にも今回のトラブルの発端はあったはずだ。

 亀田選手がこの大いなる勘違いを改めない限りどこのジムに行ってもトラブルの火種は消えないだろう・・・・・。

 願わくば、今回の移籍騒動をきっかけにボクシング有識者やボクシングファンが中心となって作る、移籍問題に一人で悩み苦しむボクサー達を救う機関が出来れば・・・・・と、夢想している。




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●池田高雄(いけだたかお)
昭和44年宮崎生まれ。平成元年プロデビュー。リングネームは憧れのボクサー高橋ナオト氏にあやかり池田タカオ。B級、A級各トーナメントを制し95年にクリス・サギドの持つ東洋タイトルに挑むも判定負け。同年引退。3年半後にメキシコに渡り紆余曲折を経て妻を連れタイへ。タカオ・チュワタナの名で1年間に9戦し、2001年空位のPABA王座を後のWBAスーパーバンタム級王者のソムサックと争い7ラウンドTKO負けを喫し完全引退。元日本、東洋、タイ、ともに1位。

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