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タイ滞在も4ヶ月を過ぎ、以前から思わしくなかった体調が更に悪化して来た。
以前なら試合後一週間も休めば疲れが取れたのだが、この頃は幾ら休んでも疲れが澱の様に溜まった感じでベッドから起き上がるのもダルイ。
そんな状態だからもちろん練習なんかやる気が起きないが、さぼっていると思われるのがしゃくなので一応練習の準備だけしてジムに行く。
すると私がタイランキングの1位になった事をジムの連中が教えてくれた。
ついに1位まで来たか・・・・・。感慨もひとしおだ。
あと上にいるのはチャンピオンだけだが、あいにくチャンピオンは同じチュワタナジムのビチットだ。
ビチットとは初日のスパーリング以来何度と無く手合わせして来た。ずんぐりむっくりとしたラフなサウスポーのファイターであるビチットはやりにくい相手だが、初日に倒した事もあり、勝つ自信は十分にある。
アンモ会長はそのうちビチットをフェザーに上げ、私を空位の王座決定戦に出すと言ってくれたのでその日を心待ちにしてジムに通った。
そんなある日、怖れていた次の試合が決まった。
ウェンペットが「タカオ!ツギ、シアイ、インド」と言う。
「インド!?」
「インド」そう言ってうなずく。
インドでボクシングの試合が行われたなんて聞いた事がない。私の頭の中はインドの雑多な街のイメージで一杯になった。
何度もジムの連中に本当にインドか?と確認を取っていると、キックの人が「インドってインドネシアの事らしいですよ」と教えてくれた。
なんだインドネシアか、と合点がいった。
インドくんだりまで行かなくて良かったと、ホッとするもののインドネシアだって外国である事に変わりはない。しかも試合まで後2週間もない。相変わらずの強行軍だ。
タイで試合するのもダルくて仕方ないのに、どうやって行くのか知らないがインドネシアまで試合をしに行くと考えただけで疲れが倍増した。しかも今度の試合は10回戦らしい。
練習もそこそこに部屋に帰り妻にインドネシアで試合をする事を告げ、驚く妻の声を背にベッドに横になる。
タイに来て5ヶ月で5戦目を闘う事になった。日本では考えられないハイペースだ。しかも今度は10回戦の海外遠征だ。どう考えても疲れない方がおかしい。そんなに続けて試合が出来るかよ!と、悪態の一つも付きたくなる。
しかし、そんな時私はボクシングがやりたくても出来なかったあの3年間の専門学校時代、授業中屋上でシャドーをし、帰宅後夜のグラウンドをひた走りサッカーのゴールポストを殴り続けたあの日々を想った。
メキシコから帰国後、土方仕事をしながら高校のジムでひたすらサンドバッグを殴り続けたあの日々を想った。
あの時の苦しみを思えば、試合をやらせてもらえるだけでもありがたい。そんな気持ちになる。
あの時の苦しみは、この時の為に必要だったのだ・・・・・・。
2週間はあっと言う間に過ぎた。10月に入り雨季から乾季になったタイでは朝晩がぐっと涼しくなりかなり過ごし易い。疲れもある程度取れて来たのは嬉しい誤算だった。
今回妻の同行をアンモ会長に頼んだが、会長は快く許可してくれた。
試合当日妻とジムに行くと他のジムの見知らぬケェーと名乗るボクサーが一人いた。ひげのヤイさんが一緒にインドネシアまで行くそうだ。4人でタクシーに乗り空港へと向かう。
ドンムアン空港に着き早速出国手続きをする。するとヤイさんが引っ掛かった。長い間係官と押し問答をしている。私達は不穏な空気の中そのやりとりを不安な面持ちでみつめる。結局一時間程すったもんだした挙句ヤイさんは出国を認められなかった。「どうすんだよ・・・・・」と思っていると、ヤイさんがケェーに何やらメモ書きを渡し「明日必ず行くから」と私に告げると足早に空港を去って行った・・・・・。
どうやら私達だけでインドネシアまで行かなくてはならなくなったようだ。出発時間まであとわずかだ。私達は急いで搭乗口まで向かいなんとか機上の人となる。まったくバタバタだった。
タイ特有の加減を知らないクーラーの中、薄着の私と妻は震えながら途中乗り継ぎのシンガポールへと向かう。
シンガポールの空港で3時間程待ちなんとか乗り継ぎが出来た。メキシコでの経験が役にたった。
午前中タイを出て、インドネシアに着いたのは夕暮れ時だった。入国審査の長蛇の列に並ぶ。重い荷物を持ちながらいつ終わるとも知れない入国手続きをひたすら待つ。やっと順番が来て緊張しながらなんとかパスした。しかし、他の列に並んでいたケェーが引っ掛かったようだ。早口で質問攻めにする係官の前でケェーは下を向いたまま黙っている。私はケェーの所に行き「俺達はボクシングの試合をするんだ」と身ぶり手振り入りの片言の英語で説明しなんとか無事入国出来た。
外に出るとメキシコやタイと同じでむせ返る熱気の中、出迎えや客引きの人々でごった返している。
私達は出迎えに来ているはずのインドネシアのボクシング関係者に声をかけられるのを待った。
しかし、待てど暮らせどそれらしき人は誰も声をかけてこない。代わりにタクシーの客引きの連中が引っ切り無しに声をかけてくる。
「どこに行くんだ?」
「わからない」
そう答えるとさすがの彼らも肩をすくめてお手上げ状態だった。
二時間近くがたち日もすっかり暮れた頃、私はタイの空港でヤイさんがケェーに何かメモ書きを渡した事を思い出した。
早速ケェーにあのメモを出せだせとせっつく。ポケットに無造作に押し込まれくしゃくしゃになったそのメモをケェーが開く。みんなが一斉に身を乗り出して覗き込んだ。
そこには一言「Mr.Erick」とだけ書かれていた・・・・・・。
妻がため息を吐きながらその場にへたれこんだ。私も座り込みたくなった。
すると一緒に覗き込んだ客引きの一人が笑いながら「エリックモラレスか?」と言うのを聞いて驚いた。
特別ボクシングファンでもない人がエリックモラレスの名前を知っているなんて、インドネシアではかなりボクシングの人気があるのではないのだろうか。
そんな事を思いながらも、もしこのまま迎えが来なかったら試合はどうなるのだろうか・・・・・と心配になる。いや、それよりも今夜の宿はどうするのか?
途方に暮れ疲れきって座り込んでいると目の前を日本の格闘技団体のTシャツを着た体格のいい私と同じぐらいの年齢の日本人らしき人が通り過ぎた。
私はその人に意を決して話しかけた。やはりその人は日本人だった。事情を説明し明後日ボクシングの試合がある会場を知らないだろうか、と尋ねた。
最悪の場合明日にでも直接会場に向かおうと思ったのだ。
しかし残念ながらその人は格闘技とはまったく関係が無くボクシング会場等知るよしも無かった。
ガックリ来ていると、その人はポケットから携帯電話を取り出し「これでタイの会長さんに電話して相談してみたらどうですか?」と言う。
見ず知らずの人間に、ただ同じ日本人だというだけで携帯で国際電話をかけさせてくれようとするその人の優しさに感動して一瞬声が出なかった。
丁重に断ると「でもそれ以外方法はないでしょう」と言う。
私は恐縮しながら深くお礼を言い、アンモ会長とまともな会話の出来るケェーをキョロキョロと探した。すると向こうからケェーが満面の笑みを浮かべながら走って来て「大丈夫だ大丈夫だ!」と言う。
ケェーが興奮しながら語る事によると、親切なインドネシアの女性がいて公衆電話から電話帳片手にジャカルタ中のエリックという名前の人に片っ端から電話して、ついにボクシング関係者のエリック氏を見つけ出したと言う。
まさに奇跡だった。
その女性が「もうすぐ迎えに来るわよ」と言ってニッコリと微笑む。
私と妻はひれ伏さんばかりにその女性に何度も何度も頭を下げた。
電話代を払おうとするとその女性は受け取らずに去って行った。
私に携帯を貸そうとしてくれた人も「良かったですね〜」と言って足早に空港の外へ向かって行く。
まさに地獄に仏とはこの事だった。
30分後息せき切って迎えに来た私よりまだ若いエリック氏は開口一番「明日かと思った」と言った。
私はその一言にカチンと来て思わず睨んだ。
どうやらインドネシアはタイよりいい加減らしい。
するとエリック氏は慌ててタイから送られて来たと言う書類を取り出し、これを見てくれと言って私の前に突き出した。
怒りを持ってその書類を見ると、確かに私達の到着の日にちが明日になっていた・・・・・・。
結局空港には3時間もいて3人ともグッタリだ。空港の外まで見送りに来てくれた客引きの連中と記念写真を撮った。
エリックの車に乗り込む。なんと運転手付きだ。ホッとしながら夜のジャカルタ市内の風景を眺める。世界最大のイスラム教徒の人口を持つインドネシアの夜はタイと違ってけばけばしいネオン等なく屋台の光以外無くほとんど真っ暗だった。
ホテルに着く。私と妻、ケェーとヤイさんと二部屋用意されていた。早速シャワーを浴びようとするとちょろちょろとしか水が出ない。フロントに文句を言うと渋々修理に来たが少しマシになった程度だった。
明日が計量だ。タイではスーパーバンタムでやると聞いていたが、先程エリックに確認したらなんとフェザーだと言う。抗議をしてみたところでどうにもならない。元々日本ではフェザーでやっていたからたいしたことはない、そう自分に言い聞かせた。
更にエリックが目を輝かせて言うには、私の対戦者はインドネシア期待の星らしく、前インドネシアフェザー級チャンピオンで現在東洋フェザー級6位らしい。しかもこれは後から知った事だが、王座を奪われる事になったインドネシアタイトルマッチの相手が現在WBAフェザー級の超安定王者のクリス・ジョンで、1ラウンドにあのクリス・ジョンを2度も倒しながら、最終12回(インドネシアは国内タイトルも12回戦)に逆転のKO負けを喫したらしい。
クリス・ジョンに敗れてからの再起戦でタイの現役フェザー級チャンピオンを4ラウンドにマットに沈め、再起第二戦目の相手が私らしい。
エリックの言葉を聞きながら、緊張感と恐怖感が背中を走るのを感じた。
エリックに私の対戦相手、モハメド・アルファリジが右か左か確認する。
「右だ」と言う。試合前に相手が右か左か確認できただけでもタイよりましだと、自分に言い聞かせた。
果たして、モハメド・アルファリジは私がかつて対戦したどんな相手よりも多彩な技とたぐいまれな才能を併せ持ち、そして、悲しい運命を背負った男だった・・・・・・。
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