鎮魂歌

 「どうしても亀田の試合をリングサイドで観たい」と言い張る仕事場のオーナーに付き添い、先月埼玉スーパーアリーナに行って来た。

 亀田選手の試合に関してはこれからという時にアランブレットの唐突な棄権で終わり「アランブレットよお前もか〜」と落胆せざるをえなかったが、それよりも心に重くのしかかる試合が前座にあった。

 名護明彦の試合がそれだ。

 名護がこの日に試合をする事は知っていたが、パンフレットを見て驚いた。名護の対戦相手がたった2戦しかしていない・・・・・。どれだけのアマチュアキャリアがあるか知らないがあまりにも冒険ではないのか?それとも今の名護はたった2戦の経験の選手にでも勝てると思われる程落ちぶれてしまったのか?後に3戦とアナウンスされたがそれでもたいした違いはない。
 最近の名護の試合を実際に見ていないのでその凋落ぶりは噂でしか知らなかったが、このマッチメークが現在の名護を残酷に証明していた。

 この大会場に詰めかけた大部分の亀田ファンは名護がかつて日本ボクシング界の期待を一身に背負っていたホープだった事など知らないだろう。
 辰吉丈一郎のダイナミックさと川島郭志の緻密さを併せ持った名護はダイヤの原石だった。その光り輝くボクシングは目に眩しかった。

 しかし天才ゆえのムラっ気はジムとの不協和音を生み出し減量苦も重なり急速にその光を失っていった。

 一度失った光は二度と取り戻せない。戸高、徳山と二度に及ぶ世界挑戦はいずれも判定で落としたが、一度は抜群のカンの良さを持つあの徳山の体と記憶を吹き飛ばすダウンを奪っている。

 しかしそれが神童から凡人に成り果てようとする男の放った最後の輝きだった・・・・・。

 この試合のオファーが来て相手の戦績を知った名護はどんな気持ちだっただろうか?
 
 その端正な顔が屈辱にゆがんだのだろうか?それとも皮肉な笑みをもらしたのだろうか・・・・・。
 
 そんな事を考えてるといつの間にか名護が入場して来ていた。その前に行われた亀田選手の弟のスパーリングでは大画面のオーロラビジョンにその姿がうつされながら入場曲付きの世界戦並みの登場だっただけに、やたらわびしさを感じさせた。

 試合が始まると先ず目に付いたのが相手の高吉選手の動きの素晴らしさだ。元WBAフェザー級チャンピオンのデリック・ゲイナーをおもわす日本人離れしたステップワークはほれぼれするほど見事だ。よりによってこんなやりにくい相手と闘うとは・・・・・。
 かつて名護が全ての対戦相手をそうして来たように高吉選手に翻弄される。力みきった名護のパンチは空しく空を切り続けた。

 この試合は8回戦だ。3戦の経験しかない高吉選手は後半動きが止まるはず。その時がチャンス。そう思っていたが後半に入ってもまったく動きが落ちない。後で知ったが協栄ジム恒例のハワイキャンプで相当走り込んだようだ。協栄ジムの期待の程がわかる。

 かつて世界チャンピオンの川島郭志が強豪のジェリー・ペニャロサとの防衛戦を控え当時破竹の勢いだった名護をスパーリングパートナーに指名した。その時スパーリングをしながら川島は感じたはずだ。自分の時代の終焉が間近に迫っている事を・・・・・・。

 今、名護はかつて自分が川島に感じさせた思いとも闘っている。

 亀田兄弟を観に来た大部分の観客はこの狂おしい程の試合に冷たいほど無関心だ。シーンと静まり返るインターバル中に名護に対する心無いヤジが飛ぶ。しかもそれが毎ラウンド続く。この会場には名護の身内もいるはずだ。不安や恐怖と闘いながら両親や恋人はリングの上のボクサーを見守っている。その人たちの傷口に塩を塗りこむような行為は決してゆるされるべきではないはずだ。
 
 顔の見えない所から口汚い言葉を発する卑怯者にボクシングを観る資格は無い。
 
 インターバルの間、試合中にフラッシュ撮影禁止を呼びかけるアナウンスが流れるが、そんな事より汚いヤジをやめさせる方が先決だろう。

 名護がボクシングを嫌いにならなければいいが・・・・・。そんな事を思いながら見納めになるかも知れない名護の姿を目に焼き付けた。

 試合が終わった。名護は勝利者コールを受けなかった・・・・・。

 
 後日ボクシング専門誌に名護の敗戦の弁が載っていたが本人は引退を否定していた。しかし私の中の名護はもう終わった・・・・・・。

 目も眩やむばかりの輝きを放った名護はもういない。

 放出した輝きの量に比例するかのごとくその影は暗さを増す。

 ダイヤの原石は削られすぎて粉々に砕け散ってしまった・・・・・・・・。

 
 名護よ

 
 名護明彦よ

 
 孤高の天才よ

 
 彷徨い続ける孤独な魂を鎮める哀しい歌が、聞こえるか・・・・・



■ 池田高雄拳跡集 ■ Back Number

最新の「池田高雄拳跡集」
06.01
05.12 鎮魂歌
05.11-3 血の系譜
05.11-2 戦士の誇り
05.11-1 44歳の勝利
05.10 10年目の和解
05.07 鳥海VSクマントン
05.06 名古屋城、落城す。

●池田高雄(いけだたかお)
昭和44年宮崎生まれ。平成元年プロデビュー。リングネームは憧れのボクサー高橋ナオト氏にあやかり池田タカオ。B級、A級各トーナメントを制し95年にクリス・サギドの持つ東洋タイトルに挑むも判定負け。同年引退。3年半後にメキシコに渡り紆余曲折を経て妻を連れタイへ。タカオ・チュワタナの名で1年間に9戦し、2001年空位のPABA王座を現WBAスーパーバンタム級1位のソムサックと争い7ラウンドTKO負けを喫し完全引退。元日本、東洋、タイ、ともに1位。

「ビバ!メヒコ!!」へ




TOP PAGE

Copyright (c) Talk is Cheap all rights reserved