修羅の時


 先日亀田選手がスパーリング中の事故で試合が12月に延期されたとのニュースが飛び込んで来た。

 フルフェースではないとはいえまがりなりにもヘッドギアーを着けていて、しかも亀田選手と同じぐらいのウエイトの軽量級のボクサーが14オンスの大きなグローブを着けて8針も縫う程の傷を負わせる事が出来るのか?という疑問は残るとしても今回の延期は亀田選手にとってメリットとデメリット両方が考えられる。

 先ずデメリットだが寒くなり減量が難しくなるという事だ。今回亀田選手は1週間程で体重を一気に落とす減量法を取ると公言しているが、このやり方ははタイの選手等暑い国の選手がよくやっている方法だが、その減量を支えているのが高温多湿の気候と日本人とは比較にならない程の発汗量の多さだ。

 試合が二ヶ月延びる事によって確実に体重は増える。果たして12月の厳しい寒さの中どれだけの量の汗を体に負担をかけずに流せる事が出来るのだろうか・・・・・。

 
 逆にメリットはランダエタ選手が真夏のベネズエラから厳冬の日本に来る事によってコンディション調整が難しくなるという事だ。

 この方法は指名試合でどうしても対戦を避けられない中南米の強豪を相手にする場合よく使われる常套手段だ。

 逆に日本人がこれをやられたとしたら間違いなくほぼ全滅だろう。

 風邪をひかないように完全防具のいでたちで約一週間分の大量の荷物を持ち成田空港まで行き、暖房がガンガンかかった中汗をかきながら行列に並び出国手続きを済ませだだっ広い空港を行ったり来たりしながら搭乗すると窮屈な席に押し込められる。それから太平洋を渡るのに10時間以上の長旅だ。途中食事の時間もある。自分以外の全員が一斉にカチャカチャと音を立てながら食事をする中じっと我慢しなければならない。トレーナー達も選手に気を使って食事をしづらいだろうから「自分に気を使わずに食べて下さい」等と言っていらぬ気も使わなければならない。

 その上スチュワーデスがにこやかな笑顔でおいしそうなジュースやコーヒーを勧めてくる。その度に飲むべきか飲まざるべきか悩まなければならい。

 極度に乾燥した機内で一眠りすると減量で免疫力が落ちたボクサーはてき面に喉を痛めるだろう。近くに咳き込んでいる人がいれば簡単に風邪もうつる。そんな最悪の状況の中10時間以上の長旅が済むと今度は入国手続きだ。またもや長蛇の列に並び係官と慣れない英語でやりとりしなければならない。それだけでも試合前のボクサーにとってはかなりのストレスになるはずだ。

 アメリカから中南米の玄関口メキシコに渡るのにも不慣れな広い空港を大量の荷物を持ち行ったり来たりしながら搭乗口に行きその上3,4時間待ちはざらだ。

 メキシコまで4時間の道中今度は一転してクーラーがガンガンかかった中またもや食事や飲み物の誘惑に耐えなければならない。メキシコに着いてもまたもや長蛇の列に並び入国手続きをしなければならずメキシコまで来るのも大変だ。

 ベネズエラやアルゼンチンに行くとしたら更に長旅は続く。なんと全行程25〜30時間の長旅だ。やっとの思いで目的地に着くと冬の日本から一転してそこは真夏の暑さだ。その上12,3時間の時差があるため昼夜が逆転する。海外に旅行するお金も時間もないボクサーにとってこれら全てが始めての経験だ。しかもこれらを疲れがピークに来ている試合一週間前にやらなければならない。

 しかも試合地は首都でやるとは限らずそこからまた飛行機や電車を乗り継ぎ車に乗り狭い車内でぎゅうぎゅう詰めになりながら宿泊地に着いた頃には一試合を終えたぐらいの疲労を感じるはずだ。

 その上クーラーやシャワーが壊れている部屋に案内されたり騒音で夜も眠れないといった事は当然の様に起こりうる。

 慣れない食事でお腹も間違いなく壊す。その状態で連日試合の宣伝の為に引っ張り出されて精神的にも肉体的にもコンディションはボロボロだろう。

 温室育ちの日本のボクサーが果たしてこの状況で世界戦を行うに相応しい完璧なコンディションを保てるだろうか?

 真夏のベネズエラから厳冬の日本に来る事によってランダエタ選手のコンディションは間違いなく崩れるだろう。

 しかしそれらを差し引いてもランダエタ選手の圧倒的有利は変わらないはずだ。

 前回右フックをもらいダウンした亀田選手は今回左のガードをテンプルまで持ち上げて対処してくるだろう。

 必要以上にガードを上げる事によって亀田選手の最大の武器である左ストレートはスピードとパワーを失った凡庸なパンチにしかならない。間違ってもランダエタ選手を倒す事は出来ないだろう。

 前回の試合亀田選手がまったく見えていなかったパンチが右フックと左アッパーだが、多角的に入ってくるこれらのパンチを亀田選手の唯一のディフェンス技術であるブロッキングだけで防ぎ切る事は不可能だ。

 ランダエタ選手が本気で勝とうとするなら当然の様にこれらのパンチを多用するだろう。

 今までのようにボクシングを知らない低レベルなマスコミ受けするトレーニングを一切排し、技術の改善に重点を置いたトレーニングに没頭したとしてもランダエタ選手との地力の差はいかんともしがたい物がある。

 試合を延期する事によってランダエタ選手のコンディションを崩すメリット面より亀田選手のウエイト調整が難しくなるデメリット面の方が私としては影響が大きいと思うのだが・・・・・。
 

 しかし最近の亀田バッシングは私の予想をはるかに超える酷さだ。

 亀田選手が弱い相手に順調に勝ち続けている時は結果だけを見て「世界が見えた」だの「世界の器」だのと手放しで礼賛していた人達が、初めて本物と闘ってそのメッキが剥がれた途端に世間の風潮に乗って手の平を返して酷評するその姿は実に卑しい。

 弱い相手に勝ち続けている時にこそあえて苦言を呈するのが本当じゃないのか?

 本質を見極める目を持たず、子供にでもわかるただの結果しか目に入らない無責任な彼らはボクシングを、そしてボクサーを真に愛しているのか?

 
 先日も亀田選手の父親が野次った観客にけんか腰で向かって行き世間を騒がす大問題になったが、これに似たような事は以前からやってたではないか。ボウチャン戦やファハルド戦において試合後のリング上で相手選手やセコンド陣はたまたレフリーにまで暴言を吐いていたがあの時父親の蛮行を注意した人がどれだけいただろうか?あの時その芽をちゃんと摘んでいればこんなにボクシングのイメージを損なう事はなかったはずだが、事なかれ主義のボクシング界は全てが後手後手にまわって歯がゆい限りだ。

 
 その上世間の時流に乗ってボクシングをたいして知りもしない人達までもが亀田バッシングをやっているが、彼らは亀田選手より倍以上生きているれっきとした大人のはずだが、いい時は口をつぐみ世間が騒ぎ出すと知ったような事を語る彼らの姿は大人として実に情けない。しかし相変わらずの提灯持ち記事しか書けない一部のスポーツ新聞記者も似たような物だが・・・・・。

 しかし今回の一連の騒動で一番驚いているのがWBAや日本ボクシング界の上にいる浮き世離れした人達だろう。

 世間がこれだけ騒ぎ出すと今までのような「ムラの掟」は通用しない。ランダエタ選手に対しても今回は無言の圧力はかけないだろう。そして前回不可解な判定を下した韓国人ジャッジはさすがにもう使えない。そうなれば必然的に亀田選手にとっては始めての本物相手の真剣勝負となる。

 その時、亀田選手は汚い大人達の生贄と化すのか、はたまた今までと同じ様に生贄を食う側になるのか・・・・・・。

食うか食われるか・・・・・文字通りの修羅場が二ヵ月後、亀田選手を待っている。



■ 池田高雄拳跡集 ■ Back Number

最新の「池田高雄拳跡集」
06.10 修羅の時
06.09 遠く熱い記憶
06.07-2 真実の瞬間
06.07 宿命
06.06 酒と泪と拳と友と・・・・・
06.05 罪と罰
06.04 闘いの終わり
06.03-2 十字架を背負った闘牛士
06.03 OUT BOX
06.02 再起
06.01
05.12 鎮魂歌
05.11-3 血の系譜
05.11-2 戦士の誇り
05.11-1 44歳の勝利
05.10 10年目の和解
05.07 鳥海VSクマントン
05.06 名古屋城、落城す。

●池田高雄(いけだたかお)
昭和44年宮崎生まれ。平成元年プロデビュー。リングネームは憧れのボクサー高橋ナオト氏にあやかり池田タカオ。B級、A級各トーナメントを制し95年にクリス・サギドの持つ東洋タイトルに挑むも判定負け。同年引退。3年半後にメキシコに渡り紆余曲折を経て妻を連れタイへ。タカオ・チュワタナの名で1年間に9戦し、2001年空位のPABA王座を現WBAスーパーバンタム級王者のソムサックと争い7ラウンドTKO負けを喫し完全引退。元日本、東洋、タイ、ともに1位。

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