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チュワタナジムで練習を始めてちょうど1週間が過ぎた頃、珍しく練習中にアモウ会長がジムに現れた。そして私に向かって大声で何か言った。
すかさず日本語の達者なウェンペットが「タカオ、2週間後に試合大丈夫か?」と通訳した。
「2週間後!?」全身に緊張が走るのを感じる。
普通日本では試合が決まるのは2,3ヶ月前だ。タイでもたぶんそれぐらいだと漠然と考えていた私は驚いた。
心も体もまだまったく準備出来ていない。
しかし試合を組んでくれと頼んでおきながら、しかもジムの全員が私を注視する中断る訳にはいかない。
私はウェンペットに「大丈夫」と答えた。
アモウ会長は私の返事を聞くと満足気にうなずくとジムの連中も再び練習を始めた。
メキシコでは半年いても試合が決まらなかったのにここタイでは1週間で決まった。緊張と感謝が入り混じった複雑な気持ちでサンドバッグを殴った。
練習を終え部屋に帰り妻に試合が決まった事を伝えると「エッ!!もう試合?」と血相を変えて驚く。
試合が決まってからの私は自分でも信じられないぐらいに口数が少なくなった。4年8ヶ月間思い続けたリングについに上がる事が出来る。しかも敗北は絶対にゆるされない。もし負けたらおそらく自分は二度と立ち上がれないだろう・・・・・。漠然とだが確信にも似たそんな思いがあった。
4年8ヶ月ぶりの再起戦は一階級落としてスーパーバンタム級でやる事になった。普通長期のブランク明けのボクサーは階級が上がる物だが、私は引退後もデジタル体重計でほぼ毎日ウェイトを量り60キロを超えないようにしていた。
減量は問題ない。勘も衰えてない。心配なのはスタミナだけだが、都合良く試合は6ラウンドだ。それぐらいならなんとか大丈夫だろう。私はそう自分に言い聞かせた。
朝走りミットを打ち、昼間再びジムワークをする。試合に向けてそんな日々を送るうちに疲労がドッと溜まって来た。休んでもどうしても疲れが取れない。試合にベストコンディションで臨めるだろうか・・・・・。そんな不安に襲われる。
試合まで5日と迫ったそんな時、ジムに見慣れぬオヤジがいた。眼光が鋭くみょうな落ち着きがある。そのオヤジがミットを着けてリングに上がり私に「来い」と手招きした。言われるままリングに上がりミットを打った。
ミット終了後会長の奥さんがその人に何やら聞く。その人はうなずきながら「いいです」と答えた。
その人が私のトレーナーとなる元東洋ライトフライ級チャンピオンのデンさんだった。
試合前の不安な気持ちも歴戦の勇士の様なこのデンさんがついてくれると思えば薄らいだ。
試合3日前になり疲れを取る為私は朝のロードワークもジムワークも休んだ。すると夕方会長の奥さんとジンチョーデンとウェンペットが部屋に来た。私の体調を心配してくれているようだ。そしてウェンペットが私に練習しないとスタミナがつかないと言う。今更練習しても疲れがたまるだけだ。私はウェンペットにそう説明するが、ジンチョーデンも首を振って私の意見を聞き入れない。彼らは試合前に練習しないとスタミナが落ちると本気で信じているようだった。
確かにチュワタナジムのムエタイ選手やボクサー達は試合前に休まず逆に練習量を増やしている感じだった。それはウェイトを落とす為だと私は思っていたが、それだけではない事を知った。
「郷に入れば郷に従え・・・・・か」私は試合前日軽くジムワークをした。
そして2000年6月21日、ついにタイデビュー戦の時が来た。
早朝チュワタナジムの料理人ヤイさんとジムで待ち合わせ、ヤイさんの運転するバイクの後ろに乗り計量しにラジャダムナンスタジアムへ向かった。
昼間と違って車も少なく空気が澄んでいて冷たい。頬に当たる風が実に爽やかだ。メキシコでドアと窓全開の小型バスに乗った時の感覚を思い出した。あれからやっとここまで来たか・・・・・そんな感慨に浸っているとラジャダムナンスタジアムに着いた。
試合前の計量の時は日本だろうがタイだろうがみんな同じで無言だ。日本と全く違うのは計量の場にムエタイの賭けに励む人達が選手の体重をチェックしに来ている事だ。その目は驚く程真剣だ。まるで出走前の馬にでもなった気分だった。
私は彼らの視線の前で服を全て脱ぎ巨大体重計に乗った。
部屋を出る時日本から持参したデジタル体重計は55,3キロ、スーパーバンタム級のリミットピッタリを指していた。
自信満々に体重計に乗った私に課せられたその言葉は「1ポンドオーバー!」だった。
「そんなバカな!」私は首を振りその針を見つめた。針がブルブル震えてどこを指しているか確認出来ない。そのうち「降りろ!」と言われまったく納得行かないまま体重計を降りた。
念の為に持って来ていた減量着に着替え、薄暗いラジャダムナンスタジアムの観客席を計量に失敗した他のボクサー達と一緒になって走った。
しばらく走っているとヤイさんが来て「リングに上がっていいぞ」と言う。
初めて上がるラジャダムナンスタジアムのリング。私はタイ式にロープの最上段からリングに入った。
キャンパスの硬さを確かめる。意外と硬い。サイドステップを刻む。リングも広い。これなら足を使える。完璧だ。勝利への自信がにじみ出て来た。
タバコの煙をくゆらすヤイさんが見守る中シャドーをした。半日後には私のボクシング人生を賭けた闘いが待っている。「絶対勝つぞ」そうつぶやく。ふと観客席を見るとどこから入って来たのかノラ猫が横になって私の方をジッと見ていた。
試合前にリングに上がれた事は、1ポンドの汗と引き換えにするだけの価値があった。
再計量を無事に終え、部屋に戻り食事を済ませてベッドに横になる。言いようの無い重苦しい緊張感が絶え間ない波の様に襲って来る。
数時間この波にさらされ続けた。
時間が来た。部屋を出る時「必ず勝ってこの部屋に帰って来るぞ」そう誓った。
ジムに行きジンチョーデンとデンさんと妻と四人で三人乗りのオート三輪トゥクトゥクに乗り込みラジャダムナンスタジアムへ向かった。
道中ジンチョーデンが私をリラックスさせようといろいろ話しかけて来たがそれらに答える余裕はなかった。
決戦の舞台に着く。夕陽を浴びてラジャダムナンスタジアムが荘厳な光を放っていた。
薄暗い控え室に入り着替えを済ませてイスに座る。ヤイさんが手際良くバンテージを巻いて行く。会話はない。言葉は通じなくても拳を握ったり開いたり表にしたり裏にしたりとスムーズに事が進んで行く。
もう逃げる事は出来ない。重苦しい閉塞感と恐怖感に襲われる。
私は自分の内に語りかけた。「確かに怖いよな。でもお前はこの時をずっと待ち続けてきたんだろ?だったらその思いをぶつけろよ!」
マイナスのエネルギーをプラスに転換出来た。
控え室の対角線上にこれから闘う事になる相手が同じ様にバンテージを巻いている。一度目が会った時に相手はニヤッと笑った。私は能面の様に無表情を通した。
準備が出来て控え室を出た。観客席の後ろに長椅子があり自分の番が来るまでそこに座り待機する。
遠くにはライトに照らされながら私を待ち受ける無人のリングが見える。
前の観客席から不安気な表情で振り返って私を見つめる妻と目が合った。
「大丈夫だ」うなずきながら妻へ、そして自分に語りかけた。
待ち時間が長い。緊張か恐怖か武者震いか、もしくはそれら全てか、足の震えが止まらない。
「震えるな、震えるな・・・・・」
言う事を聞かない自分の足をにらみながら心の中で何度もそう念じる。
するとその時、私の震える足に温かい手がスッと置かれた。
ハッとして横を見る。
ジンチョーデンだった。
ジンチョーデンは私と目が合うとニコッと笑い、そして遠くに見えるリングへスーっと視線を移した。
「俺がついているから大丈夫だ」
そう言っているように思えた。
この時程セコンドの存在をありがたく思った事は無い。
ジンチョーデンの手の平から温かい物が私の足から心臓へと伝わり、そして全身に流れて行く・・・・・・。
震えが、止まった。
ジンチョーデンは震えが止まった私の足にずっとその温かい手を置き続けてくれた。
試合開始を告げる粘りを含むうねる様な笛の音が聞こえて来た。
ジンチョーデンが「よし、行こう!」そう言いながら勢いよく立ち上がった。
ゆっくりと立ち上がった私は、遥か遠くに見えるリングを見つめながら「日本人として恥ずかしくない闘い方をしよう」と、自分に語りかける。
はらが据わった感じがした。
前を行くジンチョーデンの背中だけを見つめながら、狂おしく長かった4年8ヶ月ぶりの闘いの舞台へと、向かって行った・・・・・。
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