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川嶋勝重選手の二度に渡る世界戦において毎回心に引っ掛かっていたのが、戦前に語るその言葉の勇ましさだ。
曰く「死んでも勝つ」
曰く「命を懸けて闘う」
「命を懸ける」とは、負けたら死ぬと言う事だ。
負けたのだから試合前にテレビカメラの前で堂々と公言したように、ボクサーにとっての死である引退をその場で潔く決断すべきだった。
試合前にリングアナウンサーに「ラストサムライ」と紹介されていたが、武士に二言はないはずだ。
「死んでも勝つ」ボクサーなら試合前にそう決意する事はよくある事だ。しかし、その言葉はテレビカメラの前で公言するような軽々しい物ではなく、心の奥底から青白い炎をメラメラと燃やすが如く一人静かに決意するものだ。
「死ね」「殺す」そんなまがまがしい言葉が普通に飛び交う今の世の中は人の命が簡単に失われて行く。
一国の首相が「殺されてもいい!」世界チャンピオンが「死んでも勝つ!」死ぬ覚悟の無い人達がそれらの言葉を軽々しく使い、それらをメディアがもてはやし助長する・・・・・。
あらゆるスポーツや職業で「死ぬ気で闘う」とか「この仕事に命を賭けてる」等と自分に酔って軽々しく使う人間が今の世の中やたらに多いが、果たして本当にその試合に負けたりその仕事に失敗したら自ら命を絶つ覚悟のある男が一人でもいるだろうか?
かつて真に命を懸けて闘い、そして散って行った本物の男が過去にたった一人だけいた。
故グレート金山さん。その人だ。
金山さんの本名は李東春(イ・ドンチュン)その名の通り韓国の人だ。生きていればもう43才になっている。
金山さんはかつて19度の防衛を成し遂げた名チャンピオン、カオサイ・ギャラクシーに敵地タイで挑戦、前半見事にカオサイの強打を空転させ続けたが、後に金山さんが語った通り肘打ちをストマックにもらいリングに沈んだ・・・・・。
何度もそのビデオを観て検証したがやはりあのパンチは肘打ちだった。タイ人の肘打ちは実に凶暴かつ巧妙でショートフックよりも短い弧を描いて振り抜いて来るこの肘をよける事はボクサーには不可能だ。
世界の夢破れた李東春に韓国ボクシング界の不況が襲う。世界戦をやる為に一番必要な物はボクサーの実力よりも金の力だ。李東春はその名の通り祖国より東にある日本に春を求めて渡って来た。
しかし契約したジムは世界戦を組む事等夢のまた夢である弱小ジムだった。生活の保障もなく言葉の通じない外国で慣れない土方仕事をしてその日その日を凌いだ。春はとてつもなく遠かった・・・・・・。
それでも金山さんは勝ち続け相手を倒し続けた。
そして念願の日本タイトルマッチに臨む。鉄のガードと強打を持つ山岡選手に苦戦するも最終10ラウンドに劇的な逆転KOで王座をもぎ取った。試合後「後楽園ホールには神様がいる!」と叫んだ。
そして虎の子のその王座を土方仕事で痛めた腰をかばいながら守り続けた。結婚を約束し、陰で金山さんを支え続けた寺前里美さんを守るが如く守り続けた・・・・・。
しかし国内無敵を誇る金山さんに世界戦の話しは一度として訪れない。
そして迎えた8度目の防衛戦。相手はアマチュアボクシング界から鳴り物入りでプロに転向して来た川益設男。
金山さんはこのアマチュアボクシング界のスターに文字通りプロの厳しさを叩き込んだ。
試合は金山さんの圧勝だった。しかし倒しきれず判定となり、リングアナウンサーが「勝者川益!」とコールした瞬間怒声が飛び交いリング上に物が投げ込まれた。
金山さんはその判定結果をどうしても受け入れる事が出来ずにリングの上をいつまでも彷徨い続けた・・・・・。
後日、女性記者から「日本の事を嫌いにならないで下さい」と言われた金山さんはこう答えた「どうしてボクが日本を嫌いになるの?日本も日本人も大好きよ。グレート金山いい名前ね。本名の李東春より気に入ってるよ」
そして心ある支援者達が川益選手との再戦を求めて熱い署名活動を始める。それに真のボクシングファンが応えた。
無数の署名が集まり金山さんを愛する人達の願いが詰まった嘆願書をコミッショナーに提出。事の重大さに気が付いたコミッショナーが重い腰を上げ両者に再戦命令を下した。
更に金山さんに追い風が吹く。大手のワタナベジムが話しをつけ金山さんの移籍が決まったのだ。一気に遠のいた夢が金山さんの手元にぐいっと引き寄せられた。
渡辺会長は金山さんの世界挑戦を明言した。
この再戦に勝てば遥かなる夢だった世界戦が待っている。
金山さんは燃えた。炎のように・・・・・・。
そしてそのスパーリングパートナーに指名されたのが、私だった。
1995年の8月。今でもその夏は異常に暑かったような気がする。
ワタナベジムで金山さんに挨拶をする。金山さんはニコリともしないでそれに応えた。しかし金山さんの体から発散されるこの殺気はなんだ・・・・・。試合でも感じた事のない恐怖感が体を包む。
スパーリングが始まる。金山さんは猛然と襲いかかって来た。私の放つパンチはことごとく叩き落される。そして強烈な衝撃がアゴを走る。怒りに燃える目で迫ってくるその姿は魔人のようだった・・・・・・。
私はなす術も無くやられ鼻血を流し続けた。
それはスパーリングとは名ばかりの一方的な果し合いに近かった。
そして三日間に渡る重く苦しい闘いが終わった瞬間、金山さんは今まで一度も見せる事のなかった笑顔で私に話しかけて来た。
「アナタうまいねぇ〜。ボクのパンチ全然当たらないよぉ」
「いえとんでもないです。こんなに殴られたの初めてです・・・・・」
すると金山さんは突然真剣な顔になり「ボク、カワマスに勝てますか?」と聞いて来た。
最初冗談かと思ったが、訴える様な金山さんの目を見て一瞬言葉を飲んだ。
そして気を取り直し「勝てますよ!前回だって完全に勝ってたじゃないですか。前回と同じ様に闘えばいいと思います」とその綺麗に澄んだ目を見ながら答えた。
金山さんは少し安心した様な顔になった。こんなに強い金山さんでさえ不安になるのか・・・・・。
すると再び人懐っこい笑顔を見せて「アナタがチャンピオンになったら今度はボクをスパーリングパートナーで呼んで下さいね」と言う。
私は恐縮しながら何と言っていいかわからずただ頭を下げた。金山さんは笑顔で片手を上げると一陣の風の様に階段を降りて行った・・・・・・。
1995年9月5日、運命の再戦は序盤から荒れた。クリンチをしてくる川益選手を払いのけてリングに叩きつける。金山さんの肩に怨念がのしかかり放つパンチにいつものスピードが感じられない。大きなパンチを振り回して闇雲に前進する。
「いつもの金山さんと違う・・・・・・」
絶対勝たなければいけない。そんな思いが重圧となり金山さんの体を覆う。
オリンピックに出場した事もある技量の持ち主の川益選手は金山さんの力の入り過ぎた攻撃をたやすくかわす。
いつかはつかまえるはずだ。そう信じ試合を見つめる。一気に試合は後半へとなだれ込む。しかしどうしても捕らえ切れない。信じられないシーンの連続に呆然とする。
悲しく切ない試合が終わった。「まさか・・・・うそだろ・・・・・・」判定を聞くまでもなかった。
「勝者川益!」前回と同じ名前が呼ばれた・・・・・・。
金山さんはコーナーでイスに座ったままリングアナウンサーのコールを聞いた。
金山さんはポツリと呟いた。
「負けたのね・・・・・・もう終わりね・・・・・・」
そしてその意識を自ら絶った・・・・・・・。
その場で病院に運び込まれ緊急手術をするが四日後、金山さんを愛する人達の願いは通じず、金山さんはその息を静かに引き取った・・・・・・・。
金山さんの死を知った私はボクシングの不条理さに絶望し、12才の頃から世界チャンピオンに成る事だけを夢見続けてやって来たボクシングをやめた・・・・・・。
しかしもう一度、どうしてもあのリングで自分の全てをぶつけて闘いたい。そんなヒリヒリと渇く様な想いを抱いて三年半後、メキシコに渡った私は幸運にもエリック・モラレス、マルコ・アントニオ・バレラ、ファン・マヌエル・マルケスといったその名を歴史に残す名チャンピオン達とスパーリングをする機会に恵まれた。
彼らとスパーリングをする度、世界の広さと壁の厚さを思い知り自分の未熟さに落ち込みそうになる。しかしいつも「いや、金山さんはもっと強かった。俺はあのグレート金山と闘ったんだ!」そう思うとなぜか不思議と力が沸いて来て名チャンピオン達に臆せず向かって行く事が出来た。
8年前のあの時、遠い異国の地で闘う私を金山さんが天国から応援してくれていたと、今でも固くそう信じている。
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