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試合が決まって数日後ジムに行くとジンチョーデンが笑顔で「タカオー!」と言いながらタイのボクシング雑誌を見せる。
なんと私がタイのランキングに入ったと言う。「ここだ」と9位の所を指す。さっぱり読めない象形文字のようなタイ語で書かれた私の名前を眺めながら「俺がタイランカーか〜」と感慨にふけった。
タイランキングに入った日本人ボクサーはひょっとして自分が初めてではないのか・・・・・。練習にも自然と気合いが入った。
かなり疲労が溜まって来た試合10日前頃ジムに行くとジンチョーデンがいつも以上の笑顔で私に話しかけて来た。
2,3日後に日本に行きキックのジムでトレーナーをする事が決まったとの事。3ヶ月は行くらしい。信頼するジンチョーデンがセコンドに付いてくれないと思うと非常に残念だったが、ジンチョーデンの嬉しそうな顔を見ると、祝福の笑顔を返すしかなかった。
かわいい盛りの小さな子供がいながら、いや、小さな子供がいるからこそ遠い日本に出稼ぎに行かなければならないタイの元ボクサーの悲哀を知る事になるのは、まだのちの話しだった。
数日後ジンチョーデンがいなくなり寂しさと空しさを感じる私に更に追い討ちがかかる。デンさんが突然ジムから姿を消したのだ。
ジムの連中に聞いても誰もどこに行ったかいつ戻って来るかもわからないと言う。時々フラッといなくなり気が向いた時にまたジムに現れるデンさんの風来坊な生き方を知るのもこれまた先の話しだった。
試合前に信頼していた男二人がいきなり二人ともいなくなるという事態に直面した私は不安に駆られたが、これも試練だと思い練習に打ち込んだ。
信頼するパートナーがいなくなったからか、練習をやり過ぎたからか、試合4,5日前から激しい疲労を覚え体を動かす気にもならなくなった。とりあえずジムに行くが練習をする気が起きない。疲労と言う物をまったく感じさせず精力的に動く他の連中の練習を眺めていると、日本人のキックボクサーの人が来て「タイマッサージを受ければ一発ですよ」と言う。
私はその人のアドバイスに従い試合二日前タイマッサージを受けに外国人用の安宿や店が所狭しと並ぶカオサン・ロードへと向かった。
タイマッサージと足裏マッサージを初めて受ける私にはその施術者の腕がいいのか悪いのかはわからなかったが、とにかく痛い事だけは確かだった。
苦悶の表情を浮かべる私に「イタイデスカ?」とその男が笑いながら聞いて来るので何度も「痛い」と答えたが一向にその力を弱めず足の裏をグイグイと押して来る。
全身に力を入れてその痛みに2時間も耐えた。まったく馬鹿な事をした物だが、長くマッサージをしてもらえばその分早く疲れが取れると勘違いしていた。
マッサージ終了後店を出る時来た時以上の疲労を感じた。
翌朝ベッドから起き上がろうとすると全身が痛くて起き上がれない。しかも体が泥の様に重く眠だるい。
完全なもみ返しだった。
試合は明日だ。
信頼するトレーナー達がいなくなり体調は最悪と、まさに踏んだり蹴ったりだ。
「こんな時に負けるんだよな・・・・・」そんな言葉が頭をよぎる。
私はすかさず頭を振り「いや、ここで負ける訳には行かないんだ!」と自分に言い聞かせた。
デビュー戦とは違った種類の不安を抱えながら試合前日の夜を過ごした。
翌朝、体中の痛みと疲労はまったく取れていなかった。
ヤイさんの運転するバイクに乗りラジャダムナン・スタジアムへ計量に向かった。
ダラケた体も計量の場に着くと引き締まる。早速巨大体重計に乗る。デビュー戦の時の様にウェイトオーバーを宣告されるのではと心配していたが今回は無事スーパーバンタム級のリミット一杯でパスした。
今回も対戦相手の顔もわからずじまいだった。顔どころか相手が右か左かもわからないなんて事は日本では考えられない事だ。
右左どっちが来てもいい様に二人の対戦相手を想定して作戦を練る作業は苦痛だった。
相手が右か左かせめて試合当日には知りたい。日本では至極当然の事がここタイでは無理な話しだった。
夕方重ダルい体に鞭打つようにしてラジャダムナン・スタジアムへ向かう。
控え室に入ると言いようの無い緊張感に襲われる。「言い訳なんか通用しない、とにかく勝つんだ!」そう自分に言い聞かせる。
イスに座りヤイさんにバンテージを巻いてもらっている私の横をニヤッと笑いながら一瞥して行く男がいた。
ヤイさんが「あれが相手だ」とアゴで指して教える。
タイのボクサーは試合前にウォーミングアップがてらのシャドーをほとんどしないので相手が右か左かはいつもわからずじまいだった。
準備が終わりリングが見える長椅子に腰掛ける。
両隣りには無口なポーンさんと日本語の達者なプラモが座る。
デビュー戦の時の様に足が震える事はなかった。
悪魔の呼び声のような笛の音が聞こえて来た。立ち上がりリングへと向かう。今回は赤コーナーだ。日本での現役時代好んではいていた真っ赤なトランクスでリングに上がった。
早速試合が始まる。果たして相手は私の嫌いなサウスポーだった。
「サウスポーかよ」心の中で舌打ちをしながら対峙する。
サウスポーの場合相手の右腕が前に出ている為こちらの左ジャブがなかなか当たらない。
先ずジャブを当ててからリズムを作って行く典型的なオーソドックススタイルのアウトボクサーの私はジャブが当たらないと言う事だけで本来のリズムが崩れてしまう。
どうにもならないもどかしさを感じながらお互い乏しいアクションのまま1ラウンドを終えた。
コーナーに戻ると日本語の達者なプラモが私の顔に水をぶっかけながら「何やってんの!相手はサウスポーよ!右!右!右よ!」と私の顔に唾を飛ばしながら怒鳴りつけて来た。
この怒鳴り声で私は目が覚めた。
次のラウンド「右、右、右!」と心の中で唱えながら相手に向かって行く。
日本での現役時代、右ストレートを続けて打つ事がどうも邪道の様な気がして苦手だったが、なぜか今回は右のストレートが連発で打てる。しかもそのパンチがことごとく相手に当たる。私はだるい足を引きづる様に前のめりになって右を出し続けた。
突然の私のスタイルの変化に戸惑ったのか相手はズルズルと下がって行く。
のちに知人に指摘されて気が付いたが、私が右のストレートを連発で打てる様になったのは、専門学校時代の3年間サウスポーになる為右のジャブを数限りなく打ち続けたその成果だった。
日本での現役時代とは違って相手を追い回しながらこのラウンドを終えた。コーナーに戻るとプラモがロープの間から飛び込んで来ながら「それよ!右!右!右よ!」と大声を上げる。
次のラウンドも前のめりになって向かって行く。しかし相手も私の攻撃パターンを読み応戦して来た。お互いの頭から水しぶきが飛ぶ。追う私、下がりながらカウンターを取る相手。
3ラウンドを終えコーナーにぐったりとなって戻ると、リング下からアモウ会長が右を打つ真似をしながら身振り手振りで私に指示を出す。
4ラウンド目に入る。まるで4回戦ボーイの様にスタミナを使い果たした。このラウンドも一進一退だ。
長い3分間を終えコーナーに戻る。プラモが「右、右、右よ!」と怒鳴りながら私の体をマッサージする。視界がうつろに成って来てプラモの顔が見えずその声だけを聞く。下からアモウ会長の「タカオ!」の貫禄のある声が耳を打つ。会長に視線を移すと会長は向こうの方を指差す。指された方に視線を転じると電光掲示板があった。そこには5ラウンドと表示されている。
「残り2ラウンドしかないぞ」会長もなんとか私に気合いをいれようとしている。
プラモの叱咤に押し出されるようにしてコーナーを出た。自分の体じゃないような重だるさを感じながら前に出る。右が当たる。すかさず相手もパンチを返す。そのうち気が付いたら相手が鼻血を出していた。レフリーが一時試合を中断してドクターにチェックさせる。その間これ幸いとニュートラルコーナーに覆いかぶさるようにして休む。すると赤コーナー側から「タカオ!」との声と共に各々がそれぞれ大声で指示を出す。それらの声にうなずきながら彼らの私に勝たせようという気持ちがありがたかった。
小休止を取って相手も息を吹き返して来た。先手を取って攻めて来る。このラウンドを取られる訳には行かない。当たらないながらも見栄えを良くする為パンチを返す。ゴングが鳴りふらつく足取りでコーナーに戻る。
プラモとポーンさんがせわしなく体をマッサージしながら大声で指示を出す。ついに最終ラウンドだ。「絶対勝つぞ」自分に語りかけながらコーナーを出た。
相手は勝ってると思っているのか足を使って打ち合わない。私は両手で「向かって来い」と手招きする。それでも出てこない相手を追った。リング下から「ラストだよ!」と叫ぶ妻の声が聞こえる。私を応援するみんなの声に押されるようにして前に出た・・・・・。
待ちに待った最終ラウンド終了のゴングが鳴る。私は勝利をアピールする為右手を上げたが勝敗はまったくわからなかった。
セコンド陣と会長の叱咤と妻の声援を頼りになんとか6ラウンドを闘い切った。
コーナーに戻る。とにかくイスに座り込みたかったが、日本と違い試合が終わるとイスは出してくれない。
ロープにつかまり体を支えながらジャッジペーパーを集めるレフリーを目で追う。
集計を終えリング中央に出て来たレフリーが私の方を指差した。
「勝った!」思わず声が出た。
今回の勝利はまったく拾い物だった。四方に深々と頭を下げながら感謝した。
いつも仏頂面のプラモとは今までほとんど会話らしきものは交わした事はなかったが、それでも私を勝たせようとあれだけ熱の入ったセコンドをしてくれた。
熱い男プラモに感謝した。
試合後今回はきっちり1週間休み久々にジムへ行く。
チュワタナジムの選手の試合予定が書かれている黒板を何気なく見る。この頃には自分の名前ぐらいは読めるようになっていたが、そこに私の名前を発見した時は「えっ!」と少し声を出して驚いた。
私のタイ3戦目は9月3日に決まった。
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