44歳の勝利

 朝、新聞を広げるといきなり目の前にボクサーの大きな写真入り記事が飛び込んで来た。何事かと思うと「元日本チャンピオンの横田広明氏が自ら持つ日本最年長勝利記録を更新した」と伝えていた。

 横田氏は「名誉な記録だと思う。44歳での勝利は一生の記念です」と語っていた。

 一読して「たいしたもんだなぁ〜」と思った。

 
 夕方、仕事場でつけているラジオのニュースで「元日本スーパーバンタム級チャンピオンの・・・・・」という感情のない声が耳に入った瞬間、誰か元チャンピオンが事件でも起こしたのかと思い全身が緊張した。耳をすまして聞くと横田氏勝利の件だった。
 「なんだ〜」と力の入った体がスッと抜けた。一般のマスコミがボクサーを大きく取り上げる時は何か事件を起こした時に限ると思っていた私はホッとすると同時に横田氏の勝利の意味の大きさを改めて考えた。

 しかしこれだけ大きく世の中に取り上げられれば全国にいるリングへの熱い想いを今だ持ち続けている幾千の元ボクサー達を不必要に刺激する事になるのではと心配になってきた。

 「俺だって・・・・・」そう思う元ボクサー達は必ずいるはずだ。

 しかし横田氏はあのバスケスをあと一歩まで追い詰めた程の技量を持つボクサーだった。あの時代の全てのプロボクサーの中で相手にその力を出させない技術においては間違いなく頂点にいた。
 しかも引退してからジムの会長になり毎日どっぷりとボクシングに浸かりトレーニングだって自分の好きなように出来る。
 それに比べればボクシングから足を洗って何年もたちその間まともなジムワークすらしていない中年になった元ボクサー達がカンバックして勝利する事はかなり厳しいはずだ。

 「罪作りな勝利だなぁ」仕事場の窓から見える夕日を眺めながらそう思った。

 
 自宅に帰り改めて記事を読み返してみた。氏の引退からの成り立ち、試合の経過が書かれていた。しかしその記事には何かが足りない・・・・・そう感じた。

 それはなぜ44歳になってもまだリングに立とうとするのか?
 その答えが足りなかった。

 傷一つない昔と変わらぬ顔で勝利者コールを受けているその写真を見ながら考えた。

 あの時、あの強打の、のちに三階級を制覇する名チャンピオンのウィルフレド・バスケスをキリキリ舞いさせ後一歩まで追い詰めたあの一戦、あの時氏は間違いなく世界の頂点に手が届いた、はずだった。

 誰もが近いうちの再戦は当然の帰結のように思えた。

 だが、氏が人生を賭けたその願いは無残にも打ち砕かれた・・・・・。

 
 当時の日本ボクシング界最大のホープは奇しくも氏と同じクラスで「帝拳の貴公子」と謳われた葛西裕一だった。その葛西はバスケスに屈辱の1RKO負けを喫し結局都合三度の世界挑戦を果たした。

 はたから見ると難なく叶うように見える葛西の三度に及ぶ世界挑戦を氏はどんな思いで見つめ続けたことだろうか・・・・・。

 しかし、心の底に濁流となって渦巻くその思いは、氏以外の誰にも決してわかりはしない。

 他人には決してうかがい知れないその思いこそが、当時氏が勤めていた一流企業の安定した生活を捨ててまでもジム経営の道に走らせ、そして44歳にしてリングに立たせた原動力に他ならないのではないか。

 重いため息がもれた・・・・・。 
 

 写真に写っている氏の周りの笑顔の若者達は横田ジムの練習生達だろう。
 リングの上での闘いと人生においての闘いを身を持って教えてくれた師を持つ彼らは幸せ者だ。

 少しはにかんだような顔で勝利者コールを受ける氏の胸の奥にあったあの思いは、もう消えてなくなっただろうか・・・・・・。



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最新の「池田高雄拳跡集」
06.01
05.12 鎮魂歌
05.11-3 血の系譜
05.11-2 戦士の誇り
05.11-1 44歳の勝利
05.10 10年目の和解
05.07 鳥海VSクマントン
05.06 名古屋城、落城す。

●池田高雄(いけだたかお)
昭和44年宮崎生まれ。平成元年プロデビュー。リングネームは憧れのボクサー高橋ナオト氏にあやかり池田タカオ。B級、A級各トーナメントを制し95年にクリス・サギドの持つ東洋タイトルに挑むも判定負け。同年引退。3年半後にメキシコに渡り紆余曲折を経て妻を連れタイへ。タカオ・チュワタナの名で1年間に9戦し、2001年空位のPABA王座を現WBAスーパーバンタム級1位のソムサックと争い7ラウンドTKO負けを喫し完全引退。元日本、東洋、タイ、ともに1位。

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