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その日は朝からけだるかった。ため息が自然に出てくる。新聞を読む気にもならず仕事にも行く気がしない。
最初理由はわからなかったが、そのうちハタと気がついた。
昨夜の横尾の試合が原因だった・・・・・・・。

横尾は1ラウンドからまったく動きに精彩がなかった。2ラウンド、早々にダウンを奪われた。まるで糸の切れた操り人形のようにその細い体がグニャリとマットに横たわった。
もうダメかと思ったが横尾は立った。まだ糸は切れてはいなかった。
かつて横尾はボクシングと赤い糸で結ばれていた。ボクシングの女神に愛されていた男が横尾だった。しかし貴重なその糸を横尾はかつて自ら切った・・・・・・・。
若気の至りで切ったその糸を横尾は12年かけて繋ぎ直した。
再びよりを戻そうとして来た男を最初はなんとか受け入れたボクシングの女神だったが、その男はかつて自分が愛した若きあの時代の男ではなかった。
そしてプライド高き女神にかつて自分を捨てた男に対する憎しみが湧いて来た。
勝利の女神に見捨てられた男が勝負の世界で生き残れるはずがない。
かつて自分が捨てた女からの罵詈雑言を甘んじて受けるかのように、横尾は相手のパンチを無造作に受け続けた。
リング下から「横尾!クリンチしろ!クリンチ!!」と何度も叫んだが、クリンチする事を頑なに拒み続けた。
いつ止められてもおかしくない状態になりながらもこのラウンドをなんとか乗り切った。
3ラウンド開始のゴングが鳴り力無く立ち上がった横尾にもうこの試合を逆転する力は残されていなかった。
あとはどうこの試合を、そしてボクシングを終わらせるかが横尾に残された命題だった。
横尾はまたも打たれ続けた。まるで自らそう望んでいるかのように・・・・・・・・。
クリンチは、しなかった。もうボクシングにしがみつきたくはない!そう訴えているかのように思えた。
私はもう何も叫ばず、横尾の最後を見届ける事に決めた。
どれだけ打たれただろうか・・・・・・。
ロープにつまり棒立ちになって相手のパンチを、そして女神の怒りをその体に受け続けた。
痩せぎすで生気の無い顔をして力なくロープにもたれかかるその姿は、まるではりつけにされたキリストのようだった。
もうすぐだ・・・・・・もうすぐ横尾はボクシングへの想いを添い遂げる事が出来る。
自らマットに沈んだその時、横尾のボクシングは完結する。
横尾はまだ、倒れない。もういいだろう横尾。もう、倒れろ・・・・・・・。
ついにたまりかねたレフリーが割って入り残酷で哀しいこの儀式をその手で終わらせた・・・・・・・。
はたから見たら文句のないストップのタイミングだったが、もう少し、やらせて欲しかった。
横尾の想いを添い遂げさせてもらいたかった。
そして横尾は名残惜しげにリングを降りて行った・・・・・・・。
横尾のボクシングはついに未完のまま終わった。このままボクシングに苦い想いを残しながら生きて行く事になるのだろうが、仕方がない。
横尾はもうリングに上がるべきではない・・・・・・・そう思い控え室へ向かった。
階段を降りると控え室の前の長椅子に横尾とは18年来の付き合いになる私と同期の西岡君が座っていた。いつも笑顔を絶やさぬ彼もこの日ばかりは勝手が違うようだ。久しぶりに会い積もる話しもあったが、試合の事には触れないまま続かない会話を終えた。
重いドアを開ける。横尾は私に気づくと「池田さんの声良く聞こえましたよ」と伏し目がちに言った。
「聞こえてた割には言う通り動かなかったな」と返すと「ハハハ・・・」と乾いた声で笑いそれっきりだった。
「もしまたリングに上がっても、もう応援しないからな」とは負けた直後のボクサーに言えるはずもなかった・・・・・・・・。
控え室を出ると通路の奥の長椅子に、横尾の事を何年も追い続けてきたライターの船橋真二郎氏が一人ぽつんと座っていた。
船橋さんの隣に座る。何かを話そうとするがため息しか出て来ない。まるで病室の外で待つ家族のようだった。そのうちどちらからともなく横尾の話しになった。
船橋さんの寂しそうな横顔を見ながら、横尾は結局幸せな男だな、と思った。
この日の観客席にはめったに後楽園ホールには来ないジムの同僚や先輩達の姿があった。
かつて自分達が見た夢をいまだ持ち続ける後輩の闘いを見届ける為だけにこの場所に集まった。
一度終わった夢を後輩の横尾がもう一度思い出させてくれた。
そんな横尾の生き様を知る全ての人達のはかない夢は、この日、終わった・・・・・・・・。
後楽園ホールを出た私は先輩の飯田さんにおごってもらう事をいい事に痛飲した。
そして翌朝、二日酔いとは違うけだるさに気がついた。
子供を連れて朝の公園に行く。そしてまだ蕾のままの桜の木を眺めながらそのけだるさの真の理由を探した。
横尾が負けたから、だけではなかった。

横尾の敗北とそして再びの引退が意味する物は、あのリングの下で声をからして叫ぶ程に感情を移入して共に闘える男が、日本にはもういない・・・・・・という事だった。
それが無性に物悲しくて、やるせなかったのだ。
もうあのリングの下でも、闘う事はない・・・・・・・。
朝から何度も突いて出るため息を吐きながら、どんよりと曇った空を見上げた。
この日、3月16日は私にとっての終戦記念日となった。
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