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徳山選手の引退撤回会見はジャッカル丸山氏以来の珍事だった。
丸山氏は自分の意志で引退式を直前に公開スパーリングに変えたが、徳山選手は会長に無理やり押し付けられての現役続行なのでどうもスッキリしない。
ボクサーにとって会長という存在はオヤジのような物だ。しかもその上に「頑固」という文字が付いた・・・・・・。
ジム入門当初から呼び捨てにされ絶対服従の関係を刷り込まれた「息子」であるボクサーはいくつになっても「親父」である会長には頭が上がらないものだ。
父親絶対の儒教の教えがその血に流れる徳山選手ならなおさら「親父」である会長には逆らえないだろう。
ましてや徳山選手は移籍して今のジムに入った。他のジムを飛び出した徳山選手を金沢会長が引き取らなかったら現在の世界チャンピオン徳山昌守は存在していなかっただろう。
そんな因縁が背景にあり今回の引退撤回発言になったのでは・・・・・。
それにしても・・・・・と思う。徳山選手は以前いたジムで自分の出自を隠さず本名の洪昌守(ホン・チャンス)でリングに上がりたいと勇気を出して申し出たが、その願いを興行上の理由とやらで却下されている。
自らのアイデンティティーの証明であるはずの本当の名前をジム側の都合で隠してプロデビューし、そして今その長き闘いの終わりすらジム側の都合で変更されなければならない徳山選手の胸中にはどれほどの苦い思いがあるのだろうか・・・・・・。
金沢会長は今後の対戦相手に亀田選手と長谷川選手の名前を挙げているが、あまりにも非現実的な亀田戦は論外としても長谷川戦は日本ボクシング界屈指の好カードだと言える。
サウスポーの強豪ジェリー・ペニャロサを二度に渡り退け、同じくサウスポーの世界1位ホセ・ナバーロも完封した徳山選手がサウスポーの長谷川選手をどう料理するのか非常に興味が沸いてくる。
長谷川選手は東洋タイトルの防衛戦で長身で的確な右ストレートを打てるタイのチャンピオンのノラシンに苦戦の判定勝ちを納めているが、ノラシンより多彩なステップワークと速い右ストレートを持つ徳山選手にはかなり苦しめられるはずだ。
もしこの二人が闘えば徳山選手が判定で逃げ切るのでは・・・・・とさえ思う。
しかしそれも心技体のうち最も上にくる「心」が充実していればの話しだ。
前回のナバーロ戦では「この試合だけ」の約束でリングに上がりその言葉を信じて勝利したが、もし今度の試合で勝ったらまた「もう一度だけ!」そう言われるかも・・・・・・との疑念を心の奥に持ちながらリングに上がる事になったとしたら、徳山選手には痛く同情する。
元々徳山選手に対しては世界チャンピオンという若いボクサーに多大な影響を与える地位にありながら、飲酒している事を公言するというその自覚の無さにひどく失望していたが、親友の田中聖二選手を喪ってからは軽率な発言は私の知る限り聞かれなくなった。
そもそもリング禍がおきるたびに飲酒の習慣があったと鬼の首を取ったように書く人達が、現役世界チャンピオンの酒飲み話しを嬉々として記事にするその見識も問われるべきだが・・・・・・・。
川嶋勝重選手に屈辱の1ラウンドKO負けを喫し絶望のどん底に落ち、それに追い討ちをかけるかのような友人の死。その全てを乗り越えて一年後の川嶋選手とのリターンマッチでレベルの違いを見せ付けるような見事なボクシングを披露し、タイトルを奪還したリング上で、かけがえの無い喪った戦友の名前を絶叫した徳山選手のあの姿はとてつもない感動を日本中に与えてくれた。
徳山昌守が在日の星から真のピープルズチャンピオンに成った瞬間だった。
徳山選手は前回の試合で遺書を書いてリングに上がった、と聞いた。
ボクサーは「自分だけは死なない」となんの根拠も無くそう信じてリングに上がる。
しかしそんな自信は身近なボクサーの死であっけなく崩れ去る。
あいつが死んだのなら俺が死んでもおかしくない・・・・・そう気が付いた時にとてつもない恐怖が襲う。
「ひょっとしたら俺も死ぬかもしれない・・・・・・しかし、それでも闘おう」そう決意するまでの内なる自分との葛藤は、リング上での殴り合い以上に長く苦しい闘いだったはずだ。
死ぬ事などありえない他のスポーツで「死んでも勝つ」とか「命を懸けて闘う」とか語る選手をたまに見かけるが、心の中でそう思うのは自由だがヒロイズムに酔って公言する連中とは遥かに次元の違う覚悟が、遺書を書くという行為には必要だ。
そんな覚悟を自分の意志でならまだしも会長の意志によって決めなければならないとしたら、これは大いなる悲劇ではないのか?
協会やコミッショナーといった第三者的な公的機関が両者の間に入ってしかるべき問題だと思うのだが・・・・・・。
リングの中で一人孤独な闘いを続けて来たボクサーは、リングの外でも一人で闘わねばならないのか・・・・・・・。
デビュー戦からずっと誰にも真に理解してもらえない心の奥底の苦しみを、酒を飲むという行為で徳山選手がまぎらわせて来ていたとしたら・・・・・・せめて引退してから飲む酒は、後に残らないすっきりとしたうまい酒であって欲しいと思う。
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