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もうすぐ12月14日が来る。
この日は私の戦友であった元タイのチャンピオン、ヨドシン・チュワタナの4度目の命日だ。
ヨドシンは日本で試合をしてタイに帰国後五日目に急死した。
ヨドシン急死の報を帰宅中の電車の中で聞いた私は携帯電話に向かって大声で「えっ!」と怒鳴った事を昨日の事のように覚えている。
タイに来たばかりの頃ジムに向かう為にタクシーに乗ったところまったく違う場所に降ろされて途方に暮れてジムに電話したら、すぐバイクに乗って迎えに来てくれたヨドシン。
ムエタイの試合で痛めた片足を引きずりながら闘い、痛めたその足を蹴られる度にガクンと腰を落としながらも歯を食いしばって最後まで相手に向かって行ったヨドシン。
昼下がりのジムで泣き虫の一人息子ウォーリーが他の子に泣かされているのを困った顔をしながらもいとおしむような目で見つめていたヨドシン。
それら全てのシーンが忘れられない大切な思い出だ。
私が日本に帰国後ヨドシンが後楽園ホールで試合をする事になり応援に行った事がある。その時のセコンドにはヨドシンの兄であるジャッキーが付いていた。
タイでは兄弟で同じジムに所属している場合が多い。彼らは子供の頃からお互いに殴り殴られそして弱肉強食の世界を寄り添って生き抜いてきたゆえに日本では考えられない程兄弟の仲がいい。
彼らを見ていると日本では死語になりつつある兄弟愛と言う物を感じさせる。
後楽園ホールの控え室で記念写真を撮る事になり私が真ん中に入ろうとしたらジャッキーが「チガウ、チガウ」と言ってヨドシンを真ん中にした。
そんなところにも弟を愛し誇りに思う兄としての優しさが滲み出ていた。
ヨドシン急死後数週間が過ぎた頃、後楽園ホールでチュワタナジムの選手が出る事になり応援に行った。そこで控え室に向かう途中通路でジャッキーとバッタリ会った。
ジャッキーは私の顔を見るとグニャリとその顔をゆがめた。
そしてお互い歩み寄ると黙って抱き合った。
数秒後、ジャッキーが泣きながら私の耳元で「ヨドシン・・・・・ヨドシン・・・・・」と搾り出すようにして言った。
私はあふれ出てくる涙を止める事も出来ずに「うん・・・うん・・・」とうなずきながらジャッキーを強く強く抱きしめた・・・・・。
幼い頃から二人で助け合って生きて来たたった一人の戦友でもある弟を失くしたその悲しみは、一体どれだけの物があるのだろうか・・・・・・。
いやそれ以上に、幼い一人息子と愛すべき妻を残してこの世を去らなければならなかったヨドシンの無念さは、どれほどの物があったのだろうか・・・・・・。
ヨドシンの一人息子ウォーリーと同じ年頃の子供を持つ身になった今では、ヨドシンの胸を張り裂けんばかりの無念さが痛い程よくわかる。
ヨドシンよ・・・・・なんでお前は大切な者を二人も残しながらこんなに早く逝っちまったんだ・・・・・・。
そしてヨドシンが去った次の年の元旦、私の初夢にヨドシンが出て来た。
場所はなぜか私の田舎の祖母の家だった。そこでヨドシンは寒い中こたつにも入らず膝を抱えるようにしてシクシクと泣いていた。
何度「ヨドシン」と声をかけても決して顔を上げようとはしなかった。
そしていつまでもいつまでも泣き続けていた・・・・・・。
ヨドシン・・・・・・
ヨドシン・・・・・・
ヨドシン・・・・・・
お前のその優しい笑顔を知る者は、決してお前の事を忘れはしない。
だからヨドシン・・・・・どうか安らかに、眠っておくれ・・・・・・。

写真:山口裕朗
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