|
計量当日の朝、地の底から湧き上がって来るようなコーランの響きで目が覚めた。
外を見ると真っ暗だ。こんな朝っぱらから毎日大音量で念仏を聞かされるのかと思うとうんざりすると同時に、イスラム教徒の信心深さに恐れ入った。
やっと日が昇って来たがそれと同時に一気に暑くなって来た。タイより更に暑い感じだ。ケェーの部屋に行くと暗い表情で体重計に乗っている。かなりオーバーしているようだ。私も試しに体重計に乗ろうとしたが、その体重計は一昔前の錆び付いたヘルスメーターで、目盛りも500グラム単位でおおざっぱだ。しかも最初の時点で針が0を指していない。
ケェーにその事を指摘すると「これでいいんだ」と言う。
こんな怪しげな体重計の数字を信じる気にはなれず、結局一度も乗らなかったが、こんな重いだけのポンコツ体重計を俺はわざわざタイから持って来たのかと思うと徒労感に襲われた。
タイを出る時にすでにスーパーバンタムのリミットに落としていたので、単純に考えてもあと1.5キロはお腹に入れられるはずだが、昨夜エリックの親父さんから焼肉としゃぶしゃぶをミックスしたような不思議な鍋料理をご馳走になったので念の為に計量までは食事はしない事にした。減量着を着込むケェーを尻目に部屋に戻る。
ベッドに横になり異国情緒あふれるインドネシアのテレビを見たりして計量までの重苦しい時間を過ごした。
昼過ぎ頃エリックが部屋に来た。計量の前にヤイさんを迎えに空港に行くと言う。本当にヤイさんがインドネシアまで来れるのか半信半疑だったが、とりあえずエリックの車に乗り込む。
昨日3時間いた空港に着く。なぜかみょうに懐かしい。タクシーの客引きの連中がいた。笑顔で再会を喜ぶ。待つ事数十分ヤイさんが到着口を出て来た。二日ぶりの再会だがやけに嬉しい。客引きの連中にさよならを言う。ヤイさんが「友達か?」と言って不思議な顔をしていた。
いよいよ計量だ。計量はなぜかテレビ局でやるらしい。再び車に乗る事数十分、テレビ局に着く。ただのノンタイトル戦なのにカメラを持った記者達が10人近くいて驚く。やはりインドネシアはボクシングの人気がかなりあるようだ。
対戦相手と顔を合わす。タイのフェザー級チャンピオンを4ラウンドで倒す程だからかなりのこわもてな顔を想像していたが、拍子抜けする程童顔だ。それと同時に若さゆえの天才性も感じさせた。
先ず最初に私が秤に載る。インドネシアに着いてから一度も体重を量っていなかったので少し心配だったが、感覚的には体重はそれ程変わってはいないはずだった。
日本と同じ形のハカリだ。なぜか安心する。慎重に載る。フェザー級リミットの57キロあたりにあった目方がどんどん下がって行く。「アレアレ・・・・・」と思っているうちにハカリは55キロピッタリで止まった。フェザー級リミットの下限を下まわりスーパーバンタムになっている。
一瞬沈黙が流れる。
すると「オーケー!!」との声がかかる。私は「?」と思ったがその場で無理矢理水など飲まされて再計量をしなくてすんでホッとした。
こんな事なら昨日の焼肉をもっと食べとけば良かったと後悔したが、後の祭りだった。
続いて対戦相手が服を脱ぎ秤に載った、と同時に周りを関係者がグルっと囲みまったく秤が見えない。すると一斉に「オーケー!!」の声がかかる。対戦相手はサッと秤を降りた。計量は終わったみたいだ。まったくインチキくさいが、多勢に無勢でどうしようもない。とにかく勝てばいいんだ、と自分に言い聞かせた。
計量を終えると記者連中に囲まれる。まるで世界戦のようだ。口々に聞き易い英語で質問を投げかけてくる。私が日本人だと知るとみんな一斉に驚く。そして「なんでタイでボクシングをやってるんだ?」と質問されて困った。今までの込み入った話しを英語で説明出来るはずもなく、私は「アイラブ タイランド」と答えた。
全員不可解な表情でうなずいた。
一番困った質問が最後に聞かれた「相手を何ラウンドで倒すか?」だった。
モハメド・アリじゃあるまいし相手を何ラウンドに倒すかなんて考えた事もない。
私は「わからない」と答えたが、記者達は質問の意味がわからないのだと思ったらしく、また同じ質問を繰り返す。その度に「わからない」と答える。そんなやりとりを何度かやっているうちにケェーが私に「3ラウンド」と小声で言う。仕方なく「3ラウンド」と答えると記者達は納得した顔をして離れていった。
計量を無事終えテレビ局を後にし食事をする事になった。雑多な路地に入り香辛料の匂いのきつい食堂に入る。席に着くと目の前に所狭しと料理の載った小皿が並ぶ。エリックが「好きなだけ食べろ」と笑顔で言う。
しかし好き嫌いの激しい私はどの皿を見ても箸が進まない。へたな物を食べて試合前にお腹を壊すわけにはいかず、かと言って試合前日に何も食べない訳にもいかない。妻とケェーが普通に食べてる中なんとかインドカレーのような物だけを食べた。
食事を終えホテルに戻る途中、エリックが明日の試合は夜の10時からだと言う。その言葉を聞いて声を出して驚くと同時に気分が暗くなった。
そんな遅い時間にいまだかつて試合をした事は無く、かれこれメキシコ時代から今まで約一年半、毎晩10時には床に着く規則正しい生活を送って来た。10時過ぎまで起きている事すら大変なのに、寄りによってそんな時間にボクシングの試合をしている自分の姿がどうしても想像出来ない。しかも試合はインドネシア全土に生中継されると言う。
これは映画「真昼の決闘」ならぬ「真夜中の決闘」だな・・・・・と、インドネシアの雑多な街並みを眺めながら観念した・・・・・。
ホテルに戻り窓を締め切っていた部屋に入ると低温サウナの様な熱気に包まれる。クーラーをつけるが一向に涼しくならない。チョロチョロと出る生ぬるいシャワーを浴びて寝苦しい夜をほとんど無言で過ごした。
翌朝お決まりのコーランで起こされる。いよいよ今日だ。まだ真っ暗なジャカルタ市内を眺めながら勝利への誓いを立てた。
日も昇りやっと起き出して来た妻と食事がてら散歩に行く。タイと同じで通りには屋台が出ているが、どこを覗いてもあまりおいしそうじゃない。うだるような暑さも重なって食欲は減退する一方だが、試合前に何かエネルギーを補給しなくてはならない。麺類ならなんとかお腹に入るだろうと思いラーメン屋の様な屋台に入る。言葉がまったく通じないので適当に指を指して注文した。
出て来た代物は日本のカップラーメンよりはるかに不味くて半分以上残す。妻も無言で残した。
暗い気分で屋台を出る。ホテルへ戻る途中、学校があり校庭で走り回っている元気な子供達を眺めているうちにその無邪気な元気さに吸い寄せられる様にして校庭に入った。
カメラを向けるとみんな集まって来た。メキシコでもそうだったがどの子も目をキラキラと輝かせて実に愛くるしい。ひょっとして子供が子供らしくないのは日本だけではないのか?ふとそう思った。
子供達の満面の笑顔につられて笑っている自分に気が付き心が和む。試合前の殺伐とした気分が洗い流されて行くようだ。無邪気な子供達の笑顔に救われたような気になった。
ホテルに戻りベッドに横になる。少しするとケェーとヤイさんが来て市場に買い物に行こうと言う。観光気分の二人の誘いを断り再びベッドに横になる。
昼頃再び部屋にヤイさんが来て「飯を作ったから食べに来い」と言う。言われるまま着いて行き下の食堂に行く。チュワタナジムの料理人であるヤイさんは、インドネシア料理のあまりの不味さに閉口しホテルのキッチンに押し入り自分で勝手に料理を作ったようだ。簡単な玉子料理とチャーハンを「うまいか?」と何度も聞くヤイさんに「うまいうまい」と言いながら食べた。
ヤイさんのお陰でお腹も満たされ、部屋に戻り見るとも無くテレビをつける。すると驚く事に今夜の試合のCMが放送されていた。対戦相手のアルファリジの試合の映像と共に私の事をタイ1位の日本人と書かれたプロフィールが出る。一人興奮しながら、タイ1位として、そして日本人として、ここインドネシアで恥ずかしくない試合をしよう、そう決意した。
夕方頃再びヤイさんが来て「これを食べろ」と言ってお盆に山盛りになったフルーツを持って来た。わざわざ私の為に市場で買って来てくれたらしい。その優しさに感謝する。そしてそのフルーツの中に大きなぶどうがあるのを見て思わず声を出して喜んだ。私は日本の現役時代から試合前はブドウ糖補給の為にぶどうを食べる事を習慣にしていた。その習慣はタイに来てからも続けて来たが、ここインドネシアでは無理な物と諦めていた。目の前で艶やかな光りを発する大粒のぶどうを口に入れながら、勝利への意欲が沸々と湧き上がって来るのを感じた。
すがれるものならどんなものにでもすがりたい。試合前のそんな息苦しい心境の中、一つの食べ物が持つパワーは孤独なボクサーにとって、とてつもなく大きい。
真っ赤な熱い太陽が沈むと、それまでゆったりと流れていた時間が急に早く感じる。あっと言う間に約束していた8時になり、今度は時間ピッタリにエリックが迎えに来た。
夜空を見上げるといつの間にか大きな月が出ている。そしてタイミングがいいのか悪いのか遠くからコーランが聞こえて来た。音のする方を見るが真っ暗で何も見えない。その重く暗い念仏は試合前の私にとってまるで地獄からの呼び声のように聞こえた・・・・・。
試合は計量が行われたテレビ局の中のスタジオでやるらしい。8時半過ぎに会場入りする。
控え室は後楽園ホールより広く落ち着いた感じだ。ラジャダムナンスタジアムのように相手と同じ控え室じゃなくてホッとする。
早速準備をしているとテレビ局のスタッフが入って来てエリックと何やら話している。エリックが私に申し訳なさそうに言うには、ボクシング中継の前の番組の放送が遅れてしまい私達の試合は2時間遅れるとの事だ。
「2時間!?」思わず大声が出る。と言う事は試合開始は深夜12時過ぎになる。
そんな時間に起きている事はおろか、とてもじゃないが体が機敏に動きそうにない。暗澹たる気持ちでいると、ヤイさんが「早く寝ろ寝ろ」とうるさい。
寝る前にトイレに行こうと控え室を出ると、相手側控え室の前でアルファリジがブルカをかぶった年配の女性とリラックスした表情で談笑していた。おそらく母親だろう。試合前の控え室に母親が息子に会いに来るなんて事は日本でもタイでも考えられないがインドネシア人は家族愛が強いのだろうか。
控え室に戻りケェーと二人で長椅子に横たわる。緊張と興奮で寝られるはずもないが、目をつぶり呼吸を整えていると隣りのケェーがスヤスヤと寝息を立て出した。「まったくタイ人はお気楽だなぁ」そう思っていたがケェーの規則的な寝息に誘われていつしか私も眠りに入って行った・・・・・。
「起きろ起きろ!」ヤイさんに起こされる。早速着替えようと机の上に日の丸が縫い込まれたトランクスを置く。すると突然エリックがトランクスの日の丸を指差し「日本は昔アジアで悪い事をした。でも最後はアメリカのアトミックボムでボン!だ」と言って笑った。
肌の白い中国系のエリックは学校で露骨な反日教育を受けて育ったのだろう。私にいつも愛想の良いエリックが心の底では日本人の事をそう思っているのか・・・・・と、ショックだった。
しかし、そう思うと同時に、敗戦後祖国日本に帰らず再びインドネシアを植民地にしようと侵略して来たオランダ軍と戦い、インドネシア独立の為に死んでいった日本人が千人以上いた。今でもインドネシア独立記念日には日本の軍艦マーチが流れる。そんな事をエリックに言いたかったが、試合前に外国語でそんな説明が出来るはずも無く、唇を噛んでトランクスに縫い込まれた日の丸を見つめた。
そんな事があった後、ヤイさんはケェーと私に手際良くバンテージを巻き出した。几帳面に丹精込めて巻いて行くヤイさんの腕前はまさに職人技だ。キッチリとバンテージが巻かれた拳を握り締めて勝利への決意を新たにする。
後は出番を待つだけだ。時計は11時半をまわっている。もうここまで来たら眠いなんて言ってられない。やるしかないのだ。
それまで何かと騒々しかった控え室も試合時間が近づくにつれ静かに成って行き、今は沈黙だけがその空間を支配していた。
その時入り口のドアが開いた。全員反射的に入り口を見る。すると一人の見知らぬオバサンがつかつかと入って来て私の方に向かって来る。私の目の前に来てもその勢いは止まらない。あわてて道をゆずる。部屋の奥に行ったそのオバサンは手際良く1メートル四方の布キレを床に敷くとやおらアラーへの祈りを始めだした。
ブツブツと呪文を唱えながら何度も床にひれ伏す。おそらくこのオバサンは毎晩この時間にこの場所で誰がいようと関係なくアラーへの祈りを捧げているのだろう。イスラム教徒の狂信的な信心深さに驚き呆れていると、ケェーがいきなり声を出して笑い出した。
私は慌ててケェーを止める。オバサンはまったく意に介さず祈りを続け終わると布切れを畳むと無言で更衣室を出て行った・・・・・。
再び重苦しい沈黙が流れる。しばらくすると入り口が開きテレビ局のスタッフが私達に出番を告げる。いよいよだ。
時計を見るとぴったり12時を指している。本当にこんな時間にやるらしい。更衣室を出て一旦外に出て屋外にある会場に向かう。外は不気味な程静かだ。会場に向かいながら「こんな時間にボクシングの試合を見に来る人間が本当にいるのか?」とか「観客が誰もいなかったらどうしよう?」等と疑問が沸く。
会場の重そうな扉が開かれた、と同時に目を覆いたくなるほどの光りと、耳をふさぎたくなるほどの歓声に包まれる。遠くに見えるリング上には10人程のチアガール達がピラミッドを作っている。観客全員総立ちで歓声を上げている。その異様な熱気で私は全身に鳥肌が立った。
生贄にされる人間の心境とはこんな感じなのだろうか・・・・・と、ふと思った。
チアガール達がリングを降りた。リングアナウンサーが何やら大声でまくしたてる。どうやら入場らしい。私達の先頭には大きなタイの国旗を持ったインドネシアの女性がいてその女性の後をついてリングに向かう。狭い会場に満員電車並みに人が立っていて前が見えない。至近距離から大声で訳のわからない言葉でヤジられる。まるで処刑場に向かう罪人だ。
テレビ局の無数のライトに照らされたリングに上がると懐かしい後楽園ホールのリングを思い出した。ブーイングすら心地いい。
一転して騒々しい歓声に包まれて大きなインドネシア国旗を先頭に二人のボクサーがリングに上がって来た。
全員がリング上に横一直線に並ぶと国歌斉唱が始まった。最初はタイ国歌だ。ブーイングも聞こえるが意外と静かにタイ国歌は流れた。終わると同時に私とケェーは声を合わせて「チャイ、ヨー!チャイ、ヨー!チャイ、ヨー!」と、右の拳を突き出しながら叫んだ。
続いてインドネシア国歌が流れる。観客全員がこれでもかと言うぐらいの大声で歌う。その迫力に圧倒される。
セレモニーが終わり最初に試合をするケェーを置いてリングを降りた。私とエリックは二人で再び控え室に戻り、控え室の廊下に設置されたモニターに映し出されるケェーの試合を見守る。何度も倒されたケェーが力尽きてマットに沈むのをエリックと無言で見届けて控え室を後にした。
再び会場に入りうじゃうじゃいる観客の間を縫ってロープの最上段からタイ式にリングに入る。相変わらず強烈なブーイングやヤジが飛ぶ。続いて歓声に包まれながらアルファリジがリングに上がって来た。
隣りにはアルファリジとそっくりな顔をした年配の男がピッタリと寄り添っている。おそらく元ボクサーの父親が息子を世界チャンピオンにするべく子供の頃から鍛え上げ、二人三脚でここまでやって来たのだろう。
レフリーに呼ばれリング中央に行き相手と対面する。口元が上がり自信満々な笑みを見せている。憎らしい程の落ち着きようだ。
お互いコーナーに戻りゴングが鳴るのを待つがテレビの時間の関係か、なかなかゴングが鳴らない。その間私とアルファリジはお互い一瞬たりとも目を離さず相手を見据え続けた。
ついにゴングが鳴った。それまで静かにしていた観客が一斉に大声で「アル、ファー!アル、ファー!」の大合唱を始める。初めて経験するうるささだ。
とにかく相手のスタイルを見極めようと動きを注視する。始めて見るガードを大きく広げた構えのせいか体が一回り以上大きく感じる。膝を柔らかく動かしながらゆっくりとリズムを取るその姿は、まるで巨大な黒アゲハ蝶が羽を疑似餌にして獲物を誘い込んでいるようでまったく不気味だ。
それでもお互い手を出さないでいるとレフリーが「ファイト!」と殴り合いを促がす。軽く何度かジャブを出す。相手がやけに遠い。そう思った瞬間、いきなり左フックが飛んで来た。寸前でかわす。瞬発力が凄い。全身柔らかで強靭なバネのようだ。
今度は左の腕をダラーンと下げると、実にスピーディーなフリッカージャブを突き上げて来る。始めて見るスピードだ。そのスピーディーなジャブに目を奪われているといきなり左フックを放ちながら飛びこんで来る。実にやりにくい。
あっと言う間に1ラウンドが終わった。インターバル中軽快な音楽に合わせてラウンドガールが大きなプラカードを持ってリングを歩く。その間嬌声と口笛が引っ切り無しにリングに飛んで来る。深夜にこれだけのエネルギーを発散出来るインドネシア人のパワーに驚く。
2ラウンドに入る。相手も私のスタイルを見極めたのか積極的に攻めて来る。相変わらずスピードは凄いが一発で倒そうとするあまり振りが大きく意外とよけ易い。しかし相手のパンチが私に当たろうが当たるまいが関係なく相手が手を出すたびに大きな歓声が沸く。私は判定まで持って行くというまともな考えはスッカリ頭から消し去り、相い打ち覚悟のカウンター戦法に完全に切り替えた。
出来るだけスキを見せずに相手の大振りなパンチにカウンターを合わせる私の闘い方は相手もやりずらいらしく、両手をダラーンと下げたりサウスポーに構えたりと手を代え品を代え私を誘い出す。サウスポースタイルからはいきなりの右フックが飛んで来る。まるでナジーム・ハメドのようだ。
2ラウンドが終わる。セコンドにさっき試合を終えたばかりのケェーがリングシューズを履いたままの姿で加わりヤイさんと二人で献身的に世話をしてくれる。敵地インドネシアで孤立無援の闘いを続ける私達は固い団結力で結ばれている様な気がした。
3ラウンドに入り更にKOを意識して来た相手は体格差に物を言わせ私をロープに詰めて連打を放つ。相変わらず歓声が凄い。矢継ぎ早やに飛んで来るパンチを全てよける事等出来ず何発かもらう。ズシーンと脳天に響く。まともにもらったらそのままリングに沈みそうだ。時折り数少ないながらも私のパンチが当たる。一斉にシーンとなる中「いいよー!当たってるよー!」と言う妻の悲痛な叫び声が耳に届いた。
「あいつも闘っているな・・・・・」そう思った・・・・・・。
|