
写心 山口裕朗 |
バンコクのドンムアン空港に夕刻降り立つと体中にまとわり着く様な湿気を感じる。この頃タイは丁度長い雨季に入ったばかりだった。
私はタクシー乗り場には行かず、少しでも交通費を節約する為に電車で行こうと近くの駅へ向かった。終着駅のフォアランポーン駅はチュワタナジムと同じチャイナタウンにあるのでジムも見つけやすいはずだ。
しかし蒸し暑い。いつ来るとも知れない電車を待つ事数十分、突然スコールに見舞われた。雨粒が大きい。やはり南国はダイナミックだなぁと感心しているとやっと電車が来た。
すでに日が沈み薄暗いホームから電車に乗り込むと電車の中の方が暗い。心なしか周りのタイ人達も疲れている様でみんな暗い。妻はと言うと駅に着いた時からずっと無言だった。その不安な表情には疲労感と失望感が表れていた。
「メキシコと似た様なものだよ」と言いながらも今夜の宿が無事取れるか心配だった。
終点のホアランポーン駅に着き軽い食事を済ませて雨の降りしきる中外に出て安宿を探した。街灯等無い暗い路地裏に入りそれらしき安宿を見つけた。一泊200バーツ(約600円)日本では考えられない安さだ。
部屋もそれ相応に汚く妻は相変わらずブスッとしている。
大阪で私にジムを紹介してくれた人はまだタイに帰国していないので自力でジムを探そうと翌朝早速街に出た。
大きな荷物を背負い巨大なチャイナタウンをさまよう。似た様な作りの家がごちゃごちゃと立ち並びジムらしき物はまったくない。
夕方になり疲れ果て日も暮れてきたので新たな今夜の宿を探す。そして日本人バックパッカーが集まる事で有名な楽宮ホテルを見つけた。値段も300円ぐらいだ。シャワー室に入ると床がヌルヌルしていて気持ち悪い。妻は相変わらずほとんど無言だった。
楽宮ホテルには日本食の食堂が併設されているので入って食べたが不味くて箸が進まない。しかし隣りの日本人バックパッカー達はおいしそうにガツガツと食べている。バックパッカーはボクサーよりハングリーだった。
そろそろタイに帰国している頃だと思い、大阪で会った人に電話をしてみた。無事つながるとその人に「今まで何やってたの?」と聞かれ自力でジムを探していた事を話すと「そんなの無理だよ」と笑われた。どうやら私はメキシコと同じ愚を冒したようだ。
楽宮ホテルに泊まっている事を伝えると「え〜!楽宮に泊まっているの?」と驚かれた。
これからチュワタナジムの会長が直接迎えに行くからと言われ部屋番号を伝え緊張して待っていると、ホテルの長い廊下の先の方から男が二人こちらに向かって歩いてくる。太陽の光を背に受けて彼らの顔は見えないが、何か映画のワンシーンの様だと思った。
ついに私達の目の前まで来た。私はタイ語会話集で覚えた自己紹介をする。会長らしき恰幅のいい人が何やら早口で話す。まったく聞き取れない。するとすかさず隣にいた若者が「これからジムに連れて行くそうです」と通訳した。その若者は日本人だった。
会長の車に乗り込みジムへと向かう。その日本人の若者は後にキックの日本チャンピオンに成る佐藤友則さんだった。
車中で佐藤さんに「どれぐらいタイにいる予定なんですか?」と聞かれ「お金が続くまで最低でも半年、出来れば1年は・・・・・」と答えると「えっ!そんなにいるんですか?」と驚かれた。
車を降り裏手の路地に入り薄暗い部屋を通り中に入ると、コンクリートの床で出来たバルコニー状の意外と広い空間があり、そこがチュワタナジムだった。
これからちょうど練習を始めるらしく30人程のボクサー達がそれぞれ準備を始めていた。全員上半身裸でトランクス一枚だ。明らかに日本のボクシングジムとは感じが違う。みんないっせいにこちらを見る。彼らの投げる刺すような視線が痛い。
おそらく彼らは私の事を女連れで旅行気分で練習に来たチャラチャラした日本人だと思っていただろう。
妻も異様な雰囲気と空間に緊張で顔がこわばり黙りこくっている。
早速体を慣らそうとリングシューズを履いてバンテージを巻いてると、小柄だが筋肉がガッチリ着いているいかにもタフそうな奴が私の所に来て何やら話しかけて来た。もちろん意味はさっぱりわからない。佐藤さんに助けを求めると困った様な顔をして「スパーリングをやってくれって言ってます」と言う。
スパーリングなんてメキシコでマルケスとやって以来1年近くやっていない。徐々にタイの気候に体を慣らしてそれからスパーリングをやろうと思っていた私は思わず「えっ!スパーリング?」と驚いた。
「今日はやめときますよねぇ」佐藤さんにそう言われた私は「そうですね・・・・・」と言って断った。
スパーリングを断られたそのボクサーは何やらブツブツ言ってあっちに行った。
メキシコでもそうだったが相手がどれだけの力を持ってるか知る為、そして自分の力がどれだけあるかを相手に知らしめる為、初対面でいきなりスパーリングを申し込んでくる自信満々なボクサーは数多い。
スパーリングの申し出を断った私は少し後悔しながらバンテージの残りを巻いてると、佐藤さんが来て「あいつはタイのチャンピオンなんですよ」と言う。
「えっ!タイのチャンピオン?」
聞くとタイのスーパーバンタム級チャンピオン、ビチット・チュワタナだと言う。
チャンピオンの申し出を断るのは失礼だ。そしてタイのチャンピオンがどれだけの者か知るいい機会だ。
「スパーリングをやります」佐藤さんにそう言った。
妻にこれからスパーリングをやる事を伝え緊張の面持ちの妻に奥の方に行く様に言った。一人になり精神を統一しようとしたのだ。
ふとビチットの方を見るとすでにグロービングを始めている。ウォーミングアップ無しでのいきなりのスパーリングはメキシコで慣れている。
私も早速佐藤さんにグローブを付けてもらう。サンドバッグを打つだけのジムワークとは違う忘れかけていた緊張感が体を包む。
リングに上がる。足を使うのには手頃な広さだが、驚く程柔らかい。軽くステップを踏むと心なしか足が沈んで行く。ムエタイの選手用に柔らかく作られている事を後で知った。するとグローブとヘッドギアーを着けたボクサーが更にあと二人リングに上がって来た。なんと同じリングで二組同時にスパーリングをやると言う。
「マジかよ・・・・・」思わず呟いた。
妻の方を見ると祈るような面持ちで私の方を見上げている。ジムの連中が私の品定めをするかの様に見つめる。
トレーナーの掛け声でスパーリングが始まった。ビチットはよりによって私が嫌いなサウスポーだった。しかも160センチ足らずの体を前傾して左右のフックを振り回してくる。視界の隅に真剣に打ち合っている他のボクサー達の姿が入る。柔らかいマットに足が捕らわれ他のボクサー達にも気をとられ思うように動けない。もどかしい思いで1ラウンドを終えた。
インターバル中タイ人のトレーナーが水を飲ましてくれた。意外と親切だ。このラウンドは相手に取られた。次はなんとかしなければならない。私はもう一組のボクサー達にぶつかってもいいからとにかくビチットだけに集中する事に決めた。
2ラウンド目に入るとマットの柔らかさも気にならなくなった。他のボクサー達を気にせず好きな様に動くと彼らの方がよけてくれた。しかしビチットは相変わらず私を倒すつもりで大きなパンチを振り回してくる。そしてコーナーにつまりビチットがここぞとばかりに左ストレートを打ち込んで来た瞬間私は左フックを打ち抜いた。私の視界からビチットが消える。ふと下を見るとビチットがうずくまるようにして倒れていた。
騒々しかったジムが一瞬シーンと静まる。
拳にまったく感触がなかったのでスリップダウンかと思ったが、ビチットは効いてるようだった。しかし私は追撃はしなかった。
ビチットはそれ以後大振りのパンチを放たなくなり淡々と2ラウンドのスパーリングを終えた。
リングを降りグローブの紐をほどいてもらいながら、やけに体がぐったりと重だるい事に気が付いた。サンドバッグを打つ気にもなれない。メキシコの空気の薄さと同じ様にタイの気候と湿度の高さは日本人の私の体にはかなりの負担がかかるようだ。
しかし後で佐藤さんに「あのビチットが倒れたからビックリしましたよ」と言われたが、タフで鳴るタイのチャンピオンをスパーリングで倒した事で「俺の勘はまだ衰えていない」と私は自信をつけた。
メキシコで超一流の世界チャンピオン達とスパーリングをこなして来た事は無駄ではなかったのだ。
しかしこの南国タイの想像以上の暑さと湿度は、住環境に恵まれた日本人の私にとって、最大の難敵となるのだった。
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