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タイに渡ってからというもの、メキシコで知り合い私をタイに導いてくれた河合さんからは毎月ボクシング専門誌と激励の手紙が届く。その情の厚さに毎回頭が下がった。
そして今回の手紙には河合さんの後輩のボクサーが今度チュワタナジムに修行に行くとの事。「とてもええ子なのでよろしくお願いします」と書いてある。
日本語とボクシング談義に飢えていた私は河合さんの後輩宇野さんがチュワタナジムに来るのを首を長くして待った。
しかし待てど暮らせど宇野さんはチュワタナジムに現れない。
そのうち一ヶ月以上が過ぎ、なかば宇野さんの事を忘れかけていたある日、練習を終えて帰る準備をしていると、片隅で数人のジムの連中が異様な暗さでコソコソと何か話している。始めて見る彼らのその険しい顔を不審に思い眺めていると、日本語の達者なプラモが私の所に来て陰鬱な表情で「ニホンジンボクサー、ジッティージムデ、シンダ」と告げた。
「日本のボクサーが死んだ!?」蒸し暑いタイで背筋がゾクッと寒くなった。
どうやらスパーリングの事故らしい。私は暗い気分でジムを後にした。
部屋に帰り着き早速妻にその事を話すと、驚いた表情で「その亡くなった人きっと宇野さんよ!」と叫ぶ。
「まさか・・・・・宇野さんはチュワタナに来るんだぞ」
「いいえ、絶対宇野さんだわ!」
そう言うと妻はフラフラとベッドに倒れこみ熱を出して寝込んでしまった。
妻の熱い額に冷たいタオルを乗せる。何度かそんな事をやっていると、妻がうわ言のように私の名前を呼ぶ。
「なんだ?」と顔を近づけるとうつろな目に涙をためて「高雄さん・・・・・死なないで・・・・・」と言う。
その言葉に心臓をギュッとつかまれる。
私は「大丈夫だ、俺は死なないから大丈夫だ」そう告げると妻は安心したかのように目をつぶり再び眠りに入っていった・・・・・。
そんなやり取りを数時間おきに深夜でも繰り返す。
次の日寝込んだままの妻を一人置いて練習に行くのは心苦しかったが、スパーリングの予定があるのでジムに向かった。
練習を終え帰り仕度をしていると、ジムの連中のコソコソ話しがフッと耳に入った。
亡くなった日本人ボクサーはかなり階級が上の相手と毎日のようにスパーリングをやらされていた・・・・・・・。
その言葉を聞いた瞬間、「なにっ!」っと全身の血が怒りで逆上するのを感じた。
階級が違う相手と毎日スパーリングをやらせた奴と、階級が下の相手を死ぬまで殴った奴は許せねぇ!
私はその場で明日、ジッティージムにスパーリングと言う名の殴り込みをかけに行く事に決めた。
ジムを出て部屋に帰る道すがら「これは宇野さんの弔い合戦だ」そう自分に語り決意を固めた・・・・・・。
部屋に帰ると妻は相変わらず熱を出したまま眠っている。苦しそうな表情で眠る妻の顔を見つめながら「お前には悪いけど、明日行って来るからな」そう告げた。
夜中に「死なないで・・・・・・・」とうわ言を繰り返す妻に「俺は大丈夫だ」そう答えながら、宇野さんを死なせ、妻を苦しめるまだ見ぬ相手に対し、生まれて初めて味わう復讐の念に燃えた・・・・・・。
翌朝のロードワークはスパーリングに備えて軽めにした。試合前でも感じた事のない程の力が全身にみなぎっているのを感じる。走りながら今日の果し合いの事を考える。ジッティージムには行った事はないが、外国人バックパッカーが集まる安宿街のカオサンロードにある事は知っている。カオサンロードに行き屋台の人にでも聞けばわかるだろう。
ひょっとしたら宇野さんを死ぬまで殴った相手は外国人かも知れない。チュワタナジムにも時々デカイ白人のキックボクサーがフラッと来ては練習をしていた。彼らは私が日本人だとわかると必ず「アーユースピークイングリッシュ?」と聞いて来る「ア・リトル」と答えると軽侮の表情を見せる。
外国に来ていながらその国の言葉を一切使おうとせず、英語だけで通そうとする彼らの傲岸な態度には以前から頭に来ていた。
相手がデカイ白人なら望むところだ。
4回戦ボーイの頃ウェルター級の相手とスパーリングをした事を思い出す。パワーの差は歴然としているが相手のパンチの振りが大きい為カウンターが狙いやすい。「相手はデカければデカイ程いい」緊張する自分を鼓舞するようにそう言い聞かせた。
ロードワークの後の練習は一切せず部屋に戻る。今日のスパーリングに自分が持てる力の全てを出し切って見せる・・・・・・。
部屋に帰ると妻が三日ぶりにベッドから起き上がって来た。喜ぶ私に開口一番「宇野さんの為にお祈りに行きましょう」と言う。
私達は早速バスに乗りいつも参拝客が絶えないお寺へと向かった。
大きな線香を買い火をつけて供える。しゃがみ込み手を合わせて瞑目し、宇野さんに語りかけた。
「宇野さん、どうしてチュワタナに来てくれなかったんですか・・・・・。チュワタナに来てたら、絶対俺が死なせなかったのに・・・・・・」
そこまで言うと不意に涙があふれて来た。
唇が震えてもう何も言えない・・・・・・。
宇野さんの命を救う事が出来なかった悔いの涙だった。
隣りの妻はいつまでも手を合わせて祈り続けていた・・・・・・。
帰りのバスの中でこれからの事を考える。3時ぐらいから練習が始まるだろうから昼過ぎぐらいに出れば充分だな。そんな事を思うがどうもおかしい。今朝あれほど全身にみなぎっていた怒りがどうやっても沸いて来ない。
窓の外の乾いた青空に浮かぶ白い雲を眺めながら「おかしい、おかしい」と首をかしげていると、ふと「僕の為にそんな事はしないで下さい」と言う宇野さんの声が聞こえた気がした。
ハッとする。
「そうかぁ・・・・・。そうだよなぁ・・・・・・。俺が殴り込みをかけに行っても、心優しい宇野さんは決して喜ばないだろうな・・・・・・」
「わかりました宇野さん・・・・・・」
私はポッカリと浮かぶその白い雲に向かってそう告げた・・・・・・。
数日後、河合さんから手紙が届いた。おそるおそる封を開ける。
そこには痛々しい文面で宇野さんが亡くなった事が書かれてあった・・・・・・。
「やっぱり宇野さんだったのか・・・・・・」
私は手紙を握ったままその場で黙祷を捧げ、宇野さんに語りかけた。
「宇野さん、俺が宇野さんの分までタイで闘いますから、天国で見ていて下さい・・・・・・」
日本に帰国後しばらくたってから、妻は私の試合が決まるたびにあのお寺に行き「どうか主人をお守り下さい・・・・・・」と、宇野さんの霊にお祈りしていた事を知った。
私がこうやって無事に日本に帰って来る事が出来たのも、宇野さんが守ってくれていたお陰かも知れない・・・・・・。
祖国日本を遠く離れた南の地で、人知れず散って行った一人の男がいた事を、私は決して忘れはしない・・・・・・。 |