ROUND 18

 ナパーポン戦から再起するにあたり私はアモウ会長に一つ直談判をした。

 それはしばらく、出来れば3ヶ月ぐらいは試合はしたくないという要望だ。

 念の為にタイ語がペラペラの人に通訳をしてもらう。

 思えばこの半年で6試合を闘って来た。しかも灼熱のタイでだ。そのうち一つはインドネシアに遠征して一階級上の前インドネシアチャンピオンとの10回戦、そして今回の世界ランカーのナパーポンとの一戦。これだけ試合をして心身共にくたくたにならない方がおかしい。

 日本の夏バテをひどくした様な状態がここ数ヶ月続いている。毎朝「起きろ!」そう自分に気合いをいれてやっとベッドから起き上がる。

 妻が言うには試合が決まると私は毎晩苦しそうにあぶら汗をかいて寝てるらしい。

 当分は試合は組まないで欲しい、それは妻の願いでもあり妻もアモウ会長に頭を下げてお願いした。

 通訳の人の言葉を聞くとアモウ会長は大きくうなずき私の希望を聞き入れてくれた。

 
 それから10日程が過ぎ1月に入ると朝晩の気温もめっきりと下がって実に過ごし易くなって来た。しばらくは試合も無いという気楽さもあり疲れも一気に取れて来た感じだ。そうすると、ナパーポンに雪辱してやるとの思いが沸いて来た。

 今のうちにハードなトレーニングをして体を鍛え、試合が決まったら練習量を控えて調整し、今度こそ万全な態勢でナパーポンと対決したい。

 私は10日ぶりにジムに向かった。

 しかし気合い満々でジムに着くが誰も練習をしていない。

 ちょうど正月のこの時期は日本と一緒でみんな里帰りをするようだ。ジムには正月明けに試合が決まっているムエタイの選手が2,3人とジンチョーデンがいるだけだった。

 しかも練習も完全に休みのようだ。私はバンテージを巻き一人で練習を始めた。いつもなら進んでミットを持ってくれるジンチョーデンもリングにあぐらをかいて座り、私の練習を眺めるだけで完全な正月モードに入っている。

 他に誰もいないのでお気に入りの固さのサンドバッグを好きなだけ打てる。

 まだ生々しいナパーポンの顔を思い浮かべて殴り続ける。

 休憩も取らずにひたすらサンドバッグ打ちに没頭した。

 しばらくして人の視線を感じて後ろを振り返ると、アモウ会長が仁王立ちで立っていたので驚いた。正月用の挨拶をして再びサンドバッグ打ちに没頭する。

 途中会長がジンチョーデンに何か聞きジンチョーデンが「大丈夫です」と答えたのは聞こえたが、構わずにサンドバッグを殴り続けた。

 一時間ほどの練習を終え充実した気持ちで家路につく。途中屋台で絞りたてのオレンジジュースを飲む。この充実感は何物にも代え難い。

 翌日も気合い満々でジムに行く。

 ジムに着くと私を待ちわびてたかのようにしてジンチョーデンが歯の欠けた愛嬌のある笑顔で近づいて来て言った。

 「タカオ〜二週間後に試合だぞ〜」


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●池田高雄(いけだたかお)
昭和44年宮崎生まれ。平成元年プロデビュー。リングネームは憧れのボクサー高橋ナオト氏にあやかり池田タカオ。B級、A級各トーナメントを制し95年にクリス・サギドの持つ東洋タイトルに挑むも判定負け。同年引退。3年半後にメキシコに渡り紆余曲折を経て妻を連れタイへ。タカオ・チュワタナの名で1年間に9戦し、2001年空位のPABA王座を後のWBAスーパーバンタム級王者のソムサックと争い7ラウンドTKO負けを喫し完全引退。元日本、東洋、タイ、ともに1位。

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