負の遺産

 WBAが度重なる不可解な判定を解消する為にポイントを0.5ポイント刻みに採点する「ハーフポイント制」を導入すると言うニュースを聞いて、これこそまさに愚の骨頂だと思った。

 先ずなぜ不可解な判定が起こるかと言うと、主催者側の接待に溺れてその意向に沿う採点をするジャッジの存在がある。

 そんな私利私欲にまみれ明らかに不可解な判定を下したジャッジに対して、WBAがなんらかのペナルティーを課したなんて事は聞いた事が無い。

 亀田、ランダエダ第一戦でどう見てもランダエダ選手のラウンドだった4ラウンドと12ラウンドを亀田選手に付けて強引に亀田選手の勝ちにしたあの韓国のジャッジはほとぼりが冷めた頃豪勢な接待目当てに観光気分でまた日本に来るのだろう。

 悪質な判定を下したジャッジは二度と世界戦を裁けないぐらいのペナルティーを課すべきだと思うが、その責任を転嫁して更に難解な0.5ポイント刻みにするとは勘違いもはなはだしい。

 そもそも少しぐらいの痴呆が入っていてもおかしくない年齢で、緊張感のかけらも無く世界戦のリングサイドに鎮座奉られているあの人達にそんな細かい採点が出来るのか?と疑問に思う。

 しかも彼ら年老いたジャッジ達の視力が5,6メートル離れた距離からスピーディーなパンチの交換を的確に見極められる程の物なのか甚だ疑問だ。

 私は1年半ほど前にこのコラムの中の「真実の瞬間」で書いたが、ボクシングは人間の生存本能を刺激するシンプルさ故に大衆から支持をされているのだから、その採点は子供でもわかるぐらいのシンプルさが必要だと思っている。

 よって最も相応しいのは昔ながらの5点法だ。

 誰が見ても明らかに差のあるラウンドだけ5−4を着けダウンがあれば5−3二度のダウンで5−2でいい。

 これだと半分以上のラウンドが5−5のイーブンになるが、それで何か不都合があるだろうか?

 リングの上で闘っているボクサー自体も、よっぽど力量の差が無い限り12ラウンドの内半分以上のラウンドはどっちが取ったかはわからないだろう。そんなグレーゾーンのラウンドを無理矢理どちらかの選手に振り分けられるより、イーブンにしてもらった方がよっぽど試合に集中出来るはずだし、採点結果にも納得がいくはずだ。

 
 そもそもボクシングを観戦するに当たって最も大事な事は、ラウンド毎に目を皿の様にしてどうにかしてどちらかに優劣を着けようとする事ではなく、お互いの選手の心理を読み一つ一つの技術を堪能しながら試合全体の流れを見る事だ。

 リングの上で闘うボクサー自身が納得出来、観客が小難しい事を考えずに試合の流れ自体を楽しめる様な採点こそが最も相応しいはずだ。

 今の採点基準でさえたまに世界戦を見るぐらいの一般の視聴者にはわからない。それを更に細かくするとは一般の視聴者のボクシング離れに拍車をかけるだけで本末転倒でしかない。

 WBAやWBCが採点基準を決めるに当たり、著名なボクサー達に意見を求めるなんて事はないだろう。全て彼ら統括団体の都合の良い様にシステムを捻じ曲げて来た。

 もしWBAがこの「ハーフポイント制」を導入したら、新し物好きな世界のボクシング界は雪崩を打ってこの悪法を採用するだろう。

 それが結局自分達の首を絞める事になるとも思わず、自分達の利益になると信じて。

 
 先日行われたWBA世界タイトルマッチのムニョス、川嶋戦だが、あの試合は川嶋選手の勝ちだろう。ムニョスがWBAのお膝元ベネズエラの選手だと言う事を考慮して最低でもドローだと思ったが、結果は三人のジャッジがこぞってムニョスを支持し、一人はどこを見ていたのかなんと6ポイントもの大差を付けていた。

 彼らが明確な採点基準に従ってジャッジしたとはとても思えない。

 例えば、115−114の1ポイント差でムニョスを支持したジャッジだが、最終回は明らかに川嶋選手のラウンドだったがこのジャッジは10−10のイーブンにしている。他の数多くの僅差のラウンドには必ず優劣を付けておきながら、なぜこのラウンドだけイーブンにしたのか?

 それは10−9で川嶋選手に着けると114−114のドローになるからだ。

 どうしてもムニョスの勝ちにしなければならないと言う意図がありありとうかがえる。
 
 前WBC王者である川嶋選手に現WBA王者のムニョスが負ければ、WBAの権威を失墜させる事になる。

 もし川嶋選手の勝ちにしたら、今後そのジャッジはWBAの上層部から冷遇されるだろう。

 自己保身と下らない面子にまみれた採点表を眺めながら、WBAの言う「不可解な判定を無くすため」のハーフポイント制など、質の悪いブラックジョークにしか思えなかった。

 「もう少し手数を出していたら勝っていた・・・・・」そんな意見が聞かれるだろうが、初めに結果ありきの採点を前にしては、それらの言葉はあまりにも空しい・・・・・。 

 

 現在世界に4つあるボクシングの統括団体のうち日本は老舗のWBAとWBCしか認めていないが、一方のWBCのホセ・スレイマン会長はボクシングの歴史始まって以来の悪法であり現在の世界戦のルールである僅差のラウンドを出来るだけどちらかの選手に振り分ける「ラウンドマストシステム」を考案し、不可解な地元判定を簡単に作れるようにした張本人だが、WBAのメンドーサ会長と同じ様にその地位を息子に譲ろうと画策している。

 ボクシングジムを息子に譲るのとは訳が違う。これじゃ独裁国家北朝鮮と同じだ。

 この一事を持ってしても両会長が世界のボクシング界全体の事よりも、身内の事しか考えていない事を如実に物語っている。

 
 更にこの二人の共通点は「世界タイトルを停滞させない為」の名目でWBCが暫定チャンピオン制度を、WBAが「スーパーチャンピオン制度」なる奇怪なシステムを考案した事だ。

 この制度により水増しチャンピオンが増殖した。なぜ彼らはこの様な制度を敢えて作ったのか?

 それは世界戦を団体に認められる為に払う承認料欲しさにしか過ぎない。 

 自分達の懐を暖める為なら世界チャンピオンの権威が幾ら落ちようと関係ないらしい。

 
 昔から「社長の息子はバカ息子」と相場が決まっているが、現にWBAの副会長の要職を務めるメンドーサJrは亀田、ランダエダ第一戦の時試合前に来日し、亀田選手のどこをどう見たのか「ここ10年で日本が生んだボクサーの中で最高の選手だ」と絶賛し、更に亀田選手がチャンピオンに成ったら孝行息子の為に父親にも世界チャンピオンのベルトを贈呈すると、バカ息子丸出しの発言をし、ご丁寧にも亀田親父に渡す事が事前に決まっているかの様に世界チャンピオンのベルトを持って世界戦前に再び来日した。

 こんな浅はかな人間がこれから世界のボクシング界をリードして行くのかと思うと暗澹たる気持ちになる。

 WBAとWBCの現会長達が存命のうちはまだマシだろうが、それ以降はバカ息子に反感を抱く連中が反旗を翻し内部抗争に明け暮れ、最悪の場合団体が分裂する事だってあり得る。

 そうなった場合ただでさえ近年レベルの低下が著しいWBAの世界戦は日本タイトル以下の低レベルな試合となり、世間のボクシング離れに更に拍車をかける事になるだろう。

 
 そうなる事がわかっていながら日本ボクシング界はただ黙って見ているだけなのか?

 世界戦をやる実績も実力も無いレベルの選手を世界ランキングにねじ込ませ、その見返りに多額の承認料を団体に払っている日本のボクシング界は非常にありがたい優良な大口の顧客のはずだ。

 それなら世界のボクシング界の為にも敢えて苦言を呈するべきだろう。

 それとも国連と同じで、日本ボクシング界は金だけ出して発言力は全くないのか?

 もしそうだとしたら実に情けない話しではないか・・・・・・。

 
 一般のボクシングファンに理解不能な判定基準を作り悪質な地元判定を簡単に作れる「ラウンドマストシステム」と承認料欲しさの「暫定チャンピオン制度」をあみ出したWBCのスレイマン会長。

 そして「ラウンドマストシステム」の欠点を更に助長する「ハーフポイント制度」を作りこれまた承認料欲しさに「スーパーチャンピオン制度」をあみ出したWBAのメンドーサ会長。

 二人仲良くその権力の座を息子に譲るこの両会長は、とてつもない負の遺産を残した張本人として、その名をボクシング界の歴史に残す事になるだろう。




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●池田高雄(いけだたかお)
昭和44年宮崎生まれ。平成元年プロデビュー。リングネームは憧れのボクサー高橋ナオト氏にあやかり池田タカオ。B級、A級各トーナメントを制し95年にクリス・サギドの持つ東洋タイトルに挑むも判定負け。同年引退。3年半後にメキシコに渡り紆余曲折を経て妻を連れタイへ。タカオ・チュワタナの名で1年間に9戦し、2001年空位のPABA王座を後のWBAスーパーバンタム級王者のソムサックと争い7ラウンドTKO負けを喫し完全引退。元日本、東洋、タイ、ともに1位。

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